Memories.メイドさんinすく~るでいず

 ──それは、今日子が未だ「清彦」と呼ばれていた、高校時代のお話。


 「ほれ、監督からの差し入れ……どうした、不機嫌そうだな?」

 「そりゃ、ね。クラス演劇における僕の役割って、シナリオ書きで7割、小道具担当で残り3割、もう十分負担してると思うんだけど」

 「しょうがないだろ。まさか、文化祭の3日前にヒロイン役が骨折して立てなくなるなんて、不測の事態なんだし」

 「うん、それは確かにそうなんだけど……その代役が、どうして僕なのさ!?」

 「や、だって、そのお姫様役のドレス着れる体格のヤツって、麻井を除いたらお前くらいだし。それくらい作った本人ならわかってんだろ、小道具・衣装担当さん?」

 「トホホ……」

 クラスで二番目に背の低い清彦は諦念混じりの溜息をついた。


 そう、彼にもわかってはいるのだ。

 背丈のことを除いても、この土壇場でヒロインのような重要ポジションの代役が務まるのは、脚本を書いて流れや台詞を全部把握している自分くらいだということは。


 シナリオの骨子は文芸部の清彦が習作として描いた冒険小説を基にしており、その序盤部分の騒動を1時間の劇として清彦本人が台本にまとめ直してある。

 舞台監督や演出担当自体は他にいるものの、清彦は原作&脚本として彼らに相談を受けることも多く、またそれと別に手先が器用な清彦は小道具(衣装担当)としての仕事も任されていた。

 そのうえで、当日ヒロイン役(ちなみに男子校なので出演者は全員男だ)もこなせというのは、明らかにオーバーワークだ。愚痴のひとつも言いたくなる。


 「まぁ、元気出せって。清彦が目立つのがあまり好きじゃないことくらい知ってるが、あくまで舞台の上の役柄なんだし。

 それに、もし敢闘賞以上の賞がとれたら、この劇の最大の功労者であるお前さんは駅前のゲシュペンストで食い放題だってよ」

 「いや、ファミレスで食い放題って言われても……それに僕、そんなに大食いじゃないし」

 「でも、甘い物好きではあるよな? あそこ、今ちょうど秋の味覚フェアとかやってるだろ」

 「ハハ、そーだね。それを励みに頑張る。相方の俊秋くんも協力してよね」


 「『もちろんでございますとも、ディア・マイ・プリンセス』」

 芝居がかった調子で、恭しく腰を折るお辞儀をして見せる俊秋。

 「『期待しておりますわ、キャプテン・サーク』」

 手にした羽扇をバサリと翻しながら、試着中のお姫様ドレス姿で清彦もそう答えた。

 顔を見合わせて、プッと噴き出すふたり。

 彼らは、明日の文化祭の劇で主役とヒロイン役を務めるのだ。


 ──翌日、彼ら3-Aのクラス演劇『お転婆馬姫と海賊騎士(ナイト)』は、審査員並びに観客から好評を博し、見事「ステージイベント部門1位」の栄冠を得る……もっとも、その立役者である清彦本人は、なぜか元気がなかったが。


 「ヲイヲイ、清彦、まだ落ち込んでるのか?」

 「うぅ……だってェー」

 実は、劇の最中にちょっとした(?)ハプニングがあった。クラスマックスのラブシーンで、キスする「振り」で済ませる予定が、清彦が足を滑らせた弾みで本当に俊秋とキスしてしまったのだ。


 「僕、初めてだったんだよ。嗚呼、ファーストキスがぁ……」

 「何だよ、それを言うなら俺もだって。大体、あんな事故チュウ、ノーカンに決まってんだろ」

 「う~、でもでも……」

 (まったく……あんなティーンズ向け少女小説みたいな話を書くだけあって、乙女ちっくなヤツだなぁ)

 もっとも、それが似合ってないわけでないのが、また微妙なトコロだ。


 高校3年の秋にして身長160センチ弱という小柄な背に加えて、華奢な体格。劇中にいわゆる「お姫様抱っこ」して運ぶシーンがあったのだが、特別力持ちというわけでもない俊秋にも、軽々と抱えることができた。

 また、顔立ちも中性的な印象で、こうして学ランを着ていれば「童顔の少年」なのだが、ドレスなどで女装すると一転少女にしか見えなくなる。

 甘党で付近の甘味店に詳しく、またデザイナーをしている母親の影響か、それなりに裁縫ができるほど手先が器用……とあっては、下手な女子高生より女子力スキルが高そうだ。


 「ま、俺達も残りの高校生活は受験一色になるし、最後に変わった思い出ができたと思えば悪かないだろ」

 「むぅー……俊秋くんは、それで良かったの?」

 「さっきも言ったろ。ああいう事故はノーカンだって。あるいは仮に演出で最初から“する”ことが決まってたとしても、舞台上の単なる“演技”なんだから、やっぱりノーカンだと思うぞ」

 「俊秋くん、割り切りが良すぎるよ」

 「清彦は引っ張り過ぎ」


 もっとも、単に性格上の問題ではなく、昨日の舞台上での「姫君」を見てたら、「まぁ、コレくらいならいいか」となんとなく納得したという部分もあるのだが。

 別段、俊秋にソッチのシュミがあるわけではない。ただ、たとえば仮に恋愛感情がなくとも、可愛いアイドルと劇でキスできるとしたら“役得”くらいには思うだろう。それと同じことだ。

 余談だが、昨日の劇以降、姫=清彦の人気は鰻登りで、写真部の臨時収入に大いに貢献している。さすがは男子校と言うべきか。

 万一清彦本人が知ったら「やだ。何それ、こわい」とハイライトの消えた目をして呟いたかもしれない。


 ともあれ、そんなこんなで文化祭も終わり、彼ら3年は灰色の受験生活に入ったのだが……。

 文化祭からひと月あまりたった12月頭に、突然、清彦は学校に来なくなった。

 担任によると、長期療養が必要な病気で、かつ面会も謝絶と伝えられ、彼とそれなりに親しかった俊秋は心配したが、清彦本人とは電話やメールで話せたこともあって、それほど深刻な事態だとは思っていなかった。

 ──年明けに、清彦と一切の連絡が取れなくなり、そればかりか彼の家まで引っ越してしまったことを知るまでは。


……

…………

………………


 「──で、心配してた挙句に、コレかよ!」

 「ほえ?」

 俊秋の目の前の席で、きょとんとした顔でカルーアミルクを舐めてる女の子。

 ちょっとよそゆきな感じのワンピースを着て、薄く化粧なんかもしてるその女の子は、間違いなく高校時代の親しい友人、清彦だった。

 もっとも、現在は「今日子」と女の子らしい名前に改名してるらしいが……。

 ただ、自分がかつての清彦と同一人物であることは隠す気がないのか、今日の合コンで顔を会わせた早々に「あ、俊秋くんだ、ヤッホー、お久しぶり」と脳天気に声をかけてきたのには、呆れた。


 ふたりの様子から旧知の仲と察したのか、男女両陣営とも無駄に空気を読んでふたりきりにして送り出してくれたのは、清彦としても、助かったと言えなくもなかったが……。


 「んーー美味しかったぁ。でも、本当にお金、アレだけでよかったのかな?」

 「ま、合コンでは女の子の方はタダか男の半額以下の支払いってのが慣習だしな。それより……改めて、4ヵ月ぶりだな、清彦」

 「うん。ごめんね、アレからちょっとバタバタしてて連絡取れなくて……」

 「いや、ソレはお前さんの様子を見れば、なんとなくわかる」


 俊秋も「男が女になる謎の奇病があるらしい」という噂は、都市伝説的な眉唾話として耳にしたことはあった。

 今の清彦──今日子は、その胸元の膨らみが、春先の薄着もあってハッキリわかる。

 どこかで豊胸手術とかをしたのでもなければ、多分そういうコトなのだろう。


 「本当はね、去年の暮れに入院した直後に、体調不良の原因がTS病だってことはわかってたんだけどね」

 その病気にかかる(発病する)と、およそ10日~1ヵ月程度で、患者の男性の肉体は外見的にも遺伝的にも女性へと変化するのだ。


 「大晦日の直前に退院してね、そのままウチの家族みんなで引っ越したんだ。このまま元の土地にいたら、女の子として生活するのは色々難しいだろうから、って」

 大げさだよねー、今日子は口をとんがらせるが、俊秋としては清彦の両親の判断の方が正しいと思う。

 いくら「病気で仕方なく」とはいえ、男だった頃を知る者が周囲に多ければ、いろいろと不都合や不快な風聞もでるだろう。


 「なるほど。それで女子短大へ入ったのか?」

 「うん。お母さんが「そのほうが女の子らしくなるだろうから」ってプッシュしたんだ。推薦枠もとれたしね」

 確かに色々勝手は違ったけど、周囲はいい人ばかりだし、すぐに慣れたよ……と、と屈託なく笑う友人の様子に、ひとまず安心する俊秋。


 「そうか……清彦は強いな」

 「ん? 強い? ボクが?」

 「ああ。聞いた限りじゃ、清彦は病気を冷静に受け止めて、前向きに対処してきたんだろう? 普通はなかなかなできることじゃない。

 もし、俺がそんな状況に置かれたら、きっと挫けてメソメソ泣き暮らしてたと思うぞ」

 そんな俊秋の言葉を聞いて、今日子は面食らったような顔になる。


 「──そっか。ボク、泣いても良かったんだ……」

 しみじみと噛みしめるようにポツリと呟く。その拍子に今日子の眼から熱いものが滴り落ちた。

 「あ、あれ? ええっと……おかしいな、ボク、別に悲しくなんてないのに……」

 「──バーカ。いいんだよ。今までずっと我慢してきたんだろ?」

 俊秋は、涙を流し続ける少女の身体をそっと抱き寄せ、胸元に抱え込む。


 「ほら、胸貸してやるから、泣きたいだけ思い切り泣けばいいさ」

 「うん……ふぇ……っく……うわーーーーーーーーん!!!」

 たちまち、幼子のように辺りはばからず泣きだす今日子。

 ちょっと困ったような顔をしつつも俊秋は、そんな今日子の頭を彼女が泣きやむまで、優しく撫で続けるのだった。


 (思えば、あの晩から俺はコイツに心を奪われちまったのかもしれねーなぁ)

 真剣な顔でテレビゲームに興じる今日子を見ながら、心の中でひとりごちる俊秋。

 主人権限で、仕事中の今日子を誘って、買って来たばかりの新作アクションゲームの相方を務めさせているのだ。

 もっとも、屋敷の者は目の前の今日子本人を除いて、俊秋が今日子にゾッコンであることを知っているので、特に咎めだてもせずに、(生)暖かい目でふたりのカンケイを見守っていたりするのだが。

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