02 05 『曇天の空』
「⋯⋯あのね、前からのことなんだけど、」
ワタシはその言葉を精一杯絞りだした。
⋯⋯こんな調子で最後まで喋り切れるのかな?
心配なんてしていられる余裕などなかった。
「……今までごめん、ごめん」
ワタシの言いたい全てを還元したものを吐き出す。
「今まで勝手に色々してごめん、自分が取り返しのつかないことをしているのはワタシはわかっているつもり、」
とにかく必死に喋り殴った。
この間ワタシはその顔を上げることができない状態だった。正直今までのことのせいで、正面を向いて喋れる気がしなかった。この人に嫌われてきたのだ、この人の父親を殺してしまったのだ……、溢れる感情はとても抑え切れるものではなく、もうそれ以上のことを考えることができていなかった。
「……それで、ね、」
垂れ流しの感情を堰き止めて、何が言いたかったのか思い出そうとして、……あぁ、だめだ、頭が回らない……、どうしよう、
「……とにかく」
もう泣きそうだった。でも、泣いてもこの会話を止めてはいけない。ワタシが苦しめていたのに、ワタシ自身が勝手に苦しんで、こんな循環を……
……止めないといけない。
「……また、一緒に喋ったら、だめ、かな?」
ワタシは顔を上げた。目から溢れ出るものに視界は曇り、彼の正確な顔の表情まではわからなかった。しかしそれでもなお、彼の顔がさっきと違って悲しみだけに包まれていないことが、少しばかり分かった。
「また、前みたいに、あなたと喋りたい、笑いたい、……あなたと過ごしていたい!」
もう底から止めどなく出てくる。場所も周りも気にせず、只々声を張り上げる。目の前の彼との距離などお構いなしに、荒げるように声を飛ばす。
張り上げた声と共に涙が落ちる。少し視界が晴れる。彼はじっとワタシのことを見ていた。
「……ねぇ、」
ワタシは疲れて、優しげな口調に戻る。丁寧に語りかける。さっきわかった、『曇天の空』の本当の意味を込めて。
「……雨なんて、もう嫌だよ、」
「……曇りでいい。そこからまた、晴れに戻せば、いい、よね?」
ふと、彼が動いた音がした。何されるかとその音に少しびっくりする。
「……一つ聞きたいことが、あるんですが……」
彼はそう言って続ける。
ワタシはその言葉に顔をあげた。あの日以来の彼との会話、なにを聞かれるんだろう。怖くなった。が……、
「ぼくは、モノクロのまま消えるように見えますか?
もしかしなくても、意味不明な質問が飛んでくる。どうも、数年来とも思えない間の抜け方だ。
「……ッッ!」
思わず情緒不安定のまま吹き出してしまう。
いつもの気分だ。
彼が無自覚にもおかしなことを言って、ワタシがそれをケタケタと笑う。それに顔を赤くする彼。
あぁ、いつものだ。
「何言ってんの?」
ワタシが笑いながらそう返して、続ける。
「あなたは今ワタシの前にちゃんといるよ?今までずっとワタシの後ろにいたんだよ?」
そんなことを言いながら、さっきの涙と一転笑いが止まらない。
「そっか、そうだよね」
彼はそう言った。また赤くなっている。あの時のまんま。何も変わってない。
「アハハハ!」
涙の跡をそのままに、笑った。
彼も続けて恥ずかしげに笑う。
この時初めて、いや、再び、彼との間に快晴を見た気がする。
『曇天の空』は、雨と晴れの橋渡しなだけだった。
『曇天の空』
彼女……便宜上「曇天さん」と呼ぶことにします……の能力。天候を曇りにする。それはどんな快晴であれ豪雨であれ必ず曇りになる。また、これは天候のみならず、視界を曇らせる、雲行きが怪しい、と言った慣用句的ものにも作用する。
曇天さんは結局、彼……便宜上「モノクロくん」とでも呼びましょうか……と前の仲の良さを無事取り戻しました。それどころか、曇天さんとモノクロくんの仲は言ってたあの日の直前を超えるものになっていて、結果一時クラスの話題はその2人についてで持ちきりになるほどでした。私の心労といったら……。
加賀野冷嶺さんの方にも、以上の能力と曇天さんの依頼についての話を報告しました。冷嶺さんはまたドーナツ片手にパソコンを叩いていたので、あまり反応はしてくれませんでした。まぁ、煽られるよりマシなんですが。
そんなこんなで、私が冷嶺さんとタッグを組んでからの初仕事だったのですが、どうもモヤモヤしたまま終わりを迎えました。
ちなみに、のちに曇天さんに伝えたのですが、モノクロくんの父親、彼はなんと蜘蛛膜下出血で事故を起こしたそうで、曇天さんはやはりモノクロくんの父親を殺してなどいませんでした。加えて、モノクロくんの方も何やら能力で悩んでいて、相談の方があったようなのですが、それはまた別の話。
あ、それから。
その日、その周辺の地域を含む数カ所の県で梅雨明けが報道されました。どうやら通常を遥かに超える速さだったようで、誰のせいとは言いませんが。
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