能力に関する記録『リ・セット』『記録憶』

01 01 『リ・セット』

 今、実際にここで生きているものとする。



 他人と関わらないことがあろうか。



 答えは、否。


 勿論そんなことはありえない。

 生まれた瞬間から、この世界には「人」というものが存在してしまっている。

 それは、うるさく泣きわめきだした、生まれたときに対処できるような問題ではない。


 厳密にいうと、その後死ぬまでの間にでもできるようなものでもない。

 今、瞬間的に一億と二千万人とその端くれを、全て消し飛ばすなんて無理に決まっている。


 それは、逆なら可能かもしれないが⋯⋯

 もしくは、本当にその規模のことができるかもしれない。




「⋯⋯」

 無言の生活は、辛いものだと思われるのだろうか。


 机に向かう。

 その前の方は、パーソナルコンピュータとその付属の機器たち。一応数が多いため、その付近は一日に一度ほこりを払っておくようにしている。まぁ日課というものだろうか。

 家を出ないという訳でもない。ここの家賃を払うのは、残念ながらパーソナルコンピュータのおかげで電気代のみで苦しくなるだろうし、その上家でそれ以外をしなければ掃除の手間も省けるだろう。フローリングのおかげで少し濡らした雑巾で拭くだけなので楽である。

 とはいえども、家を出るときは、朝と晩の二食の外食、三日に一回程度のコインランドリー、そして晩に一回の行きつけの温泉、主なのはこれくらいだろうか、後は狭いマンションに入るのかと言うほどずらりと並んだ漫画と小説か、もしくはps4やswitchのゲームの種類が増えるときである。


「⋯⋯ふぅ、疲れた」

 さすがに4時間程度のパソコンとのマンツーマンは目に来るなぁ⋯⋯。

 オンラインでの周回第一弾を終え、起立、伸びをして、そのままベッドを兼ねているソファにダイブ。ずしんと肩の圧が乗っているのはいつものことである。

 このまま寝てしまおうかと投げてあった枕に顔をうずめてみるが、そういう気分にもなれなかった。その時丁度、1巻から集めている漫画の発売日が最近だったことを思い出し、久しぶりに外に買い物にでも外出することにした。


 家の中で長い間重宝しているジャージ一式から、一応持っている外用の服一式⋯⋯どうも数年前の流行か何かだったらしい⋯⋯に着替えて、最近レジ袋が有料化したらしいなと3つほどのマイバッグを持参し、最近使っていなくて埃さえ垣間見える靴を履いて、外に出る。

 こういう市営住宅の3階からの景色は、まあまあ立ち並んでいる高さのある建物たちであまりよろしいとは言い難い。そのまま、健康のためにと意外と続けている上り下りの階段縛りをしっかりして、散歩気分で近くの商店街へ足を向けた。その間何人かの人とすれ違ったが、こんな人ここに住んでいたっけな⋯⋯と思案するような方々が多数で、それ以外は自分に無関心な人だけだった。まあ、僕が覚えられていないのも、僕の特性上仕方ないのだが。



 ここまで、どうでもいいような一男性の生活を延々と語られて辟易としている読者がいたら、謝罪したい。何を隠そう、こうでもしないと記憶に残らないのだ。


 心配しなくても、これは僕の日記のようなもの、展開はかなり急だ。



 商店街で数冊の漫画とここ1週間の食糧の調達を終えマイバッグを片手で持っててくてく歩く。その最中、人の叫ぶ声。


「ギイィィヤァァー!」


 その方向⋯⋯まさか丁度目の前でこんなことが起こるとは思ってもみなかったが⋯⋯を見てみると、一人の女性がこちらへ走ってくる。どうも周りの人は中へ逃げ込んでいるらしく、僕の方へと4足歩行で近づいてくる。きっとこの商店街の一角で働いているのであろう、エプロンを着ていてしっかりとした顔立ちの一般的な女性だ⋯⋯左頬が赤く焼けただれていることを一つ除けば。


 そんな女性はこんな無気力な男⋯⋯僕の方へ藻掻くように来ると、

「お願い⋯⋯助けて⋯⋯!」

 なんて、蚊の泣くような声で縋り付いてくる。余程死にかけて死に物狂いで走ってきたのか息が上がるを通り越して、もはや過呼吸寸前である。


「⋯⋯ふひひひひひ⋯⋯」


 不気味な笑い声が女性のきた方向から聞こえる。

 向こうの方から来たのは一人の男、背が高く、同時にがたいもがっちりとしている。昼間から酒に溺れていたのだろうか、顔を真っ赤に染まている。

 ⋯⋯同時に手も真っ赤だ。マグマでも見ている気分になる。


「⋯⋯赤熱化かなんかかな⋯⋯」

 僕がこうやって呟いたのを聞いて、その女性は説明する。

「私の働く居酒屋で昼にも関わらずものすごく酒を飲んでいて、酔っぱらっていたので⋯⋯、私が注意したら起こりだして殴ってきたんです⋯⋯、熱くて⋯⋯痛くて⋯⋯!」


「わかりました」

 今にも泣き崩れそうな女性に制して、

「他に被害者は?」

 一応の状況確認をする。

「わたしがでていくと、すぐに追っかけてきたので⋯⋯」

 女性はそう答えると、先程の方向を見て、

「ひぃ⋯⋯⋯」

 と声を漏らした。


 刹那、


「どかんか!」

 という男の声とともに僕は殴られた。

 僕は1メートルほど若干飛ばされ、地面に倒れる。周辺から「うわ」という声が商店街内にこだまする。自分はしっかりとその拳を両腕でカバーしたので直接的なダメージはなかったが、半袖だったこともあり、その腕に若干のヒリヒリが残る。右手のバッグもとばされ、中の漫画の新刊が少し出てきたり⋯⋯、あぁ、せっかく買ってきたというのに。

「ひえぇ⋯⋯」

 女性はそのまま腰を抜かしているようだ。



 これが、「能力」たるものが中途半端にでてきて、まともに人々が対応できていない惨劇の一部である。こうやって知らない間に「能力」が暴発し、それにより人を傷つけてしまう。本当はあってはならない状態だが、同時に対処のできない若しくはしようがない問題で、実際ここ最近はよく目にする光景でもある。

 僕は、これに対し、積極的に介入していくような人間である。人が傷つくのは夢見が悪い。



「ギヤ⋯⋯⋯」

 短い声とともに、女性はもう一度その男に殴り飛ばされる。

 その声と被るようにぼくは唱える。



「『』⋯⋯」



 その瞬間、彼女の頬から今受けた傷を含めた全ての傷が消えた。

 その叫び声や痛そうは顔は元に戻り、女性はキョトンとしている。

「⋯⋯ふぅ」

 痛みは全て僕の方へ来た。


「おらぁ、おらぁ⋯⋯!」

 男はそのままそのことに気づかないまま女性を力任せに殴っていくが、その感覚を、痛みが全て僕の方へ送られてくる。正直あまり続けてほしくない⋯⋯ので、



「『』」



 もう一度それを唱えた。


「がぁ⋯⋯っ!」

 今まで女性⋯⋯基僕が受けてきた痛覚を全て男に送り込む。

 男は突然の痛みのあまり、そのまま気絶してしまった。

 そのまま音を立てて倒れる。


 周りの人々が中から顔を出し始める。

 中には、その女性と同様のエプロンを身に着けた人が彼女に語りかけに行く姿も見える。


 こうして、この商店街での一騒動は終息した。



 それを見届けて、安堵した声で僕は唱える。

 近くにいた女性が、僕の所持物たちを集めようとし、ある男性が僕の方へ駆け寄ってくるのを、眼中に捉えてはいなかった。



「『』」




 ⋯⋯この瞬間、世界から僕の存在は消えた。

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