能力に関する記録『曇天の空』

02 01 天気、曇り

「あーした天気になーれ!」


 そんなことを高らかにぼやきながら靴飛ばしをして遊んだ記憶がある。

 ワタシの性格はどうも男子に近かったりして、女子友だちが少なかった少女時代を思い出す。その頃は、まだ晴れやかだったのにな。


 今は、曇天の空。

 その世界では、いくらきれいな快晴でも、曇天に成り下がる。


 ワタシは、昔の思い出をひとつ修正したかった。ある男子の同級生との喧嘩。いまだに顔を会わせてもその笑顔を覗くことはできない。


 この二人の仲は、梅雨明けを知らないのだ、ずっと。




「で、私に声をかけたと言うわけですか」

 噂の通り、三波さんはその馬鹿げた話をとても普通のことのように聞いていた。

「……どうしたんですか?」

 ワタシが神妙に見つめていたせいか、三波さんはその不思議そうな目付きをワタシの方へ向けていた。

「いや、……」

 あまりにとっさのことで言葉が出ない。

「だ、だって、笑い飛ばされるかって思ったからさ」

 そんなことを苦し紛れに返すと、

「私からしたら、こんな私に話しかけるようなこのような活発女子がむしろ不思議なのですけれど」

 とまぁド正論で返された。ワタシだってこれは想定外なのだ。


 ワタシは前述の通り、男子とも遊べるような活発女子、比べて三波さんの方は、教室の片隅で静かに本を読むような人。その姿はまるで今にでも背景と保護色して、そのまま消えて見えなくなってしまいそうな雰囲気だった。

 そんな真反対に存在する二個の生命体が邂逅することとなったのは、ワタシ自身が悩んでいることと、三波さんの噂話の内容のベクトルが一致していたからだ。同時に、悪意のある人間が流しているとしか思えない噂に頼らざるを得ないほど参っていると言うのもまた事実である。


「私頼られることあまりないですが、大丈夫なんですか?」

 三波さんはワタシの方をみることをせずにそんな質問をする。三波さんの右手は、こんな間も絶え間なくメモ帳にペンを走らせている。対して目線の方は今でもしっかりと本を捉えている。ワタシの方はなぜか口頭でしか向いてくれていないように見える。

「八方塞がりなんですよぉ……」

 ワタシがそんなことをぼやいた暁には、

「私が頼りないって認めてますよね?」

 鋭い指摘が待ってはいたが。



 とりあえず何もわからないからと、三波さんは私と一緒に下校するところから始まった。ワタシの方はバスケットボール部の練習があるので、三波さんにはそのマネージャーとして一時入ってもらうことにして、三波さんにはそれで時間を潰してもらおうと言うことになった。


「お疲れ様です」

 部活終わりの帰り、三波さんはワタシにキンキンのジュースを買ってくれていた。

「⋯⋯あ、ありがと」

 正直驚いたワタシがそれを受け取り、それを一気飲みする。からだの火照りを引かせるのにこの手段はかなり有効だと思っている。

 後ろの方で、「あれって三波さんじゃない?」「なんであんなやつと一緒にいるの?」と口々に陰口が聞こえてくるが、気のせいだとワタシ自身をなだめておく。


「ごめんね、すぐにどうにかするんで」

 ワタシはそう言って、この状況を打破しようと念じ始める。

「いえ、別に気にしては⋯⋯」

 という三波さんの声が聞こえつつも、それを無視してしまう。

 ごめんね、これがワタシの能力を生かせる数少ない使い道なのだから。



「⋯⋯『曇天の空』」



 それを唱えたとき、ワタシたちに陰口をたたいていた人たちがその視線をくらくらさせる。

「⋯⋯何をしたんですか?」

 三波さんが声色のみに疑問の意を込めて質問してきた。

「えっとね、彼女らの視界を


「⋯⋯なるほど、」

 そう言って、若干数三波さんは顔をしかめて見せた。少し何かを考えているような⋯⋯。


「どうしたの?」

 ワタシは気になったので尋ねてみたけど、

「いいえ、特に何も」

 と返されたので口を閉じる。


「⋯⋯では、近所の喫茶店でも行きましょうか」

 三波さんはそう言って、ワタシには目もくれずに立ち去ろうとするものだから、少し慌てて、その背中を追っかけた。その最中、随分とおしゃれな趣味を持っているなと考えたりもした。






(視界を、曇らせる、ですか)

 その様なことを、私は思案した。

(⋯⋯不思議なものですね、彼女にしては)

 案外優遇された能力なのですね、『曇天の空』って、と思いつつ、同時に首をかしげる。


「ワタシの『曇天の空』をどうにか無くしたりできない⋯⋯かな?」

 その様に彼女は言った。そんなことだから、私の『記録憶』のような中々使い勝手の悪いものなのかと思ったのだけれど。


「⋯⋯なんで、『無くしたり』なんでしょうか⋯⋯?」

 そうつぶやいた声は後ろの「ちょっと待って!」という彼女の声にかき消された。




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