第13話


 


 バチバツバツバチバチツツツツツ。



 乾いた空気を割られ、破裂音が煙と共に鳴り響く。もうもう、と薄く広く煙が広がりその中に瞬くように火の花が花弁を散らせた。


 ビニール袋を思いっきり手でこねくり回すような音に聞こえなくもないな。と俺は思った。


 中国では古来より爆竹は魔除けの品として用いられてきたらしい。


 その特徴的な破裂音により魔を追い払う力がらあると信じられてきた。


あながち本当に魔を払う力があるのかもしれない。



 爆竹の効果は絶大のようだ。先程の成体の群れを殺した時も非常に役に立ってくれた。


 これがなければ8匹も殺すのは無理だっただろう。



 見ろ、ヤツらの様子を。



 今にもこちらへ襲いかかってきそうだった個体は地面に膝をつき、木の根を操る特異な個体は尻餅をついている。



 恐慌状態のヤツらに近づくため歩き出す。近づけば、近づくほどヤツらの有様がはっきりと視界に映る。


 まあ、爆竹の破裂音だけではないだろう。手間暇掛けて携帯ノコギリでギコギコやった甲斐があったものだ。


 ヤツらからしたら仲間の生首を投げつけられた瞬間、爆音と煙に包まれたのだ。それは驚いたものだろう。



 2匹の中でも特に厄介そうな木の根を操る個体はどちらかと言えば爆竹よりも生首の方がショックなのか?



 尻餅をついたまま、じっとその生首を見つめている。立ち上がろうともせずにな。


 腰でも抜けたか? なら悪い事をした。これからもっと悪い事が起きるんだがな。


 ヤツらとの距離が半分程になった、瞬間俺は地面を思いっきり踏みつけるように蹴り出し、走り出す。


 灰色の乾燥した地面に薄っすらとコンバットブーツの足跡がのこった。



 遊ぶつもりはない。余裕もない。



 斧の柄を強く握る。今度は刃から遠い柄の端っこを。



 まだ爆竹の破裂音が効いているのだろう。片膝をついている幼体との距離が縮まる。


 それを無視して走り抜ける。制止するようにこちらへ手を弱々しく伸ばす幼体を尻目に厄介な個体へ狙いを定める。


 それでもその個体はこちらへ視線を向けずに生首のほうを見ている。


 そんなに見つめているのならもっと近くで見てやれよ。


 俺はその生首を走りがけにその個体へめがけて思いっきり蹴りつけた。



 重い頭蓋骨の感覚がブーツのつま先に広がるが痛みはない。




 サッカーボールのように飛ぶその生首はその個体の顔面へ容易くぶつかり、そいつを仰向けに倒す。




 木の根での防御はない。


 殺せる。そいつに肉薄し見下ろせる位置にまでたどり着く。




 背後から幼体の叫びが聞こえる。


 それは嘆願のように俺の耳へ届いたー


 いいや、





 その個体は何が起こったか理解出来ていないのだろう。



 仰向けに倒れた自分の頭の横にある生首を見て、悲鳴のような薄汚い声をあげた。




 添い寝した時のようだろ? そんな怖がってやるなよ。




 そして、そいつはやっと俺に気づく。


 もう遅い。斧は振り上げている。



 振り上げられた斧は遠心力を持ち、当然のように振り下ろされそいつのがら空きの腹を食い破った。




 この感触ばかりは表現が難しい。


 柔らかな腹の肉を破り、更にその奥、もっと柔らかな内臓をぐちゃぐちゃにかきまぜる。えもいわれぬ感触。



 斧を通じて脳内に溢れる甘い痺れ。極上の音楽を聴いた時のような血管が広がるような痺れ。


 ああ、いい。


 そいつの悲鳴など聞こえない。おれは何度も何度も何度もそいつの腹に斧を叩きつける。殺すために。壊すために。



 背後への警戒はしていたが、幼体が近付いてくる気配は感じられない。




 腹を守るように、そいつが両腕で腹を庇ー




 いいや、関係ない。その腕ごと、また腹に斧が食い込んだ。




 斧が腹へ食い込むたびに、そいつの体がビクっと大きく跳ねる。



 陸に上げられた魚のような、AEDを食らった人間のような。



 断続的にそいつの意思とは関係なく、体が跳ねる。





 やがてそいつはまったく動かなくなった。


 何度斧を叩きつけたのだろう。これでは餅つきのようだ。


 青い血で滑る斧をそいつの腹から引き抜く。もういいだろう。



 「2匹目」




 あとはお前か?



 ゆっくりと後ろを振り向く。




「ギ、ギギギギギギ」



 ヤツは呻きながら立ち上がり、また鉈を構える。


 よく見ると耳から青い血が流れている。鼓膜が破れたのか。立つのも辛いだろう。



 それでもヤツの片方だけの瞳はこちらを燃やし尽くさんとする焔のようなものを宿していた。




 もし、初めての狩りの相手がお前だったなら死ぬのは俺だっただろうな。




「俺が憎いか? 怪物種15号」




 ヤツに届いたとは思えない。


 それでもヤツは口から溢れるあぶくを撒き散らしながらこちらを威嚇する。



 その小さな体に殺意をたぎらせ、燃料として体を動かす。




 強い。なによりも最後まで諦めないその精神力が。




「でも、そろそろ時間切れだ。」




 俺は口の中だけで呟く。



 ヤツの様子に異変が起きていた。両膝が震えだし、左右にフラフラと一歩二歩歩いてまた元の位置に戻る。


 ふっと横倒しに倒れた。


 その口から漏れ出るあぶくの量がどんどん増えている。


 ヤツは自分の体になにが起きたのかを理解出来ていないようだ。



 片方残った瞳だけが四方にギョロギョロと、眼窩から飛び出し兼ねない勢いで動いていた。



 ようやく、効き始めたか。


 バルタン。遅効性の神経毒。地下室でたんまり吸わせたそれがようやくヤツの体全てに行き渡り、毒を染み込ませた。



 こうなってはもう後は命がけの狩りではない。ただの作業だ。



 俺は一歩、一歩踏みしめるように横倒れになっているそいつに近付く。



 ヤツは立ち上がろうと、もがく。体に力が入らないんだろうな。足は地面を蹴るだけだ。




 近付く。近付く。ヤツを殺すために。



 ヤツとの距離が残り1メートル程になる。



 斧をゆっくりと構える。その刃の銀色に青が混じっている。




  何をしているんだコイツ。



 俺はふと足を止める。



 ヤツは胸元にある緑色の…首飾りを乱暴に引きちぎり、毒の影響により震える手付きで、こちらへかざしていた。



 何度も何度も俺に突きつけるように力なく振りかざす。



 まるでその首飾りが俺を追い払ってくれる事を期待するように。



 吸血鬼への十字架か、それとも鬼への豆か。


 首飾りを悲壮な目つきで振り翳すそいつの姿からは、もう何の怖さも感じなかった。



 首飾りを何度振り翳そうとなにも起きない。それでもヤツはそれに縋るように同じ行動を繰り返していた。




 もういい。終わりだ。死ね。




 俺はそのまま斧を振りかざす。



 横倒れになっているそいつの首に視線を集中させる。


 そのまま、斧の重みをかんじつつ最高点まで振り上げたそれを、下ろす。



 ヒュン、と風を切る音がして、それからいつもの刃が肉に食い込む音が耳に染み込む。



 皮膚、血管、肉、首の骨、それらを断った振動を斧の刃、柄を通して感じる。


 最期まで振り翳すように動いていた手が止まる。


 パタと、ヤツの首飾りを握っていた手が地面に落ちる。



 力なく開かれた掌の中には、5月の森の中を思わせる深緑の色をした半円の首飾りがあった。


 灰色の大地に多くの青い血が流れ、染み付いていく。


 俺の狩りは終わった。

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