第16話 剥ぎ取りタイム
最後の1匹に斧を振り下ろし、命を奪う。
首に突き刺さった斧から感じる振動。命が最後を振り絞り、肉を揺らしてやがて止まる。
素早く、斧を擦るようにそれから引き抜いた。
瞬間、周りに建つヤツラの住居、頑丈で、しかも文字通り生きているティピー式住居、その3つともから木が砕ける音が響く。
別に崩れたりなどしていないし、俺が何かしたわけでもない。まるで悲鳴のように、木の軋む音。パキっ、ピシっ。
深夜の家鳴りを何倍にも大きく、遠慮なくしたものが木霊する。
なにかが致命的に崩れる。ヤツらの生きた証が遺す最後の悲鳴。叫び。
お前たちも生きているんだったな。この生きた木材は灰ゴブリンの力により命を与えらている。
ヤツらに従い、ヤツらと共に生きる。ならば、こうなる事は必然だろう。
木亡き。
探索者の中で地下に隠れる灰ゴブリン狩りの終了を判断する現象として知られている。
ヤツらは頭が良く、隠れ、騙すことを可能とする。
そんなヤツらの集団が全滅したかどうかを判断するのにこの木亡き現象は広く探索者に用いられていた。
ヤツらは部族単位で行動して、住居を建てる。その部族が全て死んだ時に、住居も共に死ぬ。ヤツらと木を、繋ぐなにかが切れることによってこの現象は起きると考えられている。
まあ、詳しいことは自衛軍の研究部隊や、指定探索者のお歴々がそのうち解明するのだろう。
俺には別にやることがある。
鼻から砂ぼこりが混じる空気を思い切り吸い込む。肺胞に染み渡る酸素が、血液により全身へ運ばれる。
吸う時間の倍ぐらいかけて、息を吐く。
ゆっくり、ゆっくりと。
これを数度続け、やっと俺の中で破裂しそうなほどに高鳴り続けていた心臓は少しづつ大人しくなっていった。
ああ、よかったー
俺は呼吸を繰り返し、そう思う。
肺が膨らみ、心臓が動き、手足がある。生きている。生き残っている。
足元には死体が一つ。
人より離れた怪物種。その人と異なる青い血を流し、首を半ばに断ち切られ絶命していた。
あともう少しでその首は千切れそうだ。
俺はその大きな傷をつくりだした自分の獲物の刃を上にかざして見つめる。
刃渡り8センチ程の多目的薪割り斧。その刃が本来もつ鉛にも似た鈍い銀色はいま、暗く青く染まっている。
こびりついた青い血が乾く前にまた新しい青い血を吸った斧の刃はその色が混ざり。
その、あれだ。
「えぐいな…」
ナップザックの中に雑巾を入れていた筈だ。あれで拭いておこう。まだ買って1ヶ月も経ってないし。
腰のホルスターに斧をしまい、俺はナップザックを拾いにそいつの死体から離れようとした。
最後にそいつの死に顔を見つめる。
何を思って死んだのだろうか。その顔の瞳は自然と閉じられていた。
そう。コイツは最期の最後、自分で目を閉じた。せわしなく動かしていた腕の動きを止め、柔らかく、まるで一日の終わりの睡眠に身をまかせるように目を静かに瞑ったのだ。
抵抗するのを諦めたのだろうか。それとも恐怖から目を背けたのだろうか。あるいは受け入れたのだろうか。
まあ、どれでもいいか。
俺はヤツの最期を思い、いずれ来るであろう自分の最期を想った。
自分はどうやって死ぬのだろうか。
「馬鹿か、俺は。」
今はそんなセンチな事を考えている場合ではない。
その場から離れようとした時、ヤツの開かれたままの右の手のひら。横倒しになったヤツのまるで差し出されるように置いてある手のひら。
その中にある半円の首飾りが目に入った。
俺はしゃがんでそれを見つめる。
最後に振り翳していたものだ。とすぐに気付いた。コイツが俺に振りかざしていたそれは5センチ程の小さな、宝石?
半円のその形はまるで真ん中から二等分された月のようだ。
それは深い緑色をしている。自然とそれに手が伸びる。
人差し指の指先で、二度ほど軽く叩いてみる。
音はなにもしない。
手袋をしているにも関わらず指の腹で撫でると驚くほど滑らかだ。それが心地よく何度も繰り返す。
つまんでみる。軽い。
少し振ってみる。なにも起こらない。変わらず深い緑を帯び続ける。
えっ、マジ? 宝石か、これ。
かなり小さいが、ダンジョン産の宝石だ。俺は狩りの興奮とはまた別の喜びが脳に巡るのを受け入れる。
やった、え、ほんとか? これ。ほんものか?灰ゴブリンから取得出来るのか? 聞いたことがないが。
俺の頭の中から命がどうとか、死ぬこととは何かなどといった考えは全て綺麗に消え去った。
目に映るその緑の輝き。
頭の中はこれがいくらで売れるのかという計算のみが残っていた。
現代ダンジョン 「バベルの大穴」これは分かりやすく俺たちの世界を変えた。嫌、今も変え続けている。そこから生まれる物質には、現代の常識から大きくかけ離れたものも存在する。
例えば、2026年より大西洋においてハリケーンは
例えば、2026年より日本の夏の平均温度は27度に
例えば、去年以降中国全土において1ヶ月の降水量は
気象の操作。
過去人類がその20万年の歴史の中で幾度も考え、試行し、遂になしえなかった偉業。それらは、バベルの大穴が産まれてたったの3年以内に一部であるが実現していたのだ。
ダンジョンが孕む出土品によって。
探索者がダンジョンから取得する出土品、その中でも宝石の出土品には大きな価値がある。
何故かって? 本来は神さまの仕事である偉業。気象操作。
これらを可能たらしめる出土品は現状全て巨大な宝石だからだ。
まあそれらのサイズは全てメートル級の大きな物なのだ。
だからこの俺がつまんでいるこの宝石はそこまでのものではないだろう。
だが例え、気象操作とまでは行かなくともこれらのダンジョン産の宝石には不思議な力が宿っていることが確認されている。
それこそ一昔前に雑誌の裏表紙にあった胡散臭いパワーストーン。
富、名誉 、異性。全てが手に入ると謳われたその広告はもはやなくなって久しい。
本物が現れたからだ。
持っているだけで、幸運を呼ぶダンジョン産の宝石に莫大な金を出す人間は多い。しかも今や世界に回る金の総量は溢れんばかりだ。
俺の頭の中で、これを売るのがいいのか。それとも自分で持っていた方がいいのかの勘定が始まる。
いっそのこと報告せずに私物化するか? それで探索者街の公営カジノでも行って…
いや、待て待て。バレたら事だ。それに冷静に考えてみると、あれだ。
これのそもそもの持ち主はどうなった? 幸運だったのか?
俺は辺りを見回す。
流れる青い血。倒れ臥す灰色の短躯。転がる頑丈そうな分厚い鉈。
死屍累々。
あー、あんまりご利益はなさそうだな。売る方向にしよう。
組合オークションか、ネットオークションか。悩む。
俺がしゃがんだまま、金勘定を続けていたその時、灰色のカーゴパンツ。
ポポポポポ。という電子音とともにその右ポケットから振動を感じる。
どきり。心臓が跳ねた。どこかへ行くのでないかと勘違いするほどに。
つまんでいた宝石を左のポケットに素早くしまい込み、音を出しながら振動しているそれ。携帯端末を取り出す。
スマートフォンの画面には、白い文字で画面一杯に[探索組合日本人サポートセンター]と表示されている。
つくづく人の休暇中と、人の金勘定中に電話をかけることが得意な連中だ。
短く、舌打ちをして俺は端末を耳に当てる。
早鐘を鳴らす心臓を必死に抑えようとするがどうしようもなかった。まさか、宝石の事がバレたわけじゃないよな…?
それが気になってしょうがなかった。
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