第16話

 季節は七月になっていた。前回の「古典落語を聴く会」は五月だったので、その季節に相応しい噺が並んだのだが、今は真夏である。当然夏の噺となる。

「みんな、足元の悪い中よく集まってくれたな、感謝するよ。次が俺達が七月で、向こうは九月かい。偶数月か……まあ、一月が無いからいいか」

 仙蔵はそんなことを言って集まったメンバーを和ませた。今日は、仙蔵の家で来月の中頃に開かれる第二回の「古典落語を聴く会」の打ち合わせなのだ。

「さあ、何をやる」

 仙蔵が皆に問うと、弟子の遊蔵が

「会場は同じですよね」

 そう基本的な事を確認した。仙蔵の隣に座っていた神山が

「そう、これからも新宿駒込の『箪笥会館』でやる事にしたから」

 そう言って『箪笥会館』をホームにする事を告げる。すると仙蔵が

「今回から釉才師が参加してくれる事になった。それでだが、このメンバーはレギュラーとして参加してくれる事を確認しているが、次の会からゲストを呼ぼうと思ってる」

 そう言って皆を驚かせた。柳生が

「するとレギュラーから一人休みが出る訳ですか」

 そう仙蔵に問い正す

「さすが噺が速い。実は、俺も参加させてくれって奴が思いの外多くてさ。その処理に困っていたんだ。それに皆も暇な噺家じゃない。どうしても都合がつかない時もあるだろう。だから一名は交代で休んで、その枠にゲストを迎えようと思うんだ。どうかな?」

 仙蔵は事の経過を説明した。釉才が

「実は今回は私が参加したと言う事で事実上私がゲスト枠なんです」

 そう言って予め説明をされていたことを告げる。柳生も

「それは良いかも知れませんね。メンバーが完全に固定されてしまっては、マンネリになりかねません」

 そう言って賛成した。

「僕も賛成です。でも僕なんか二つ目ですけど。良いのですか?」

 流星がそう言って恐縮すると遊蔵が

「若い噺家の参加も必要なんだそうだ」

 そう仙蔵と神山の考えを代弁した。

「ゲストですが決まってるのでしょうか?」

 柳生が先の事を心配すると仙蔵が

「実は圓海師と盛喬が出してくれって煩いんだ。圓海師はいい年なのに血気盛んでさ」

 仙蔵の言葉に同じ高座に出たことのある柳生が

「休んでいた期間があるから話す量が不足してるんですよ」

 そういうと皆が笑った。

「そこで何をやるかだが」

 神山が演目の調整に乗り出す。釉才が

「私は『船徳』をやらせて貰えたら」

 そう希望の演目を口にした。

「手応えを掴んだんですね。じゃあ私は『酢豆腐』を」

 柳生が釉才の心内を読んで自分の希望の演目を口に出した。

「じゃぁ僕は『たがや』を」

 柳星も希望を出すと遊蔵が

「じゃあ僕は『夏の医者』で」

 そう言って希望を口にすると仙蔵が

「出来たのかい?」

 そう尋ねる。遊蔵は

「はい、圓盛師匠からも許しを貰いました。寄席に掛けてから出そうと思っています」

 そう言って自信を漲らせた。この演目は仙蔵の得意演目でもある。

「そうかいなら俺は『鰻の幇間』でもやるかな」

『鰻の幇間』八代目桂文楽師が十八番とした演目で、師の存命中は、遠慮して余りやり手が居なかったほどだ。

「師匠のは圓生師の型ですよね」

 遊蔵がそう言って他の者を感心させる。それは六代目三遊亭圓生師は自身の「圓生百席」でこの演目を残したのだが、それには文楽師が省略してしまった部分をきちんと残しておくという意味があったのだった。

 こうして第二回「古典落語を聴く会」は開口一番が柳星「たがや」、遊蔵「夏の医者」、柳生「酢豆腐」仲入り、釉才「船徳」そしてトリが仙蔵「鰻の幇間」と決まったのだった。


 七月の中旬。東京では、お盆と言う時期に第二回「古典落語を聴く会」が開かれた。牛込の「箪笥会館」には昼から長い列が出来ていた。前売りは指定だが当日券でも良い席を取ろうとファンが列を作ったのだった。神山は長く続く列を眺めながら

「今回も完売だな。下手すれは入りきれないかも」

 そんな事を思っていた。実は大手出版社から「東京よみうり版」を通じてDVD化の噺が来ている。だが仙蔵が反対してるのだ。

「映像は無い方がいいな」

 そんなことを言っている。神山が

「じゃあCDならば」

 そう尋ねると

「CDならまあ良いかな。映像付きは想像力を奪うからな」

 そんなことを言っていた。だが新作派の「革命落語会」の方は早々とDVDの発売が決まっている。それも今月の末に発売されるのだ。それがこちらの気勢を削ぐという意味を含んでるのは言う間でもない。

 前座に続いて柳星が「藤娘」に乗って高座に登場する

「え〜本日は第二回『古典落語を聴く会』に」ようこそいらっしゃいました。お後お楽しみにどうぞ最後まで楽しんで行って下さい」

 そんな挨拶をして噺に入って行く

「今は七月の最終土曜日に隅田川で花火大会が開かれていますが、その昔は旧暦の五月に『川開き』を告げる為に両国で開かれていました」

 早速「たがや」に入って行く。柳星は結構稽古をしたのだろう。たがやの啖呵もよどみ無く演じている。

「血も涙もねえ、目も鼻も口もねえ丸太ん棒め、二本差しが怖くて焼き豆腐が食えるか!」

 噺はたがやが侍の刀を取り上げて次々と武士を切って行く、最後は殿様の首がハネられ、宙に舞うと

「たがや〜」

 下げが決まり拍手の中柳星が降りて来る。交代に遊蔵が高座に出て行く

「お先に勉強させて戴きました」

 柳星が楽屋に戻って来ると柳生が

「良かったね。今日ぐらい出来れば文句ないな」

 そう言うので仙蔵が

「師匠は怖いねえ〜」

 と言ってニヤニヤする。

「さてウチのはどうかな」

 仙蔵はそう言って目を綴じた。それを見て釉才は小金亭の厳しさを感じるのだった。

「え〜お次は私めでございます。暫くの間おつき合いを願います」

 遊蔵は挨拶をして噺に入って行く

「今も無医村なんてのが結構ありますが、その昔は百姓をやりながら、ついでに医者をやってるなんて人が居たものでして」

 田舎の医者の噺なので、急ぐ必要はない。逆にゆっくりと演じる事が求められる。

 勘太は、ちしゃの食べ過ぎで腹痛を起こした父親を見て貰おうと医者玄伯を呼びに行く。真夏の暑い盛り、やっと医者の所へたどり着く。医師玄伯を伴って帰路につくが、途中で一休みしてると、大きなうわばみに呑まれてしまう。ところが玄伯はうわばみの腹の中で下剤の「大黄」を振りまいたから大変。うわばみが痛くて暴れ出したので二人は助かる。勘太の家で診察をすると、ちしゃの食べすぎだと判る。「夏のちしゃは腹にさわる」

 薬を与えようとしたが、薬箱をうわばみの腹の中に置き忘れて来た事を思い出し、うわばみの所に戻るとうわばみは完全にグロッキー。「腹に忘れ物をしたので、もう一度飲み込んで欲しい」と頼むとうわばみ曰く

「夏の医者(ちしゃ)は腹にさわる」

 下げが決まり拍手が湧き起こる。自分でも良い出来だと遊蔵は思った。「お仲入り〜」の声の中楽屋に帰ると師匠の仙蔵が

「何時からそんなテンポで出来るようになったんだ。俺の知らねえ間に」

 そう言って睨んだ。遊蔵はしくじったかと思ったが神山が

「師匠はこの噺を自分が教えてあげられなかったのが悔しいんですよ」

 そう言って笑っていたので、少しホッとした

「圓盛師じゃしゃぁねえ」

 その表情を見て遊蔵は弟子一同に見せたいと思った。

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