異世界採掘生活〜外は危ないので、穴を掘って暮らすことにしました〜

奏 創也

第1話

「おや、すまんの。 起こしてしもうたかな?」


 薄暗い病室。 

 いつもなら、おれ一人だけが存在する病室。


「え……。 あんただれ」


 でも、今日は違った。

 おれが寝かされているベッドの脇に、知らぬ爺さんが立っていた。

 真っ白な和服に、地面に届くほどの長いひげを持つ爺さんが。


「ふぉふぉふぉ。 儂はこことは違う世界の神じゃよ。

 まあ、いきなり神じゃと名乗っても、信じられぬだろうがのぉ?」


「神……? ってことは、おれは死んだのか?」


「死んだ? いや、お主はまだ死んではおらぬよ。

 でも、そうじゃなぁ。 あと数分後に死ぬ運命ではあるがの」


「数分後に死ぬ? 死因は?」


「死因?」


「ああ。 おれは数分後に、何が原因で死ぬんだ?」


「お主の死因は、衰弱死じゃよ。 

 知っての通り、お主の身体は原因不明の臓器疾患によりほとんどの栄養を吸収できん。 点滴で誤魔化してはおったが、それももう限界。

 その限界が、数分後に訪れるというわけじゃ」


「衰弱死か……」


 確かめるように、おれは痩せ細った自分の腕を見る。 顔を動かすのも億劫だから、眼球の動きだけで、だが。


 そこにあるのは、最早腕と呼べるのかもわからないモノ。 枯れ枝、と言われた方が納得できる。

 痩せ細ったおれの身体は、何年も何年も、まともな食事をせず。 点滴と水分だけ無理矢理身体に突っ込まれて生きてきた結果だ。


 ……いや、生かされてきた、か。


「お主は、死が怖くないのか?」


「……怖いさ。 どうしようもなく」


「そうは見えんがのぉ?」


「死ぬのは怖い。 でも、このまま生き続けるのはもっと怖い」


 痩せ細っていく自分を見るのが怖い。

 化け物を見るような目でおれを見る両親、弟、妹の顔を見るのが怖い。

 いつ死ぬのかわからない、不確定な未来が怖い。

 意味のわからない薬や機械を身体に挿入されるのが怖い。


 あれも、これも、それも。 死ぬのは確かに怖いが、この世はもっと怖い。


「生き続けるのが怖い、か。 で、あれば、じゃ。

 儂の世界に来ぬか?」


「儂の世界?」


「そうじゃ。 

 儂はの、こことは違う別の世界。 お主らの言葉でいうところの異世界で、神をやっておるんじゃ」


「い、異世界?」


 ……なんだ、この爺。 最初から変なやつだとは薄々感じていたが、いきなりキナ臭さが増してきたぞ。

 当社比3倍増しのキナ臭さだな。


「異世界の神である儂がわざわざお主のところに来たのはの、異世界に勧誘する為なんじゃ」


「勧誘? 勇者召喚的な、ファンタジー小説にある、あれか?」


 勇者召喚的なやつ……。

 魔法を使って魔王を倒したり。 剣で強い魔物と戦ったり。 とか、か?


「お主のイメージとは少し異なるが、似たようなもんじゃな。

 ただし、異世界儂の世界に来たからと行って戦う必要はないし、冒険もする必要はないがの」


「戦わなくていいし、冒険もしなくていいって。

 じゃあ、おれは何をしに行くんだ?」


「何もせぬよ。 ただ、こちらの世界に来てくれればそれでよい」


「来てくれればよいって。 普通に生活するだけでいいのか?」


「そうじゃ。 お主が儂の世界に来ることに意味があるのであって、お主が何かを成し遂げることが目的ではないからの」


 ただ異世界に行って生活するだけでいい。

 なんか、え、そんな話ってあるのか?

 冒険しろとか、魔物倒せとか、世界を平和にしろとか、そういう面倒なのがなしってことだよな。


 話が旨すぎないか?


「もし、じゃ。

 お主がこの話を受けねば、お主は数分後に死ぬ。

 じゃが、お主がこの話を受ければ、儂の世界に飛ばし、新しく健康な身体を与えよう。

 それだけではなく、現地で生活する上で最低限必要な道具やスキルも与えようぞ」


「行く! 行きます! 行かせてくださ……ゴホッゲホゲホッ」


 数年ぶりに大声を出したために、盛大に咳き込んでしまった。

 だが、それでもこのチャンスは逃せない。


 健康な身体。

 それは、おれが失った一番大事なモノ。

 それは、おれが常に欲し続けたモノ。


「ふぉふぉふぉ。 受けてくれて嬉しいのぉ。

 そいじゃ、早速飛ばすとするかの」


 そういうと、異世界の神白ひげ爺は右手をおれの方に向けて、何やら呪文的な言葉をブツブツ呟く。

 数秒呪文を唱えたと思ったら、右手がまばゆく光り、部屋全体を包み込む。


「転送準備完了じゃ。 そいじゃ、飛ばすかの。

 儂の世界で第2の人生を、目一杯楽しんで来るが良い」


 それが、この世界で最後に聞いた言葉だった。


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