02 03 晴れ⋯⋯”霽れ”の途中経過

「⋯⋯なるほど、『曇天の空』か⋯⋯」

 それを呟き、冷嶺れいさんはドーナツをかじる。


 もはや最近はいつもの場所とさえなり始めているここは、私とタッグを組んで活動をしている加賀野冷嶺さんの家。最近来ているというのは、私や私が遭遇した方の「能力」についての話を冷嶺さんに報告するためのもの⋯⋯なのですが、


「⋯⋯なかなか面白いものだねこれは」

 冷嶺さんは少し薄暗い笑みを浮かべている。その手の方は私の報告に基づいて何やらレポートのようなものを打ち込んでいっている。

「それは少し不謹慎に聞こえますね」

 私はそう返しつつ、この回答に少しばかりのため息が混じっていることに気が付いた。ここまで必死に考えているのに答えが出てこない私自身に嫌気がさしているのは事実である。

 答えというのは、勿論『曇天の空』の彼女のことである。これに関する進展というのは彼女が泣いたあの日以来これといった進展があったわけではなく、これの進展も彼女の表情も、ここのところの梅雨時期感全開の天気に似ている。


「これまた、三波の方も参っているようだねぇ」

 この一連の私の仕草を見ていたのであろう冷嶺さんの反応はいたって他人事で、その視線はやはりそのパソコンのディスプレイにくぎ付けのまま。私でなければ恐らく不信感で無視していることだろう。

「メモ帳に答えが書いていればいいんですが、前の私はそんなことしていないようです」

 そりゃそうだろう、と冷嶺さんが返したところで、カタカタと終始鳴っていたキーボードの音がピタッと止まる。それに一呼吸おいて、彼がおぉ、とうなった。


「どうしたんですか?」

 その珍しい冷嶺さんの行動に少し気になったので、そのようなことを尋ねてはみるものの、

「へぇへぇ⋯⋯おぉ、これはいいな」

 彼自身は私の質問に全く耳を貸さず一人で楽しんだいるようだ。


「三波三波、」

 視線はそのまま私を呼ぶ。もうその声だけでにやけた表情が分かる。こうにやにやとしながら人の名前を連呼するものなのか。

「⋯⋯なんですか」

 こう私が返答を返したら、

「少しヒントをやろう」

 冷嶺さんは本当に得意げな顔をしている。



 そして最後に放ったのは、

「⋯⋯この雨、晴れるといいねぇ」

 こんな意味の分からない単語である。




『⋯⋯久しぶりに出かけませんか?』

 そういうメールを三波さんからもらったので、数日ぶりに外に出た。

 ワタシの身の上を語ってしまったがためにワタシ自信が崩壊してしまったあの日から、ワタシは数日学校を休んでいた。そりゃここまで閉じ込めていたのに、なんで三波さんに話したのかさえ分からないくらい、ワタシの中では命さえ投げ打てるレベルの出来事なのだ。


『いいね、どこいく?』

 ちゃんと平然を保つように返事をする。

『色々店を回りたいな、と思いまして』

 と帰ってきた。

『あ、それと、』

 そう急に飛んできた三波さんのメッセージに少しビクッとなった。

 何だろうなと思ったら、

『外は雨ですので、傘を忘れずに』

 とご丁寧に気遣いまでしてもらった。


 その後私は、駅前で三波さんと待ち合わせをし、駅前の商店街の方で買い物をして回った。ワタシの方はスポーツ用品に加えてお洋服の方ものぞいた。それを見て、

「てっきりスポーツウェアで済ませるタイプなのかと、」

 と三波さんにびっくりされた。ワタシも一応女子してるんだよ失礼な。


「三波さんの番だよー」

 とワタシが三波さんに自分の買い物をするように言うと、彼女は近くの本屋に立ち寄った。

「あなたは何か本を読んだりするんですか?」

 と三波さんが質問してきたので、

「いや、やっぱりそんなに読まないかなぁ⋯⋯」

 とワタシが返した。

「では私が色々お勧めしましょうか」

 と三波さんが目を輝かせながらいろいろな本をワタシの方へ見せてくる。ときにはワタシが頭痛を抱えそうな難しめの小説だったり、逆に読みやすい物だったり、本を勧めてくる三波さんの変わり様に、こんな社交的だったのかと一種の先入観が壊されていく気がした。


「⋯⋯あ、すみません、結構時間使ってしまいましたね」

 こうして1時間半程度ハイテンションだった三波さんはやっと落ち着きを取り戻す。申し訳なさそうに、というか恥ずかしそうに笑って見せる三波さんにワタシさえ目を奪われた。⋯⋯こちらこそ色々本勧めてもらってごめんね、ワタシ何冊か買っちゃったし⋯⋯。



「⋯⋯しかし、」

 外に出たときに、三波さんが口を開く。

「⋯⋯何?」

 ワタシが不思議に思ったその反応に対して、

「雨、降り続いていますね」

 と三波さんはそう返した。三波さんの目には、いつもの無表情に戻ったせいか、少し憂が見えた気がした。


「あぁ、まぁ梅雨入りしたっていうからねー」

 ワタシがそう言いながら、本屋の傘立てをあさりながら、ワタシたちの傘を探し出す。

「ワタシは片頭痛もないけど、雨はそんなに好きじゃないなぁ」

 なんて、見つけ出した傘を三波さんに渡しつつ淡い感想を漏らすワタシに、

「私は片頭痛はありますが、雨は結構好きですね」

 と、普段通りに戻った三波さんがしっかり返答してくる。その後ワタシから傘を受け取り、ありがとうございます、と静かにお礼を言った。その反応に、いつも教室であの儚げな三波さんを見ていた時の感覚を今一度呼び起こされ、まぁ、好みはかみ合うような2人じゃないからなぁ、と思っていたら、


「ただ、⋯⋯こういうお出かけの日くらい、雨やんでもいいんですけどね」

 と、なんとも不思議な回答を三波さんがして見せた。


 それに少し疑問を抱きつつ、

「そうだねぇ、⋯⋯」



「⋯⋯曇りぐらいが、ちょうどいいよね」



 と、何気なく漏らした、その時だった。


 突如、雨が勢いを弱め始める。ワタシが開きかけていた傘に雨粒が当たった時はあんなに激しくはじかれていたものが、むしろそのはじくべき雨粒がだんだん減っていき、それがついには消えた。雲の暗さもさっきよりは心持明るくなった気がする。


「あ、やんだ⋯⋯のかな」

 と何気なく漏らしたワタシだが、その突然さに少し驚いていた。なんでだろうな。

 その呆気なさに一度本屋の屋根を出て確かめてみたりするが、やっぱり雨は降っていない。


「⋯⋯そうでした、」

 後ろから三波さんの声がする。それに反応してワタシが振り向くと、




「⋯⋯もう一箇所、寄りたいところがあるんです」

 と三波さんはいつもの無表情から少し笑って見せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る