01 02 僕視点 無反応

「『』」

 僕は安堵の声で言った。



『どうも妙な「能力」とか言う不可思議な話に巻き込まれた。

 その女性は男に殴られた。男の赤熱化した重い拳を頬に受けた。

 しかし突如そのただれが治った。受けた瞬間にすぐ治るようになった。

 そんな不思議なことができた直後、男はなぜか急に意識を失った。

 そのままその女性は助かった⋯⋯』


 こんな世界が理想的だ。

 この話の流れ、少し何かが欠損しているようなこんな話の方がきれいだ。


 ⋯⋯僕が汚すのにはもったいない。もったいなさすぎる。





 僕だけが、この微量中の微量の時間が少し遅くなったのを知っている。


 どうも肩の方の筋を痛めたらしい。

 先程の女性のダメージもおったまま。女性はぴんぴんで、なんでかまるで彼女自身も分かっていない。一時はそれが彼女の「能力」と言われるのだろう。


 痛覚を共有する。共有というのも半分違って、他人から自分へは、相手のダメージを「吸収」する。対して、自分から他人へは、自分のダメージを他人にそっくりそのまま「コピー」する。まぁこちらが共有の方である。このシステム上、自らにダメージが蓄積し続けることが難点である。これが僕の能力の一つである『痛覚共有』。



 殴られたことで、僕は端の方へと追いやられている。

 僕の持っていたマイバッグは前方に転がったまま、中に入っていた漫画の新刊がはみ出ている。あぁ、新刊が⋯⋯という感情は今も残るまま。

 その向こうの方で、女性がぺたんと座っている。先程まで騒動に巻き込まれていた人だ。その周りに、心配そうに集まる人がちらほら。

 2人不思議な人がいた、一人は女性で、僕の荷物を集めようとしていたのだろうか。それをサッとやめ、視線を騒動に巻き込まれた女性の方へ向ける。同じタイミングでその女性の方に視線を送った男性は、直前まで僕の方へと足を向けていた。

 その騒動を見ていた野次馬的な人たちや、見てさえもいない一般人は、僕の散らばった荷物には見向きもせず、されどこれでもかと言うほどきれいにそれらを避けて、商店街で普通の動きをしている。


 誰も僕のことを見ていない。誰も僕のことを知らない。

 これが、僕が重宝する『リ・セット』の力。


 全世界の人間から僕に関する記憶を消す。ノートへの記入やパソコン上などのデータとしての僕の情報は残るが、意識上では僕はこの世に存在しないことになる。追加して、使用後10分間は便宜上他人に認知されないようになっている。

 女性がキョトンとしているのも、女性や男性が僕の方へ手を差し伸べないのも、市営住宅ですれ違った人たちに誰なのか怪訝に思われたのも、この力のおかげである。


 これをすることで、




 僕はとりあえず、立ち上がってジャージの埃を払う。流石に痛みがすさまじいが我慢するしかないだろう。


 そのまま足を持参した毎バッグとその中身を片付けに向かう。どうも不思議なことに人に感知されていないのに、その人達は川の中州に引っかからない落ち葉のように移動していて、自分と人とがぶつかることはない。


 漫画の新刊をはじめいろいろなものを、丁寧にバッグの中に入れなおしていく。漫画のパッケージが若干穴が開き剥げていたが、中身に支障はないようだった。⋯⋯、あら、ポテチの中身が悲惨なことになってそう⋯⋯。


 一通りをまとめ終わった、少し多めに買ってしまったため、中にぎりぎり入るか入らないかくらいは危険だった。これをしっかりバッグ内に収めていたレジ店員の技術も中々すごい。それらを一度倒れないように立てておく。


 それから、いったん立ち上がってそれらに手をかけて、フンッって言う声で気合いを入れてそれらを持ち上げる。さすがに買い物が久し振りすぎてバッグ一式がブクブクと膨れてしまった。さて、これらをちゃんと持って帰らないとだ。



「⋯⋯?」



 何かを感じて横に目を向ける。そこにはいつも通りでありきたりな僕のいない世界がある。その中に僕を見ている人はいない。勿論そんな人がいる由もない。なぜか視線を感じたのも気のせいだろう。


 なぜならこの世界は僕のいない世界。いくら自意識過剰をしようとも、誰も僕のことを知らない。


 感じた視線の先を探すのをやめて前を見る。最近歩いていたのは家の中だけだったので、この一連の過程で足が大分疲れている。ついでに余計に痛みを追ってしまったので、だいぶ足がふらついている。今こうやってここを歩いている人たちにぶつからないように、迷惑をかけないように気を付けて歩かなければ。


 肩の痛みを伴い、バッグがひしひしと僕をいじめるのを、僕は丁寧に受け止めた。

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