01 03 そばで見た虚像

 その間近で、どうも不思議な暴力事件を見た。


 私が手元のメモ帳を確認しながら、その替えのものを何冊か買って商店街の店を出る時のことだった。

 目の前で青年が殴られて見事にとんでいたのを目の当たりにしてしまった。


 実際の内容としては、酒におぼれたおじさんが、その店の店員に対して暴行したという事件。

 この流れでは、苦しい思考になってはしまうけれども、それでもまあ起こりえる話ではあると思われる。この一連の流れで、私の目を疑ってしまい様なことが起こった⋯⋯らしい。


 まずは一つ目。

 この暴行をしたとされている男性。

 この男性の手が赤く染まっていた⋯⋯というより鈍く光っていた。同時に、その手で殴られたのであろう女性の頬はまるで焼けただれるかのように赤く染まっていた。⋯⋯という風にメモされているのだから、間違いないと思うけれども、正直自分を疑っている。

 その状況を見ていた私は、本当にその手が赤熱化しているように見えていたらしい。


 二つ目。

 この暴行を受けたとされる女性。

 この女性のけがをしている頬が、突然治りだしたらしい。それも見る見るうちに。そしてその後、男性が暴行しても彼女には全く傷を受けなかったらしい。このことに関しては、その女性自身は把握できていない、キョトンとした顔だったようだ。


 この後、なぜかこの男性は気を失って倒れたらしいが、その話より格段に大事で不思議なことがもう一つ。


 三つ目。

 この暴行事件のもう一人の関係者である青年のことだ。私の目の前で殴り飛ばされていたあの青年。その青年のことについては、私はしっかり入念にメモしてあった。

 この青年は、この騒動に対して、加害者になってしまった男性を止めに入ったのだが、そのせいで殴り飛ばされていたのだ。


 その青年の周りで起こった出来事。

 簡単に言うと、彼が世間の人たちから『見られなく』なった。

 ある一人は、その人を労わろうと、その人のけがの具合を心配しているように駆け寄っていた。

 ある一人は、その人が持っていて、巻き込まれた拍子に散乱したものをかき集めようとしていた。

 と、その時、その二人の行動が、ある時を境にパッと飽きてしまったように、もっと言ってしまえば忘れてしまったように、その行動をやめたのだ。代わりにとった行動は、被害者の女性の方へと足を運ぶというものだった。その視界には、もう彼はいなかった



 そして、この時に私の「能力」が急に効果を失った。


 回りくどい形になってしまったけれど、私の「能力」は、どちらかというといささか「呪い」とか「病気」にさえ聞こえてしまうもの。実際私も最近までそう思っていて、最近になって「能力」というワードを見つけたので、その呼び方を便宜上の理由で使わせてもらっている。


 それは、『記録憶きろくおく』。


 私は、瞬きをするたびに記憶が消える。そのため、両親どころか、自我や性格などの自分の情報までいくら大切な思い出や記憶もをあっけなく忘れ去ってしまう。この時、基本的な言葉の意味とか生活に不可欠な知識まではしっかり覚えているらしいけれど。

 その反面、私がメモ帳などの紙やブログ日記などで「記録」したものに関しては、そこに記録されているものに限り忘れられない。

 そのため、いつもメモ帳を持ち歩きその日の事務連絡や自分が考えていたことなど種類は多岐にわたるものを、なるべく素早く多くのことを記入することにしている。



 その過程で記録されていた今日起きたらしい出来事。どれもが中々理解の追い付かない不思議な現象。


 これらをはっきりさせるためには、どうもあの青年が関わらざるを得なさそう。それをはっきりさせるためにも、その人をしっかりと視認しておかないといけない。私のてもとのメモ帳に正確に顔立ちなんて記録出来ない以上、その人を見逃してしまうわけにはいかない。


 ……その不可思議な現象と、私のこの謎の力をどうにか出来るのなら、方法を惜しまない。


「……?」


 ……!

 とっさに目をそらした。

 危ないな。まだこれから尾行となるし、急に目を向けられて驚いた。

 その青年のことをずっと考えていたから……特にやましい気持ちはないのだけれど……無意識にその方向へ目線を向けていたのかもしれない。


 その青年は、こちらの方向を見て不思議な顔を少しして、そのあと何もなかったのだろうとその目線を前へと戻した。まぁ彼方からしたらメモ帳持ってる新聞記者にも満たない姿をしているから。


 というか、その青年を見失ってはいけない。

 必ず追いかけなければ。


 そうして、そそくさと尾行していった。

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