02 02 喫茶店、天気は

「お好きなものをどうぞ」

 私は彼女にメニューを差し出し促した。


「……で、手立て的なのはついた?」

 彼女は、頼んだアイスコーヒーをストローで飲みながらそんなことを聞く。その目は強さを持ちつつも、何かにすがりたいような雰囲気もある。正直なんとも言いがたい状況なのは間違いないので、

「……いいえ、全く」

 と申し訳程度に答えておく。


 この1日で彼女の特性を確認して⋯⋯という方針だったが、思った以上に彼女は焦っている、なるべく早く解決してほしいという雰囲気だ。それはこの会話文一つにおいても、自らテンポを作っていくような性格によるものとは違う⋯⋯真剣みのようなものを感じる。

 それが何故なのかもゆっくり彼女に影響を与えないように調べているつもりではあったが、これはどうも、多少の影響を与えつつ、直接聞くしかないのだろうか。


「……成り行きを教えていただけますか?」

 私は白いカップに入ったホットコーヒー(私は夏でもホット、ブラックのままが好みなんです)を一口含み、その苦味が残るままそんな質問をする。

「……成り行きとは?」

 彼女はそれを聞き返す。説明が足りなかったかしら。

「⋯⋯そうですね、どの時期にその能力が在ることに気づいたのか、その後どのような風にその能力と付き合っていったのか、そして、……」

 そこまで話して、少しその次を続けるのに二の足を踏む。

「そして?」

 彼女が覗き込んでこちらを見る。私が人と話すときでも読書の時と同じ頭の傾きを維持する癖があるからですね。

 ここまで話しておいて、躊躇うのは少し違うかな、と思った私は、


「そして、どうして嫌いになったのか、です」


 と、その会話文を完成させる。


 彼女の顔は少し曇りがかる。その笑顔に少しひびが入る。分かっていて話したのだが、それでもこんなものを見ては心が少し痛い。


「⋯⋯うん、話すよ」

 彼女はその顔色をパッと変え、ニカッと私の方に笑顔を見せてみた。綺麗な笑顔だな、と思った私がいたが、それになぜか違和感を感じた。




「えっと、ワタシの能力に気づいたのは中学、2年の頃だったかな」

 彼女はその首に持って行った手を卓上に戻す。

「最初の方は晴れが嫌だなって思ったらなぜか曇るっていう経験から、なんなら自覚するのが恥ずかしいくらい些細なものだったんだ」

 その手に指をピアノをポロロンと弾くように波立たせて、

「そりゃあこんなもの、『能力』があると知ったら最初の方は驚いてた。さすがに非現実すぎて⋯⋯、けど、」

 彼女はその手を立て、そこに頬杖をつく。

「きっとわくわくしたんだと思う、考えるだけで天気が変えられるんだから、それでワタシはすんなり受け入れた」

 彼女の声は、どうも明るさに欠けるようなものだった。


「⋯⋯でね、その時ね、幼馴染の男友達がいたの」

 その話題は少し彼女を明るくさせるが

「彼はとっても弱虫だった、これでもかってくらい運動が苦手で、体も弱かったのかな?」

 少し楽しげに話した後、


「でもね、彼はね、とっても優しかったんだ」

 それをわたしの方を見ていう、ニッコリと笑っている⋯⋯ように見える無理な笑顔。


「体力面はワタシの方があったから、立場はワタシの方が守る側なんだけど、彼は、私が少しでもけがをしたらすぐに駆けよってきて、とても心配するの。」

 彼女はその顔を下に向ける。

「怪我一つで慌てて見せて、でも絆創膏とかはものすごくテキパキとして、その後、ワタシの方を見て⋯⋯泣きそうな顔で、気を付けないと、っていうの」

 その目がだんだん水滴を帯びていく。


「⋯⋯ワタシね、彼の父さんを殺しちゃったの」

 その言葉に、「⋯⋯あぁ、」と私は少し声をこぼしてしまう。

「ワタシが⋯⋯いつもの様に曇ってほしいなって思ったの、それが⋯⋯トラック運転手である彼の父さんのを曇らせた⋯⋯みたいで⋯⋯」

 その水滴が、1滴。私が記憶保持のために取るメモの手が止まりそうになった。

「それでね、電柱にぶつかったの⋯⋯巻き込まれる人はいなかったんだけど、彼の父さんは⋯⋯」

 その結末のように、もう1滴。

「彼ね、⋯⋯その葬式で、いつまでも泣いてたの、⋯⋯ワタシが近寄れないくらい大きな声で泣いてた⋯⋯」

 だんだん彼女の文章が稚拙になっていくように感じた。正直、よくここまで話せたものだな、と私が思う程度に、彼女は強い人だ。これを、背負って今まで生きてきたのかと、圧倒されてならない。


「それで、⋯⋯ワタシがもう彼に顔向けできない、会いたくない⋯⋯と思ったら、」

 彼女はその顔をあげることはもうできない。私は少し迷った後、近くに置いてあったティッシュ箱を見つけ、彼女の方へ押しだす。

「⋯⋯彼ね、なんでか、ワタシと⋯⋯喋らなくなった。私が話しかけても、無視するようになった⋯⋯」

 なんでなのかはわからないらしい、彼女はそのティッシュを取り、鼻をかんだ。



「⋯⋯分かりました」

 その記憶をなくさないよう、私は彼女の言ったことをメモに書きとっていた。それを終えて、私は彼女を制した。今私がしようとしていることをメモしつつ、

「辛いお話を話すように言ってしまい、申し訳ありませんでした。あなたのおうちまで送りましょう。今日は一旦休むことをお勧めします。」

 そう言って、彼女を促した。メモをしていたにも関わらずコーヒーを飲むことさえ忘れていた私が、それをのどに流し込むころには、私のホットコーヒーはすっかり冷めていた。




 彼女はその後私に彼女自身の自宅の道を教えつつ、その反面、彼女の表情はずっと一辺倒だった。辛かったことは、未だ辛いことは、見ないでもわかった。

 私は、彼女が話している間に雨が降り出したので、折り畳み傘に彼女を入れて、彼女の背中を押しながら、肩を濡らしながら彼女を自宅へ送った。


 彼女の家につき、彼女の母親に彼女のこの状態に関する事の次第を説明、彼女を母親の方へ預けた。

 私の事情説明に対して、母親は私を怒りもせず、静かにうなずいていた。それが尚、私の心を痛めた。それでも、その感情を忘れないように、なりばかりでもメモを取った。


 私はそのまま私の家の方へ向かう。



 その日のニュースで、梅雨入りを知った。


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