5-6.静寂は文字に出来ない

 前々から薄っすら実感していたのだけど、どう頑張っても文字で表現出来ないことがある。それは無音、静寂について。


 同然、静寂を表現する言葉はたくさんある。物静か、閑静、静謐、だんまり、静粛……。きっと、これまでに文章を書いて来たたくさんの人、文豪や劇作家、とにかくあらゆる人が静寂について文章にしてきた。だけど結局、私たちは静寂を文字で表現できない。何か一言でも書いてしまったら、言葉が湧いて出てしまう。

 かといって、何も書かなければどんな場面なのかわからない。だから、「きんと冷え切った空気の中で、塵の落ちる音が聞こえて来そう」とか「世界に自分一人しかいないような沈黙が云々」などと書き連ねる(どちらも即席で書いたものなので、引用元は無い)。

 仕方のないことだけれど、それが無性に悔しい。音がない世界で、文字は圧倒的に不利だ。


 その点、絵は良いなと思う。漫画であれば、効果音や台詞がなければ一先ず場面から言葉が消えるし(もちろん、それ以上に上手にやらなければ絵は黙っていても騒ぎ出すだろうけれど)、誰も居ない美術館の一角で対峙する額縁に入った絵画と対峙すれば、本当にこの世から音が消えてしまったようなぽっかりとした静寂を味わえる。

 頭の中に文字が浮かんだ瞬間、それに音があろうがなかろうが、静寂に割って入って来る。文字は存在するだけで厄介だ。


 しかしよく考えると、私たちが生きている以上どうやったって完全な静寂はやって来ない。本を読んでいれば外でどこかの子どもがぴーぴー泣いているし、布団を被れば布が擦れる音がするし、耳栓をすれば自分の呼吸音や心音が聞こえる。だから、文字どころか人間自体が「静寂」を知ることは出来ないのだけれど。


 それでもやっぱり、文字で静寂を表現出来ないのは、とても悔しいなと思う。

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