第13話

 午後6時半になり「革命落語会」が開演された。この会は前座が前フリで高座に上がらない。それは乾の方針でもあった。それほど格調が高い会であると言う自負の現れであった。高座返しはお茶子さんを頼んであった。「古典落語を聴く会」はちゃんと前座に前フリで一席語らせていた。仙蔵の方針で、若い噺家を育てるのも、上の者の努めだと言う考えからだった。

 白鷺の出囃子の「白鷺の舞」が流れると元禄袖のような着物を着た白鷺が高座に現れた。ストライプが入っている。物凄い拍手が沸き、白鷺が高座に座り頭を下げるとやっと拍手が鳴り止んだ。

「え〜先ずは私めでございます。今日は出演者全員が新作落語を語るという、とんでもない会でございます。しまったと思った方は今のうちでございます。帰るのは」

 ニコニコしながら、そんな事を口にするとワッと笑いが起きる。その反応を見て白鷺は『今日の客はやりやすいな』と感じた。

「え〜東京の東の方に『不忍通り』という通りがあるのですが、池袋から上野に向かってる通りですが、上野動物園の裏を通っているのですよ。だから深夜にその辺りを通ると動物の不気味な声が聞こえるんですね」

 白鷺はマクラから本題に入って行った。この噺は動物園を治める動物の頭の交代を描いた噺で白鷺は『天宝水滸伝』を参考にしたと語っている。それまで動物園を治めていたライオンのタブーが年老いたので若手のダンゴに頭を席を譲るのだが、それに納得しない若手のジャング一派が反乱を起こすのだが、ダンゴ一派がそれを制するのだった。そしてダンゴはタブーに言うのだった。

「あああ、すっかりたてがみが抜けてまるで猫だよね」

「だから皆ニャンニャン言った」

 下げを言って頭を下げると一斉に拍手が湧き起こった。袖に下がりながら、白鷺は会場に楽屋に挨拶に来た神山と柳星が良く笑っていたのを確認した。白鷺とすれば意外な反応だった。いわば敵の噺でもある。楽しむよりもアラを探すのではと思っていたのだ。

「なんか調子狂うな」

 下がりながら白鷺はボソっと呟いた。

「お先に勉強させて戴きました」

「お疲れさまです」

 そんなやりとりをして今度は喬一郎が高座に出て行く。出囃子の「梅は咲いたか」が流れている。喬一郎が姿を見せると白鷺を上回る拍手が鳴る。彼は落語界一の人気者でもあるのだ。独演会のチケットはすぐに売り切れる。

「只今は白鷺さんのお噺でしたが、同業者の私でも泣けますねえ。畜生にでさえ愛情があるのに人間はどうですか」

 得意のマクラを振って噺に入って行く。「噺の大学」は大学に入った若者が同郷の先輩の案内でオリエンテーリングで色々と説明を受けながら、何処の部活に入るのか決める噺で、やたら落語のタイトルが出て来る噺だ。落語を知っていればいるほど噺の内容を理解出来、抜群の面白さを感じることが出来る。

 噺は先輩の案内で色々と回って行くシーンになっていた。

「ここは何部ですか」

「ああここは『夢金部』だな」

「夢金部ですか? 雪が降る夜に船でも漕ぐのですか?」

「いいや『ふぐり』を握るだけの部だよ」

 こんな感じで噺が進んで行く。噺のネタを知ってる者はお腹を抱えて笑っている。

「何か鳴ってますね。何だかデテケデテケと聴こえますが」

「何、じゃあ帰らなくてはならない」

「どうしてですか?」

「バカ、あれは追い出しの太鼓だよ」

 下げを言うとヤンヤの拍手が起きる。その中を喬一郎が楽屋に帰って来た

「お先に……」

「お疲れさまでした」

 入れ替わりに出ていく圓城に喬一郎は

「師匠、今日の客は乗りすぎですから気をつけてください。ついクサくなってしまいますから」

 そう言って白鷺とは違う反応を見せた。このあたりが彼が当代一の人気者である所以かも知れない。

「そうかい。ありがと。上手くやって来るから」

 圓城はそう言って高座に出て行った。

 出囃子の「女伊達」が鳴り出すと静かに高座に出て行く。会場からは「待ってました!」の声も掛かる。新作落語界に於いて、圓城の位置が分かろうというものだ。

「え〜あたくしで休憩でございます。トイレ行きたい方はもう少しの我慢でございます。我慢出来ない方は、ペットボトルなどを利用するとか何とかして戴きたいと思っております」

 そんな前振りをしてマクラに入って行く。

「あたしが子供の頃にヤクルトというものが登場しましてね。お腹に良いという……。お腹に良いと言うのは何なのかと思ったら、整腸効果があるという。せいちょうって行っても成長ではありませんからね。お腹だけ成長しても仕方ない」

 笑いを交えながら噺に入って行く。この噺はひ弱だった少年がヤクルトを飲んで逞しくなりやがてクラスのヒーローになって行く噺なのだ。ドカンドカンとした笑いが会場に起きてる。それを見ながら圓城は『受けすぎだな』と感じていた。自分が仲入りだから良いが後がある出番なら後の演者はやり難いと思った。

そうか、ヤクルト飲むとヒーローになれるのか。じゃあ僕も飲んでみよう……あれ、全く変わらないぞ」

「それヤクルトじゃ無いよ」

「ええ! あ,ホントだ、しまった! これ『ピルクル』だった」

 おなじみの落ちだが、この固有名詞は地方や年代で圓城は変えていた。その商品がその地域では売ってない場合やもう販売を終えてる場合があるからだ。

「おなかいり〜」

 前座の声の代わりにお茶子さんの声が響き仲入りの休憩となった。

「お疲れさまです」

 楽屋で白鷺、喬一郎、小艶、柳太郎が迎える

「今日の客は何だかウケが良すぎるね。新作落語ファンばかりだからかな。毎回こうだと良いが気をつけないとね」

 圓城の言葉に乾は

「師匠、それは考えすぎじゃないですか。今日はいわばホームですからね。これが『古典落語を聴く会』なら違いますけどね」

 そう言って安心するように言うのだった。

「奴さん達来てましたね」

 白鷺がそう自分の師匠の圓城に言うと

「まあ、仙ちゃんは無理でしょう。それと柳生さんもね。二人は忙しい」

 圓城はそう言って着物を脱ぎだした。

「でも良く笑っていましたね。二人とも」

 喬一郎の言葉に白鷺も

「そうだったね。それは意外だった」

 そう言って神山と柳星の態度を訝しがった。それに対して乾は

「面白いものは面白いんですよ。寧ろ二人共笑っていたのが、逆に凄いなと思います」

 乾の言葉に圓城も

「確かに」

 そう言って頷いた。すると小艶が

「まあ私の噺でどうなるかですね」

 そう言って自信を漲らせた。柳太郎は

「私のは根多降ろしですから、少し不安です」

そう言うと圓城が

「大丈夫ですよ。今日の客なら安心ですよ」

 そう言って安心させるのだった。

 

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