01 04 『記録憶』

「⋯⋯どちら様ですか?」

 神妙な顔になるのもしょうがない。

 僕の目の前には、なぜかおかしな景色が広がっている。


「⋯⋯えっと、鈴谷三波すずやみなみって言います、私」



 僕が今いるのは自宅、先程のショッピング⋯⋯と言えるほどの悠長な時間を過ごさせてくれなかった事件があったが⋯⋯を終えて、先程購入した漫画たちを読み始めていた。

 その時に、

「⋯⋯ピン、ポン」

 ぎこちない手つきで押されたインターホンの響きがあたりを包んだ。

 ⋯⋯珍しいな、お客さんだなんて。

 大学生活であまり他の人と馴染んでいないこともあって、こんな生活を始めてから初めてのインターホンの音である。とうとううちにも新聞か宗教のお誘いでもきたのだろうか。

 ショッピングの一件で砂ぼこりに少し汚れた体を起こし、引きこもりにはとても遠く感じる玄関へと足を運ぶ。


 ⋯⋯カチャ、

 鍵を開けてそのドアを奥の方へ押す。その行動に、

「おあっ」

 きっとドアの近くに立っていたのだろう、その足を少しすらせる音がした。それを聞いた僕の最初の疑問というのが、


 ⋯⋯女性⋯⋯しかも僕より少し若そう⋯⋯。


 というものだった。

 その声色は、どうも久しぶりなもので、数年前に人は違えど似たような声を聞いた覚えがある。

 その疑問は、そのドアをさらに開けたときに具現化された。



 ……で、その具現化されたものが、今のこれである。


「……あの、」

 先に口を開いたのは鈴谷さんの方。

「少し、お話があって、きたんです。その……ダメ、ですか?」

 彼女は若干の上目遣いを行使しつつそんなことを言った。

 最初の方は、新手の勧誘系統かと思っていたが、ここまで律儀なセーラー服だとどうもそうとは思えない。100人に訊いたら全員がこんな感じと答えるようなありふれたセーラー服である。確か、近所の高校の制服だったような……。


「……そのメモは?」

 少々気になって尋ねてみた。

 彼女の特筆するべき点として、彼女は僕の熟考と動揺の間にメモを淡々と録っていた。そのメモ帳は僕がいつも使っているような大学ノートをそのままコンパクトにした形で、淡い水色の表紙をしている。で、これが宙に浮いていて、それにメタリックなシャープペンシルで、そこに視線を送ることなくしっかりメモしている。内容も粗方簡潔的で見易い。


「その事についても、話しますので……」

 彼女はそういう風にいい、そのまま少し俯くように視線を下に送る。あまり社交的な性格ではないらしい。


 ……ん?

 何かの違和感に気づいた。

 この人、『

 先程僕は『リ・セット』を行使した。前述の通り、これは便宜上10分間の間に人に認知されることはない。僕はその時間にさっさと家に帰りついたのだ。

 その間に人に認知されない以上、その直後にこの部屋に来て、ましてやここの集合住宅の住人でもないのにここまでナチュラルに挨拶できるのはおかしい。

 だとしたら、この能力自体が効果がなかったと考えるのが妥当である。


「……なんのもてなしもできないけど、」

 そう言って僕はドアを大きく開けた。

 結局考える必要はあるのだから。彼女は何をしているのか。


『リ・セット』という能力が効かないのはなんでか。

 彼女はなぜこんなにメモしているのか。

 そもそも、こんな内気な少女がなぜこんなところに来たのか。



 考えないといけない。

 恐らく、何か知ってる。そして、何かを求めている。

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