第21話

 仙蔵は自宅近くの喫茶店を指定した。昼間で、この日は仙蔵が酒を抜く日なので喫茶店になったのだ。神山も知っている喫茶店の蔦の絡まった店の扉を明けると、店の奥に居た仙蔵が手を上げた。今日はTシャツにスラックスというラフな格好だ。

「今日はオフでな」

 自分の格好の説明をすると

「俺のところにはファックスは来てないがな」

 そう言ってコーヒーに口を着けた。

「『よみうり版』には来ました。それがこれです」

 そう言ってファックスのコピーを見せた。仙蔵はそれを読みながら

「文染さんかぁ。まあ上方じゃ随一だしな」

 そう言ってさして驚きもしなかった。

「どうしますか?」

 事態を深刻に考えている神山に対して

「どうもしねえよ。しても仕方ない。こっちは終わったばかりだしな。まあお手並み拝見と行こうか。ケーキ頼めよここの旨いんだぜ」

 そんな事を言ってケーキセットを勧めた。神山は注文を取りに来た店員に

「コーヒーのケーキセットで」

「ケーキは何にします」

「チーズケーキでお願いします」

「かしこまりました」

 そう言って店員が去って行くと

「向こうはこっちも上方から呼ぶと思ってるでしょうね」

 そう仙蔵に言う。それを聞いて仙蔵は

「誰を呼ぶんだ? ゲストも含めて、今のウチのメンバーと釣り合う奴が居るのかい」

 そう言いながら目の前の苺ショートケーキをパクついた。

「吉兆が生きていればな」

「吉兆師ですか」

 仙蔵は数年前に癌で亡くなった上方落語随一とも言える噺家の名を口にした。

「最初の時も見舞いに行ったのだが、二度目はもう見ていられなかった」

「そう言えば、師匠は随分交流がありましたね」

 神山は二人の交流の深さを知っている。お互いに自分の会にゲストで呼び合ったり、時には一緒に旅行にも同行した仲だった。

「それにウチは次回は圓海師、その次は盛喬がゲストで出ると決まってるしな」

「盛喬さんの時は誰が休むんですか?」

「ああ、うちの遊蔵が休みと決まっている」

 仙蔵は次の次の会の事も口にした。

「お手並み拝見と行こうじゃねえか。文染さんの新作落語がこっちの客にどう通用するのか興味はある」

「でも昨年は五日間通しで有楽ホールで独演会をやりまして、成功しています」

「ああ確か五千円も取ったんだったな」

 独演会は一律五千円とされていて、毎回完売近くまで売れたそうだ。神山はそんな情報も仙蔵に話して

「集客は万全ということですね」

 そう言ってもう一度ファックスを見直した。その様子を見て仙蔵は

「そもそも上方落語は古典に限ってだが、こっちとは趣が違うしな。新作とは少し事情が違う」

 仙蔵の言う意味も神山は理解出来た。賑やかで笑いを中心とする上方落語だが、意外と噺は理論的なのだ。主人公が行う行為に関してはちゃんと理屈が通っているのだ。そこが結構雰囲気で進めてしまう江戸落語とは違う。だから同じ高座に出るという事はそこら辺りも考えねばならないのだ。

「確かに、色が違いますからね」

「そう……たった一滴でも、透明な水を張ったコップに、黄色いインクを垂らしたらどうなるかだな」

「兎に角、動かないということで良いですね」

「ああ、そうだ。大丈夫だと思う」

 神山は、話し合いの結果を他のメンバーにも連絡をした。


 そんなことがあった次の芝居で遊蔵は、浅草の昼の高座で喬一郎と一緒になった。出番が近くなので楽屋でも一緒になる時間が多い

「聞きましたよ、次は文染師匠出るそうですね」

 遊蔵は、出番に備えて根多帳をめくりながら、出番が終わって着替え始めた喬一郎に質問した。

「そうみたい。僕のところには事後通告だから。尤も僕だけじゃ無いけどね」

「皆で決めるんじゃ無いんですね」

「うん。大抵は乾先生と圓城師匠が決めてる。古典の方は違うの?」

「そうですね。一応ウチの師匠と神山さんが相談するけど、メンバーには相談はします。今回はウチは何もしないので、それを連絡しただけだけど」

 それを聞いて喬一郎は仙蔵師が見掛けよりも民主的な物の決め方をするのだと思った。

「もっと怖いかと思っていた。昔稽古を付けて貰った時は怖かったから」

 そう言って仙蔵に稽古を付けて貰った事を思い出していた。

「稽古は怖いですよ。人が変わってしまった感じなのは変わらないですよ」

 そう言って仙蔵の人となりを語るのだった。

 翌月になり第二回の「革命落語会」が開かれた。当日は神山が客席に居た。隣には「よみうり版」の編集長の佐伯もいた。

「さて、上方落語随一の新作の帝王を見させて戴きますかな」

 佐伯はそう言って不敵な笑いを見せた

「おいおい、「よみうり版」は中立じゃないのか?」

  訝る神山に佐伯は

「マスコミとしては、そうだけど、俺個人としては別」

 そう言ってもう一度パンフレットを広げるのだった。そこには

 白鷺「奥山鮨」、喬一郎「ステーキの焼けるまで」、小艶「広尾ぞめき」、圓城「悲しみは茨城に向けて」、そしてトリが文染「ぼやき居酒屋」となっていた。神山はそれを横目で眺めながら

「『ぼやき居酒屋』はこっちでもやる人がいるから聞き慣れているから選んだのかな」

 そう呟くと佐伯が

「それはあるかもな。もしそうだったら、文染師は客を舐めてる」

 そう言って不敵な表情をした。神山はそれを見て、もし、それが当たっていれば今日の会は荒れるかも知れないと思うのだった。

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