第18話 味山 只人の仕事


……


〜4日前、味山の探索者端末に届いた探索依頼のメール〜


遺留品捜索依頼。



数日前に端末反応が消えた女性探索者の家族からの依頼です。


端末反応が消えた灰色の荒地にて彼女の捜索、もしくは遺留品の探索が主な目的です。



灰ゴブリンに追いかけられているとのサポートセンターへの緊急通信を最後に端末反応が消えています。


またこの通信は怪物種15号の集落付近から発信されていることが確認されています。


遺留品の探索が主になるかと予測されます。


つきましては可能であればこの集落に生息している怪物種15号の駆除もお願い致します。


駆除対象の死体の写真を送信して頂きましたらインセンティブをお支払い致します。是非お願い致します。


(怪物種15号の1グループ全滅、つまりは木亡きまで確認した時点でのお支払いになります)



怪物種15号との接触の可能性がありますので、特殊薬品バルタンの支給が認められています。ぜひ有効に活用下さいませ。


依頼を受けられる場合は2時間以内に返信をいただければ幸いです。



探索者組合日本支部日本人サポートセンター 菊池より。




………


〜現在、バベルの大穴内部にて〜




 


 電子音を鳴らしながらブルブルと震える端末に耳を当てる。


 感応型の画面は俺の耳の圧力を感知して通話を始めた。




「お忙しい探索の中申し訳ありません。こちら探索者組合日本支部日本人サポートセンターの菊池と申します。こちらの端末は探索者番号20177のアジヤマさんの端末でお間違えないでしょうか?」



 一息で平坦な音声が流れる。


 忙しいと言って切ることが出来たらどれくらいいいだろうか。




「はい、間違いないです。味山です。」


 端的に答える。恐らく連中が電話してきたということは



「ありがとうございます。先程、味山さんが単独侵入を開始して、2日と半日が過ぎました。ダンジョン退出の12時間前になりましたのでお知らせさせて頂きました次第です。」



 時報か。


 侵入許可日数が少なくなるとこうしてサポートセンターから各自の端末に連絡がくる仕組みになっている。



 今回は俺一人で侵入許可申請をだしている。単独での探索許可の限界日数の3日が近づいていた。



「あー、ありがとうございます。丁度ついさっき駆除対象の全滅を確認したんで」



 電話の向こうで、少し息を吐くような音が聞こえ



「作用でございますか。ご無事でなによりです。手早い仕事をありがとうございます。でしたらこの後、駆除対象の写真を端末にて送信頂ければ幸いです。」



「了解です。では写真を送信したあとすぐに依頼の…あー、遺留品の捜索に移ります」




 遺留品捜索。俺の今回の探索の目的だ。まあ遺留品というよりは…



「ありがとうございます。先程遺族の方から依頼の進行状況の確認がございまして…」



 言いにくいことなのだろうか…少し電話口の向こうの声量が落ちる。




「それが、その、これで4度目の確認なんですが…」



 4度目。



「4度目ですか? えっと依頼を受けたのは確か2日前でそんなに待たしたつもりではないけど。」




「ええ、ええ。もちろんです。味山さんの仕事の進捗状況は非常に円滑に進んでいると先方にも伝えてはいるのですが…」





 あー、なるほど。だいたいわかった。




 つまりは依頼者側。遺族たちが組合をせっついているわけだ。




 この電話は要するに催促の電話らしい。



「分かりました。あと3時間以内には遺留品を見つけ出します。保管箱を埋め込みますんでそのあと回収してください。」



「いつもいつも、申し訳ありません。ありがとうございます。先方にも味山さんのご献身はよく伝えておきますので」



「あー、いいです、いいです。菊池さんも大変でしょうし。いつもこちらこそお世話になってますしね」




 この菊池という担当とは付き合いが長い。俺が3年前に探索者になった時からになるのか?


 端末越しの会話だけで顔は見たことないんだが。




 …宝石の事を聞いてみるか? いややめておこう。話しやすく、話が分かる人物ではあるがあくまで仕事の関係だ。



 この宝石の価値が分かるまでは隠して置いた方がいいだろう。


 ピンハネされても面白くないしな。




「では、味山さん。お気をつけて探索を続けて下さいませ。駆除対象の写真の件よろしくおねがいいたします。失礼致します。」



「ええ、お疲れ様です。失礼します。」




 電話が切れる。宝石のことは言わなくていいだろう。



 さて、予想外の楽しみが出来たがあまりもう時間はない。



 規定の許可日数を終えるまで残り半日。12時間。


 帰りが歩いて3時間。休憩に2時間。だから残り7時間か。




 割とあるな。




 俺は耳に当てていた端末を足元の死体に向ける。


 カメラアプリを起動し、ピロンと。


 きちんと全体が見えるように写真を撮る。


 近くに倒れている他の個体に近づき、同じように写真を撮り続けた。




 腹に何度も何度も斧を振り下ろして殺した個体の近くにいったとき。もう1匹の死体が転がっていることにも気づいた。




 俺が殺したやつではないな。



 その個体はかなり小さく、一番始めに煙でいぶり出した個体と比べても小さい。



 幼体どころか、これは赤ん坊か?



 口から青いあぶくを吹き出して、眠るように目を瞑っている。辺りには木のクズが散乱していた。




 バルタンの毒素に耐えきらなかったのだろう。俺は腹を真っ青に染めて、目を見開いて死んでいる特異な個体と、赤ん坊の個体を交互に見比べる。




「親子か。」



 巣の中に一緒に隠れて、一緒に脱出したのだろう。




 親は俺に殺され、子はバルタンの毒に殺された。いや両方俺が殺したのか。




 後できちんと拝んでおこう。少し悪いことをした。




 俺は一応その赤ん坊の写真も撮り終え、ナップザックを置いてある場所に戻る。





 灰色の土がいくらか盛り上がっているその場所に目印のようにそのナップザックは置いてあった。



 ナップザックの隣には折りたたみ式のシャベルが墓標のように突き刺ささっている。





 俺はそこでしゃがみ、手袋を外してナップザックの中をまた探り始める。いつも思うんだが、きちんと整理して小物は小物入れに入れておくべきだな。



 なかなか目当てのものが見つからない。手荒く、中を引っ掻き回すと、ようやく見つけた。


 何の変哲もない。透明なガラス玉を何個も連ねた腕飾り。


 日本人ならつけたことのないやつはいないんじゃあないか?


 数珠だ。


 俺はそれを握りしめ、今回の一番大事な物を探す探索に移る。



 足元に転がる死体を尻目に歩き始める。



 さて、哀れにも奴らの餌食になった同僚を探しに行きますか。



 俺は手のひらに数珠を転がしながら、奴らの住居に近づく。



 あ。



「斧の刃ふいとけばよかった。」



 まあ、家探しが終わった後でいいか。



 目の前に、奴らの住居が力なく立ち竦んでいる。



 始めは健康そうな茶色の色をしていたその住居は今や何年もほったらかしされていた廃材のように薄い灰色に変色していた。




 さて、どこに貯められているのか。



 3つ並んでいる住居のうち、始めに扉をこじ開けた住居にはなかった。



 ならば残りの中を確認していない2つの住居を探さなければならない。




 俺は始めに扉をこじ開けた住居のすぐ真隣に建てられた住居に近づく。



 ホルスターから斧を取り出す。



 何度か素振りをして、その重みを確かめた。



 よし、あともう一仕事頑張ろう。


 手袋を付け直し、馴染ませる。


 数珠をポケットに放り入れて、斧をしっかり両手で握りしめる。


 体を捻り、真横に一発、二発。


 驚くほど固かったはずの住居はすでに砕け始めていた。


 





「ぃよいしょおお!」



 軽い感触に軽い音。密度のスカスカの灰色の廃材のような住居に穴があく。もうほとんどバルタンの煙は霧散している。


このまま作業を進めよう。



 穴を広げるようにまた斧を打ち付ける。縦に、横に、斜めに。



 面白いように斧が木を砕き続ける。発泡スチロールを切りつけているようだ。



 斧を振るたびに住居自体が揺れ始める。



 バッキャ。と木がその繊維ごと砕ける音が響き続ける。折り重なるように捻りながら壁をなしている木が完全に砕け、そこに大きな穴が出来た。



 穴の端に斧を引っ掛けてと。



 そのまま力任せに引っぺがすように斧を引き込む。


 バキバキバキっ。と音を上げながら穴がさらに広がる。皮が剥がされたように壁は崩れた。




 外からでも中が丸見えだ。



 俺は外れかけの木の壁を掴み、強引に引っぺがしていく。




 時折、複雑に絡み合うように形を成している強度の強い部分がある。そこは斧でなんども叩いて、断ち切る。


 残骸を後ろに投げ捨て、次々と木の壁を崩していく。


 10分ほどそうしていると、あれだけ堅牢だった木の住居は見る影もない。



 その面接の半分を占めるほど大きな穴がぽっかり空くようになっていた。



 車なら全損だな。これだけ壊れちまうと。



 俺はその大きな穴からその住居の中を確認する。


 穴は光を通し、暗いヤツらの住居の中を露わにしていた。


 ぼんやりとした濃い影が見える。それは山のように何かが積もられているようだ。


 その中にあるものを目を凝らして見つめる。立ったままではよくわからない、俺はその穴に足を踏み入れ、奴らの住居に侵入する。


 しゃがみこみ、そのうずめられたものをはっきりと見る。



 一発目で当たりのようだな。




 それは生き物の骨の山だ。


 小さなものから大きなものまでそこに集められ高く山のようになっている。



 しゃがんだ俺の膝の高さぐらいまで積まれたそれはヤツらの食欲の高さを証明している。



 灰ゴブリンはなんでも食べる。この灰色の荒地に生きる生物は全てがヤツらの舌に収まる。



 無論、俺たちもにんげんも



 俺はそのままその骨の山。骨塚を漁り始める。手袋をつけた両手で、その中に突っ込みかけ分ける。


 魚の骨のように薄いものから、文庫本ほどの厚さがあるもの。はたまた山を突き抜けている俺の斧より長い棒状の骨などありとあらゆる形状のものがある。


 灰トカゲがほとんどだろうな。ヤツらの好物らしいし。


 地上のコモドオオトカゲよりも一回り大きなサイズのそれをヤツらは狩りの対象にしている。


 ヤツらは優秀なハンターだったらしい。



 よく生き残れたな。俺。


 そのまま骨塚を掻き分け続ける。恐らく


 板、棒状、小骨、トカゲの頭蓋骨 砕けた骨。大腿骨。



 棒状、小骨、小骨、トカゲの頭蓋骨。砕けた骨。髑髏。



 髑髏。やっぱりあった。



 人の頭蓋骨だ。それは骨塚に埋もれていた。周りの小骨やトカゲの頭蓋骨ではない。


 人間の頭蓋骨だ。うわ。冷静に考えるとすごい不気味だな。



 片手でむんずと掴んでいるそれと目が合う。暗い眼窩の部分には本来あった眼球はなく、代わりに底の見えない闇があった。


 背筋が粟立つ。


 それは本能的なものか。はたまた倫理的なものか。



 空いた手で思わずポケットの中の数珠を探していた。


 この頭蓋骨…、


 頭蓋骨と聞くと真っ白なそれをイメージするが、これは違う。



 そもそも真っ白な骨とはつまりは火葬されたもののイメージだ。


 残念ながらこの頭蓋骨の主は丁寧な炎によって人として葬られたわけではないらしい。


 頭蓋骨の上部は割られ、ひびが各所に入っている。そして下顎の部分はない。


 なによりも、恐ろしいのはその色。白い頭蓋骨ではない。


 所々が、赤かったり、黒かったり。血の塊がこびりついていることだ。


 ここに捨てられてあまり時間が経っていない。


「生きたまま、食われたか。脳みそもすすられているな」


 ヤツらは火を扱うことが出来ない。獲物は常に生食のはずだ。



 灰ゴブリンは獲物を巣に持ち帰ったあと、徹底的にそれを生きたまま甚振る習性がある…とされている。



 それはヤツらの本能が成せることだと言う説や、獲物の肉を柔らかくするためだとか諸説あったはずだ、


 この頭蓋骨の主はどんな最期を迎えたのだろう。血の滲むその頭蓋骨から考えるに人としては死ねなかった事が予想できる。


 探し当てた数珠を左手に引っ掛ける。頭蓋骨を慎重に地面に置き、目を瞑って手を合わせる。




 「災難だったな。きちんと家族の所に送るよ。だから休んでくれ」




 南無阿弥陀仏。



 ……さて、残りのパーツが残っていればいいんだけど。




 そのあとも、骨塚を探ると人間の骨らしきものが出てきた。



 砕けた骨盤。半分におられ、血に染まった大腿骨。歯型のついた…肋骨か? うわ、これ血の塊じゃなくて肉片かよ。




 欠けて、血に染まるその人骨が次々とでてくる。



 骨の損傷具合から抵抗しながら折られ、齧られ、捻られた後が見える。


 探索者の末路としてはありふれているが、人としては哀れすぎる死に方だ。


 俺は骨塚から取り出したその人骨を揃えるように脇に置く。



 とても数が足りない。残りは恐らくヤツらに喰われたのだろう。


 そこから20分ほど骨塚を漁り続けたが、それ以上新しい人間の骨が見つかることはなかった。


 頭蓋骨のサイズや、骨盤の大きさから見ると、専門家ではないので確証まではないが恐らく女性の骨だろう。


 骨についている血などからあまり時間も経っていない。


 あとは端末や、武器が見つかれば確実なのだが、十中八九は依頼の行方不明の女性探索者で間違いないだろう。





 その骨を見つめながら思う。



 灰ゴブリン。


 深い知性と仲間や家族への愛情。優れた身体能力に、人類への残虐性。




 恐ろしい化物だ。



 仮にヤツがどれだけ互いを大事にして、どれだけ深い愛情をもっていたとしてもそれが人間に向くことはないのだろう。


 俺たちにんげんヤツら灰ゴブリンがわかり合うことなど出来ない。


 ヤツらと俺たちが交わることがあるとすればそれはただ一つ。



 殺すか殺されるか、その一瞬のみなのだろうな。



 血に染まった頭蓋骨の割れた部分、朱が濃く、まるで潰れた牡丹の花がはりついているようにも見える。





 あー、死ななくてよかったー。

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