第2話

「……暑い」


 呼吸するのも億劫になるほどの湿気と、木々の合間から差し込む強烈な陽射しに辟易しながら森の中をひた歩く。

 全身、汗でベタベタ。 シャツは身体にまとわりつき、額からだらだら汗が滴となって流れ落ちる。


 ちっくしょう。 

 どうせ異世界に飛ばすなら、もっと快適な場所にしてくれよな。


 異世界の神白ひげ爺の言葉を最後に意識を失ったおれは、気づけばジメジメとした森の中で横たわっていた。

 健康な身体が欲しくて藁にもすがる思いで異世界行きを了承したが、まさか飛ばされた先がこんなところとはな……。


 まあ、約束通り健康な身体をくれたから、良しとしよう。


 異世界に飛ばされたおれは、まず自分の身体をチェック。

 服装は病院服のまま。 履物はサンダル。 右腕と右足には患者識別用のタグ。


 ここまでは、元の世界と同じ持ち物だ。


 違いはここから。


 まず左腕には、銀色に輝くブレスレット。 幅5センチ程の、飾り気のないモノ。

 足元には分厚い事典。 題名は『ミスティア生活記』

 最後は、飲んでも次々に水が湧き出す魔法の水筒。 こいつが無きゃ、異世界生活詰んでた。


 おそらくだが、これらの品々は神からの贈り物なのだろう。

 ファンタジーモノでありがちな、初心者パックってやつかな?

 神様に感謝しつつ、ありがたく使わせてもらおう。


「ゴクゴク……プハッ。

 ふぅ、ここらでひと休憩するか」


 体感数時間は歩いただろうか。

 流石に疲れてクラクラしてきたので、休むことにした。

 ちょうど木陰で、涼しそうな場所になっているしな。


「っと、そろそろ神様から貰ったアイテムの確認をしておくかな」


 柔らかな芝生に腰を降ろし、脇に抱えていた荷物を並べる。

 まずは、『ミスティア生活記』から見てみよう。


「……え、なんだこの文字。 日本語じゃねぇのかよ」


 百科事典『ミスティア生活記』を開くと、そこには見たことがない文字がびっしり書かれていた。

 学校の授業で習った英語でもないし、中国語や韓国語でもなさそう。

 俗な言い方をすれば、異世界文字ってやつだろう。


 だが……、じっくり文字を見てみると、なぜか読めた。


「これも異世界特典ってやつか?

 だったら、マジありがてぇ。 神様親切すぎだろ」


 神様に感謝しつつ、百科事典を読みすすめる。


 ふむふむ。 この世界の名前はミスティア。

 魔素というエネルギーが存在し、限られた生物だけではあるが、魔法が使えるらしい。

 そして、ファンタジー世界には付き物なあいつらがいる。


 魔物と呼ばれるバケモノたちが。


「うはぁ、なんだこの絵。 マジ、え、こんなのがいるの?」


 百科事典に描かれている魔物たちは、どれも長い牙と爪を持ち、鋭い眼光、醜悪な見た目をしていた。

 それに加えてさらに、好物が『人間』などという、最悪な魔物までいやがる。

 こんな生き物には絶対に出会いたくない。


「はぁ、見るのやめよう。

 あんまり見てたら、異世界に夢も希望もなくなるわ」


 パタリと百科事典を閉じ、次は、とブレスレットを外す。


 こいつの名前は『ミメティーク』

 鍛冶を司る神の魔法で創られた流体多結晶金属で、持ち主の意識に呼応して自在に形を変える。

 それだけではなく、自動防御機能もついており、持ち主であるおれの身に危険が及ばないよう守ってくれる優れ物だ。


 なんでそんなに詳しいのかって?

 ああ、全部百科事典に書いてたんだよね。

 『ミスティア生活記』がなかったら、異世界生活詰んでた。


「ええと、まずは持ち主となるために、おれの血を与える必要があるのか」


 痛いのは嫌だけど、ちょっと痛いの我慢すれば後はミメティークが身を守ってくれるんだ。

 そう考えれば、指先を噛んで血を出すぐらい耐えられる。


 ガリッと指先を強く噛んで滲んだ血をミメティークに垂らすと、ぼんやりと全体が赤く光り、しばらくするとまた元の銀色に戻った。

 これで、契約完了なのかな?

 試してみるか。


「ミメティーク、剣になって」


 おれの言葉に呼応し、ミメティークはニュルニュルと形を変え、あっという間に西洋風の剣へと変化した。


 おおっ、すっげぇ。 かっこいい!


 異世界生活、完全にはじまったな。

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