第19話

 喬一郎の思い詰めた表情を見て神山は

「ここは借りてるから、ゆっくりしている時間は無いんだ。良ければこの後打ち上げをやるから一緒にどう?」

 そう誘い水を向けると

「僕が……宜しいんですか?」

 そう言って恐縮したので仙蔵が

「気にする事はねえ。来ればいいさ。そして言いたい事があるなら何でも聴いてやる」

 そう言ったので喬一郎は

「ありがとうございます!」

 と言って少しホッとした顔をした。


 それから少し後、仙蔵、釉才、柳生、遊蔵、柳星と神山は近くの居酒屋に居た。この前の会でも使った店だった。

「ま一杯飲め」

 仙蔵が喬一郎に酒を注ぐ。皆それぞれは好きなものを飲んでいた。

「イケる口だろう」

「はい」

 喬一郎は猪口に口を付けると一気に飲み干した。そして思い切ったように

「実は、僕自身、今度の事は疑問を感じているんです。あのメンバーの中で僕だけが古典をやります。だから古典の素晴らしさも良く判っているつもりです。だから最初は参加を見送ろうと思っていたんです。そうしたら兄弟子の小艶アニさんが

『新作を作る時に圓城師匠に散々世話になったんだ。今更参加しないは出来ない相談だぞ。それにお前が参加してくれれば成功は間違いないしな』

 そう言われたんです。そ言われたら断れなくなりまして……」

 想いを吐き出すように語った

「仕方なくという感じだったの?」

 神山が優しく尋ねると

「仕方なくというより、参加するのは必然という感じでした。そりゃ売れない二つ目の頃に、声をかけて戴いて嬉しかったのも事実です。お世話にもなりました。でもそれと古典落語を僕がやると言う事は別だと思います」

 そう言って二杯目に口をつけた

「何か言われているのかい?」

 仙蔵が尋ねると

「メンバーからも、関係者からも僕の自分の会でも古典をやれるような雰囲気では無いんです。僕は古典と新作を両輪としてやって行きたいんです。でも最近はそれが出来なくて……」

 苦しそうに告げた。

「やればいいさ」

「え?」

 仙蔵の言葉に喬一郎は耳を疑った。まさか協会でもガチガチの古典派の仙蔵が、そんな事を自ら言うとは思わなかったのだ。

「でも僕は向こうのメンバーですし」

「関係ないだろう。お前が新作と古典と両方やりたいなら、やれば良いと言っているのさ。古典をやっていて色々と気がつく事もあるだろうさ.それを新作に活かせる事も多いだろう」

 喬一郎は仙蔵が自分の胸の内を今差のように言ったのが意外でもあった。

「師匠! 師匠は全てお判りで……」

「んなことは誰だって判る。恐らく圓城もお前が自分の会や落語会で古典をやっても何も言わないだろうさ。アイツだって判ってると思うよ。判ってないのは親玉の乾だけだろう。噺家なら最初は誰でも古典からやる。そのうちに自分の世界を作りたくなり新作を作ってみる。そこで自分には創作の才能があるかないかが判るってもんだ。無い奴は古典に取り組み、それを自分なりに表現しようとする。そんなもんだろう」

 喬一郎はモヤモヤしていたものが晴れる想いだった。

「小艶だって、『世話になったから』って言っていたんだろう。アイツも判ってる証拠じゃねえか」

 気がつくと、他の皆が笑っていた。

「アニさん。僕も新作作ったことがあるんですよ。でも全く受けなくて諦めたことがありますよ」

 遊蔵がニコニコしながらそんなことを言う、若手の古典派とされている遊蔵でさえ一度は試したことがあるのだ。

「喬ちゃん。私だって昔は自作の新作をやっていたよ。忘れてるかも知れないけどね」

 釉才もそんな事を言って飲んでいる。

 柳生も

「私も圓城師から稽古をつけて貰って新作を自分の会でやったことがありますよ。殆どの噺家は一度は試していると思いますよ」

 そう言って特別なことではないと強調した。すると仙蔵が

「驚く事教えてやろうか。俺が仙蔵を襲名する前、遊蔵だった頃に、圓城と二人会を数回やってたんだ。その中である時に、持ちネタを交換しようと言う事になってな。俺がアイツのネタをやって、アイツが俺の得意の『品川心中』をやったことがあるんだ」

 それを聞いて、その場に居た皆が驚いた

「師匠何をやったんですか?」

 遊蔵が驚いて尋ねると

「ああ、確か『新作金明竹」だったな』

 仙蔵がそういうと喬一郎は

「それ僕もやりますよ。驚きました」

 そう言って安心した顔をした。

「だから気にする必要ねえという事さ」

 その言葉を胸に喬一郎は帰路についた。

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