第15話
神山は仙蔵に連絡を入れた。仙蔵は旅の仕事で富山に居た。向こうでの落語会も終わり、今は宿屋か街の何処かで飲んでいるはずだった。神山は仙蔵から終わったら様子を入れる事になっていた。
「もしもし神山です」
「ご苦労様、どうだった?」
「お客が、それぞれのファンだったという事を差し置いても中々の出来でした」
「そうかい。そりゃ良かった。まあ、これで駄目なら目も当てられないけどな」
「まあ、それは無いでしょう。でも気になることがあります」
「なんだい」
「根多降ろしが柳太郎師の一本だけだったことです。華々しく打ち上げた割には手慣れた噺ばかりでした」
「それは仕方ないかもな。乾だっていきなりつまずきは避けなければならないしな」
「まあ記事の依頼を受けているので何か書くつもりです」
「そうか、帰ったら飲みながらでも相談しようじゃない」
「そうですね」
仙蔵とはそんな事を言って通話を切った。目の前には柳生が酒を飲んでいた。
「仙蔵師匠どうでした?」
「いや普通だったね。動じずと言う感じ」
「やはりね。恐らく師匠の想定内という事なんでしょうね」
「確かに」
「でも、私個人としては、少し安心しました」
柳生がそんなことを言うので神山は
「師匠の柳太郎師のこと?」
そう問うと
「ええ、この頃はすっかり古典ばかりになっていたので、新作は書いても発表する気が無いのかと思っていました」
そう言って安堵した表情を見せた
「元々は新作派だからね」
神山ではないが、柳太郎は元々は新作で売り出した人なのだ。今でこそ古典をやってるが、口調も完全な古典派とは言い難い。そこが評論家等から突っ込まれる所以でもある。
「出来そのものよりも、そういう気力があるのが弟子として嬉しいんですよ」
師弟とはそんなものなのかと神山は思うのだった。
数日後の発売の夕刊のタブロイド紙に神山の「革命落語会」が記事載った。一部を引用すると
『白鷺「血煙旭山動物園」喬一郎「噺の大学」圓城「ヤクルト少年」小艶「どくどく」柳太郎「不幸な同居」と言う演目が並んだ。トリの柳太郎以外は手慣れた演目でどれもが好評な評価を受けている噺でもある。根多降ろしが一本だけだった事がこの会の目的を語っているような気がしてならない。いわば、この会は何がなんでも、成功を納めなければならなかったのかも知れない、と言うことである。それはこの会に先立って開かれた「古典落語を聴く会」との関係でもある。「革命落語会」の主催者でもある評論家の乾泰蔵氏が「古典落語は時代に合わなくなって来ている」という考えを公にして、これに反する考えの古典楽語の一派が立ち上げたのが「古典落語を聴く会」だからなのだ。つまりこの二つの会は対抗する宿命を背負って生まれたのだ。
その視点から見ると、この日の「革命落語会」は冒険は出来なかったのかも知れない。出来の良さは確かに素晴らしいものがあったが、新作落語故の時代を先取りし、観客に落語の未来を見せるような噺が無かったのが惜しまれる』
と言うようなものだった。本編にはそれぞれの噺の講評も載っている。
乾はその紙面を見て圓城に向かって
「まあ、痛い所を突かれましたな」
そう言って苦笑いをした。
「まあ、でも最初ですからね。問題は次ですよ。次は皆根多降ろしをするように言ってあります」
圓城はそう言って、神山がこのように言って来るのを、ある程度予想していたみたいだった。
「さすが師匠。それを聴いて安心しました」
乾はニヤリと笑うと
「さて向こうさんは間に合うのでしょうかね」
そう言って釉才のことを口にした。
「色々な会に出ていますよ。付け焼き刃にならなければ良いですけどね」
圓城の言う通り釉才は色々な会に毎日のように出演していて、必死にブランクを取り戻そうとしていた。
その釉才は確実に何かを掴もうとしていた。それはかって自家薬篭中のものだったはずで、まさか取り戻す為にこれほど苦労するとは思ってもいなかった。でも、少しづづだか何かが見えて来ていた。それは波のようなもので、高い時もあれば低い時もある。それは毎回変化し、同じ事は無い。だから絶えず自分の方から合わせて行かなくてはならなかった。その塩梅がやっと思い出しそうな所まで来ていたのだった。
「釉才師匠、何だか今日は前のような感じでしたね」
今日の若手真打の個人的な会にゲストで出ていて、後輩の若手真打から言われた言葉だった。
「そうかい? なら嬉しいけどな」
「自分が二つ目の頃、師匠はドカンドカンと沸かしていましたよね。あの感じが見えて来たと思いました」
自分でも今日の出来は良かったと思ってはいた。が、後輩とは言え、客観的に言われるとやはり嬉しい。馬鹿な事をして落語から遠ざかってしまったのは自分が悪いのは十二分に判っていた。だからこそこのチャンスを掴みたかった。その意味でも失敗は出来なかった。
「良かったじゃないですか?」
気がつくと神山だった。
「神山さん……いらしていたのですか?」
「師匠のだけですけどね」
釉才は神山の嬉しそうな表情を見て、何とか間に合うのではと思うのだった。
「少し飲みながら話しましょう」
神山は帰りに釉才を誘った。行きつけの居酒屋で
「何とか間に合いましたね。実は間に合わない場合は今回は止めて他の方を頼む事も考えていたのですよ」
神山に真相を告げられて釉才は
「そうでしたか。確かにあの出来では出られませんからね。その代役とは誰だったのですか?」
「三遊亭盛喬さんか圓海師です」
釉才はその名を聴いて驚いた。盛喬はこのところ進境著しい噺家で注目されている。圓海は三遊亭の大御所でかっては「まぼろしの噺家」と言われていたこともあった。その二人が代役と言う事は自分がそれだけ期待されていると言う事なのだと自覚した。
「演目を決めないとなりませんね」
神山の言葉に釉才は自分が如何に期待されているのかを知るのだった。
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