phase8.メイドさんバスタイム(その3)

 「お客さーん、痒いところとかないですか?」

 ハイ

> イイエ


 「はーい、それじゃあ流しますよ~」

> ハイ

 イイエ


 「──ところで、どうしてそんな風に「ハイ・イイエ」でしか会話してくんないの、俊秋さん?」

 (お前のせいだーーーーッ!)


 結局あのあと、今日子の「善意100%の無邪気な懇願」に負けた俊秋は、当初の予定通り彼女に背中を流されるハメになった。

 「て言うか、何故、自分の水着の胸元と腹部にボディシャンプーを垂らしているのかね、今日子クン?」

 「え? だって、メイド長さんが、コレが水着を着て背中流す時の作法だって……」

 「ほぅ、それで、その作法とやらでは次にどうするのかな?」

 「えっと、確かこの状態で俊秋さんの背中に密着し……」

 「きゃっかだ、却下!」

 (純真な娘っ子に、なんつーコト教えてんですか、メイド長ッ!?)


 ──実は、あまりに歯痒い俊秋&今日子の「進展状況」に焦れた彼女の悪戯……もとい「ふたりが意識するキッカケにでもなれば」といういらん親切心の発露だったことは、後日判明する意外でもない事実。


 応援してくれるのは有難いが、仮にも部下の貞操を危うくするような真似はどうよ!? ……と俊秋はゲンナリするハメになる。

 もっとも、メイド長は幼い頃から俊秋の世話をしており、「ふたり目の母親」と言っても過言でないくらいに彼のことをよく知っているので、そんな度胸がないと見切っているからこそ、なのだろうが。


 まぁ、そんなこんなで、現在「ごく普通に」スポンジで背中を流してもらっているワケだが。

 (誰だよ、風呂場にこんな大きな鏡つけたのわッ!?)

 洗い場のシャワーの前の壁に鏡が貼りつけられているのは、浴室としてごく普通の構造だが、今ばかりは風呂場を設計した人間を、俊秋は呪いたくなった。

 なんとなれば、目の前の鏡の中に映った、彼の体を洗おうと慣れぬ手つきで奮闘する今日子の姿が、モロに目に飛び込んでくるのだ。

 具体的には、控えめに揺れるおっぱいとか、ほんのり上気した頬だとか。

 タオルを掛けて股間のきかん坊を誤魔化しつつ、平坦な声で受け答えする俊秋の精神力は、むしろ褒められてしかるべきだろう──ヘタレとも言えるが。

 蒸気を受けても曇らない鏡に使われている、無駄に進化した科学の恩恵に内心で悪態をつきつつ、彼は15分がその十倍にも感じられる苦行の時間を耐え抜いたのだった。

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