02 04 快晴につなぐは
「⋯⋯もう一箇所、寄りたいところがあるんです」
そう言って颯爽と歩みを進める三波さんにワタシは少し大股で着いていく。ワタシが運動を日ごろからしているせいで置いていかれることはないが、むしろ三波さん自身のその歩く速さがいつになく速い。いつもの三波さんの無口がなぜか際立っている印象さえ受けてしまう。
いつのことだったかな、ワタシは一度、三波さんのメモ帳を見せてもらった時がある。そう、三波さんが間髪おかずに取り続け、視線を寄越さずに書き、かつそのメモる右手が止まることはない、あの不思議はその姿の一角に必ずあるのだ。
そこには、いつもそのメモ帳を見ずに書いているとは思えないほど、丁寧で整ったメモがあった。そして何よりその分量がすさまじかった。その日朝起きて夜寝床につくまで、その間の行動を秒単位で書き連ねていた。中には道順だったり食事の感想だったりその内容はとんでもなく広く果てしない。1日に1冊は書き終えてしまいそうなくらいの文の量にかなりビックリした。三波さん自身の記憶を全て書き込んでいる⋯⋯と、三波さんが言っていたわけだけど、それをしっかりと裏付ける、というか脳裏に焼き付けられるようなものだった。
そのメモ帳なんだけど、それは今三波さんの右前方のちょうどいい位置に浮いていて、今まさに歩いている三波さんの手は止まらずにペンが動いていて、それでも歩く姿勢を崩したりはしていない。それなのにメモ帳の方は字数も細かく相当書き込んでいた。正直なぜできるのかわからない。
……いや、
ワタシはふと立ち止まるように、
……これが三波さんの「能力」との向き合い方なのかもしれない。
そんなことを考えてしまう。
三波さんの能力についてはそのメモを見せてもらうときに軽く説明してもらった。こうしないと記憶が消えてしまうんです、と。
さっきは本のことになるととてもハイテンションになっていた。でも教室ではとても静かだったし、今も静かだ。そんなたくさんの三波さんが存在してもなお一貫して、三波さんの手はペンを走らせ続けている。
三波さん自身はこんなことを人にしゃべることに何も気にしていないらしく、すごくすんなり教えてもらったんだけど、……それを聞いて絶句しないはずはなく。
それを思い出して、
あぁ、ワタシは弱いな、
三波さんはこんなものを持って、それでもなおこう頑張っているのに。
ワタシは人を傷つけそれを引きずり続けるのか。
……嫌だな。
「つきました」
三波さんがそう言ってワタシを制した。ワタシはそれに少し驚くように足を止め、⋯⋯三波さんが目線でワタシの目線の先を促した。
⋯⋯そこには、見たことのある、彼がいた。
辺りを見回してみると、そこはワタシがいつも通っている高校。その中で彼は玄関で靴を履き、そのまま私たちのいる校門の方に向かおうとしている。今まで補修かな、自主学習かな。⋯⋯もう帰るのかな。
彼はあの日以来ワタシが話しかけられなくなっても、目で追いかけるのはやめられなかった。彼はまた泣いていないだろうか、とか、あぁまたそうやって優しくしている、とか、色んなことを考えていた。でも⋯⋯
⋯⋯ワタシとすれ違う時だけ、悲しい顔をしている。いつも。
ワタシと彼の間だけ、梅雨明けを知らない。
⋯⋯どうしよう、どうするべきなのかな?そもそも三波さんはなんでここに連れてきたのかな?⋯⋯どうしよう⋯⋯。
「⋯⋯すみません」
不意に声が聞こえた。最近特に耳にする透き通った声。
⋯⋯三波さん?
「この方があなたにお話をしたいということだったので、少々お時間いただけますか?」
その話し相手は彼。ワタシが思考をぐるぐるしている間に随分近くまで歩いて来ていたらしい。三波さん多分彼と初対面なのに肝が太いなぁ⋯⋯。
「⋯⋯ぼくに?」
そう言って彼はワタシの方へ目を向けてきた。
ここで初めて私の今の状況が理解できた。
三波さんはこんな型破りなやり方で、彼と話をさせようとしているのか⋯⋯。
色んな感情が込み上げてきたが、何より戸惑いが隠せなかった。
ワタシが、彼の視線を感じながら、その目線をあげると。
⋯⋯ほら、また、彼が悲しそうな顔をしている。
⋯⋯トントン。
紙をたたく音がした。三波さんだ。
『あなたの思うように話してください。』
その目線をあげる軌跡の途中にメモをしてある三波さんの文字が目に入る。ちょうど私の方へ角度を向けている。ワタシへのメッセージ。
『絶対に失敗しません。天気は悪くなりません。』
そんなこと言わないでよ。
ワタシの能力は『曇天の空』、必ず曇りになる。そのせいで今ワタシたちの関係はさながら明けない梅雨のような状況なんだよ?また曇らせるなんて⋯⋯
⋯⋯あ、
「⋯⋯あのね、前からのことなんだけど、」
ワタシは、彼に対して、おもむろに口を開いた。
あの日⋯⋯数年前のあの出来事から、初めてワタシは彼と話す。
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