第22話
開始のベルが鳴り、白鷺の出囃子が流れて緞帳が上がった。白鷺がテンポ良く出て来て高座の座布団に座り頭を下げる。勿論場内割れんばかりの拍手が鳴っている。
「え〜第二回の革命落語会に来て戴きまして、本当にありがとうございます! もう皆感涙にむせんでおります」
そう言って挨拶をする。そして
「最近はグルメブームでしてね。かのミシュランも日本料理や鮨などにも星を付けて評価していますね。ご存知かも知れませんが数寄屋橋次郎。凄いですね。日本の首相とアメリカの大統領が行くのですからね」
そんなマクラから噺に入って行く
「おい、お前、かの数寄屋橋次郎の親父さんの次郎さんと一緒に修行した鮨職人がひっそりと店を開いているのを知ってるか?」
「え、そんな噂は聞いたことあるけど本当なのかい?」
「ああ、俺の趣味は知ってるよな」
「食い道楽だろう……まさか」
「そうさ、遂にその店を突き止めたんだよ」
「それで」
「行くに決まってるだろう。お前、口は固いか?」
「そりゃ言うなと言われれば例え鉛の煮え湯を注がれようとも……」
「大げさなんだよ。秘密を守れるなら連れて行くけどな」
『この秘密と言う言葉。これが人間は好きなんですね。そして殆どが秘密と口にした途端、秘密でなくなるんですね』
白鷺の地の言葉に笑いが起きる。
『やがて二人はその店に行く事にするのですが……これが大変』
「おい未だなのか。駅降りてから随分歩いたぞ」
「秘密の店だから行く価値があるんだろう。未だ先だよ。テレビじゃバスを降りて、有るのか無いのか判らない寿司屋まで歩く番組があるじゃないか」
「あれはどうぜヤラセだろう」
「それ言ったら番組が終わるぜ」
『やがて峠を幾つも越してやっと目的の店に着きます』
「あった! ここだ見ろ書いてあるじゃないか」
「え、何んて書いてあるんだ」
「『おくやますし』って書いてある」
「ああ、奥山鮨か、着いたなぁ〜」
「早速入ろうぜ」
『ところが店に入るととても鮨屋には見えません』
「鮨屋じゃないのかい?」
『中に居る人に尋ねますと』
「ええ、ここは普通の家ですよ」
「そんなこと無いだろう、入り口に『奥山鮨』って書いてある」
「ああ、あれですか。あれは表札ですよ」
「表札!」
「はい私の名前です。私、『奥山筋(おくやますじ)と申します』
「奥山筋!」
「はい『し』の所に点々がありますでしょう」
「ああ、そうか筋が違った(道が違ったの意)」
サゲを言って頭を下げて高座を降りるが、約半分は下げだと気がついてなく、白鷺が頭を下げたので、それと気がついた次第だった。
「こりゃ解り難い下げを持って来たな」
佐伯の言葉に神山は
「道の事を筋というのは上方では言うけどな」
「上方の大御所に敬意を表したのかい」
「さてね」
高座では次の喬一郎の出囃子が鳴っている。少し戸惑い気味の会場は、喬一郎が登場すると少し調子を取り戻した。
「え〜お次でございます。今のは歴史的なサゲでしたね」
喬一郎はそんなことを言って笑いを取る。そして噺に入って行く
噺は交際している男女の噺で、男が女にプロポーズをするのだが、男は持って回った言い方で
「ステーキが焼けるまでの間に返事をくれれば良いから」
と言うのだが、女はすぐさま断りの返事をする。男はOKの返事が貰えると思っていたので戸惑ってしまう
「どうして駄目なんだい?」
「だって、あなたはステーキが焼けるまで、って言ったじゃない。そんな短い間に出来る返事なんか無理よ」
「短かったかい? ウエルダンでも?」
「ああ、私ステーキはレアって決めてるの」
これもよく判らないサゲを言って喬一郎は高座を降りてしまった。
「考えオチか?」
呆然としてる佐伯に神山は
「まあ一種の考えオチなんだろうな。それにしても今日の出し物は難解なサゲが続くな」
二人がそんな会話をしていると小艶が高座に座っていた。
「え〜わたしで休憩でございます。トイレタイムまでもう少しでございます」
そう言って会場の雰囲気を和ませる。
噺は広尾という街に魅せられた若旦那が夜毎、広尾に繰り出すので、父親の大旦那は困ってしまう
「いいじゃありませんか、広尾に繰り出すぐらい」
そう言う番頭や母親だが
「馬鹿言いなさい。広尾で散財してごらん。ウチの身代が傾いてしまいます」
大旦那は元々が吝嗇なので心配をする。そこで息子の若旦那に意見を言うのだが若旦那は
「わたしはねえ。広尾の街が好きなんですよ。お父っあんも一度行ってご覧なさい。街そのものがまるでおとぎの国のような感じなのですよ。どれもこれも洒落ていて素晴らしいのですよ」
そんなことを言うので
「じゃあ、お前は近くに広尾の街があったらどうする」
「そりゃ傍にあったらそこに行きますよ」
「本当だな」
「本当です!」
その言葉を聞いた大旦那は出入りの棟梁に店の二階に広尾の街を再現してくれと頼みます。言われた棟梁は広尾に出向いて街を見て回ります
「なるほど、こりゃ若旦那が夢中になるのも無理はねえ。俺でも何だか楽しくなって来るじゃねえか」
棟梁は街の様子をスケッチして帰り、店の二階に広尾の街を再現します。それを見た若旦那は
「本当じゃないか。まるでそっくり広尾だよ。これならここで良いじゃないか」
若旦那はすっかり気に入ってしまい連日二階の広尾に通うようになります。でも足りないものに気がつく
「ここは本物と違って綺麗な娘がいないんだよね。本当の広尾を歩いている娘は皆綺麗だからねえ」
そんなことを言ってる若旦那に棟梁は
「じゃあ誰か知ってる娘を連れてくれば良いじゃないですか」
そう言うのだが若旦那は
「だってそれは良くないじゃないか。女友達なんか連れて来たら、ブランド品や何か散財してしまうよ。そうなったら親父の雷が落ちるよ」
「それは困りますね」
「だからね。そうなったら」
「そうなったら?」
「きっと親父には内緒だよ」
小艶がサゲを言って頭を下げる。会場からは嵐のような拍手が降り注いだ。
「お仲入り〜」
の声が掛かる。ちなみに今回も前座は使わずお茶子さんを頼んである。
「なあ神山、俺には今日の出し物は、意図されたものがあるような気がして来たな」
「意図されたもの?」
この時神山にもある考えが浮かんではいたが確信は持てていなかった。
「今日のゲストが文染師だと言う事さ」
佐伯の言葉を聞いて神山はその意味を理解した。彼も同じことを考えていたからだ。
「つまり、上方の新作の帝王に対する反乱か?」
「反乱というより挑戦に近いんじゃないかな」
佐伯の分析を耳にして神山は今日の会の不安が杞憂にはならない気がして来ていた。
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