第30話

☆☆☆


「魔王様っ!魔王様っ!!」


魔王城の一室で魔王を呼ぶ配下の魔族の声が響き渡る。


「魔王様っ!いらしたら返事をしてくださいっ!」


魔王を探している三人の魔族は魔王の直属の部下である。


人間と強い力を持った精霊がこの魔王城に近づいてきていることを感知したために、魔王を探しているのだ。


「魔王様っ!人間が・・・。人間が・・・。」


「そうです!魔王様・・・。人間が近づいてきているんです!」


「お隠れになっている場合ではございません!魔王様!」


三人の魔族は魔王城の中を上へ下へと駆けずり回って魔王を探している。


「いない・・・。魔王様はどちらに・・・。」


「まさか、お一人で人間の元へと向かったのではあるまいな?」


「そんな馬鹿な・・・。いや、あの魔王様ならあり得るかもしれない。」


魔王城の中は隅々までくまなく探し回った。


それなのにも魔王の姿は見つからない。


これは、人間に興味を示した魔王が人間の元へと向かった可能性がある。


三人の魔族は互いに視線を合わせて大きなため息をついた。


「・・・最悪ですね。」


「ああ。」


「オレ、もう知らん。」


「あ!ずるいです!僕ももう魔王なんて知りません。」


「二人とも!!魔王様が帰ってきたときにチクってやりますからね!!」


魔王が見つからないことに嫌気が差した二人の魔族はプイッと顔をそむけた。




☆☆☆




「魔王はこんな山奥にいるの?」


『そうじゃ。あやつらは自然が大好きじゃからの。』


『あ!ちょうちょなの~!!』


『あれ、なんだろう!木の葉のしたもぞもぞ動いてるの~!!』


『ミルクは!?ミルクの湧き出る泉はないのぉ~!?』


キャティーニャ村を出て一時間。


私たちは魔王城があるという森にたどり着いた。


本来はここに来るには馬で2週間以上はかかる場所なのだが、私たちはずるをした。


もとい、プーちゃんの転移の魔法でここまで一瞬で飛んできたのだ。


で、そのプーちゃんはというと魔王が怖いらしく震えながらタマちゃんの空間に隠れてしまった。


プーちゃん、最近なんだかちょっと情けない感が漂うのはなぜだろうか。


始祖竜だというのに。


「はいはい。タマちゃんの話だともうちょっとだってからね。ここから先は気をつけて進もうね。」


もしかすると、私たちに気づいた魔族がやってくるかもしれない。


気を抜いていたら攻撃してくるかもしれないので、周囲の警戒は怠らないようにしなければ。


特にマーニャたちは目を離すとすぐに脇道にそれるから注意しておかなくては。


『マユ!あそこになんかいるのー。』


『ほんとなのー。』


『なんなのー?』


しばらく山道を歩いていると、マーニャたちが一斉に声を上げて、同じ方向を凝視している。


私とタマちゃんはそちらに視線を向けた。


『ふむ。』


「えっ・・・。お婆ちゃん?こんなところにお婆ちゃん?え?え?」


マーニャたちが向いている方向に視線を向けると、そこにはひときわ大きな木に寄りかかっているお婆ちゃんがいたのだった。


こんな山奥にどうしてお婆ちゃんがいるのだろうか。


不思議に思いつつもお婆ちゃんに近づく。


タマちゃんがなんにも言わないところを見ると、特に危険性はないのだろう。


それでも周囲を気にしながらお婆ちゃんのもとに向かうと、お婆ちゃんは鼾をかいて眠っていた。


ザッと見る限り怪我もしていないように見える。


それに顔色も良さそうなので具合が悪いようではないようだ。


ホッと一つため息をつく。


こんな山奥にいたので怪我をしているか具合が悪いのかと思ったのだ。


だが、見る限りただ眠っているだけのようだ。


『まあ、危険はないのでな。妾はちと姿を消しておくのじゃ。』


「え?」


タマちゃんはそう言うとすぅっと姿を消した。


きっとタマちゃんの空間に隠れたのだろう。


しかし、なんでタマちゃんここで隠れてしまうのだろうか。


後に残された私とマーニャたちは顔を見合わせる。


・・・って、困っているのは私だけでマーニャたちはお婆ちゃんに興味津々のようだが。


『こんなところで何してるのー?』


『遊ぼー。』


『ミルクちょうだいー?』


どうしてこの子たちはこう自由なのだろうか。


私は思わず頭を抱えてしまった。


いや、だってまさか寝ているお婆ちゃんを起こそうとするとは思わないじゃないか。


いや、でもマーニャはまだいい。


なんでここにいるのか尋ねているのだから。


だが、ボーニャとクーニャはいただけない。


寝ているお婆ちゃんに対して、遊ぼうだなど・・・。


というか、クーニャ。


初対面の人にミルクをねだってはいけません。


「マーニャ、クーニャ、ボーニャ。お婆ちゃん寝ているんだから起こしちゃ駄目だよ。それにクーニャ。誰彼構わずにミルクをねだったら駄目だよ。」


『えー。だって、ミルク飲みたいんだもん。』


「飲みたいって家を出るときに飲んできたでしょ?」


『喉渇いたもんっ!』


「ほら、じゃあお水。ね?」


確かに歩き通しだったから喉は渇いている。


私はクーニャの前に水を用意した。


同じく喉が渇いているであろうマーニャとボーニャの目の前にも水を用意する。


『喉渇いてたの-。』


『マユ、ありがとうなのー。』


ボーニャとマーニャはやはり喉が渇いていたのか、私が用意した水に飛びついた。


しかし、一番先に喉が渇いていると自己申告してきたクーニャはジッとミルクを見つめていて全く飲む気配がない。


・・・どうやら、ミルクじゃないと飲みたくないようだ。


「クーニャ?水飲まないならしまっちゃうよ?」


『・・・ミルクがいいの。』


・・・やっぱり。


「あんまりミルクばっかり飲んでると太っちゃうよ?今のスラッとしたクーニャが好きなんだけどな?それに栄養が偏っちゃうと病気にもなっちゃうからね。」


『・・・ミルク。』


クーニャを説得しようとするが、失敗した。


クーニャは耳をてれんと力なく下げて視線までも地面を見てしまった。


寂しげに揺れる長く黒いしっぽがより哀愁を誘う。


「・・・わかった。今回だけだからね。」


『やったのー!マユ、ありがとうなのー!』


クーニャの寂しそうなガッカリとした姿に負けて、私はクーニャの前にミルクを用意した。


すると、先ほどまでの悲壮感漂う姿はどこへやら。


クーニャはガバッと顔をあげると、ミルクに飛びついた。


どうやら、クーニャの演技だったようだ。


『クーニャばっかりずるいの!マーニャにもちょうだい!!』


『ボーニャも!!飲むの!!』


「はいはい。」


さすがにクーニャにだけミルクをあげて、マーニャとボーニャにあげないという訳にはいかなくて二匹の分のミルクも用意する。


『わーい!いただきますー!』


『やったのー!いただきまーす!ってクーニャ、これはボーニャのなの!!』


マーニャとボーニャの分のミルクを用意している間にクーニャは自分のミルクを飲みきってしまったようだ。


それでもまだ足りずにボーニャの分にと用意したミルクにクーニャが顔をつっこんでいる。


ボーニャがクーニャをどかそうと、クーニャの頭をペロペロと舐めているが、クーニャは気にしたそぶりもなくボーニャのミルクをがぶ飲みしている。


さすがに可哀想になり、ボーニャの分のミルクを再度用意してボーニャの前に置く。


「ボーニャ。これを飲んで。」


『マユぅ~。』


ボーニャは肩を落としながらも新しく用意されたミルクを飲み始めた。


「ほっほっほっ。可愛い猫たちじゃなぁ。」


「え?あ、お婆ちゃん。」


マーニャたちに気を取られていると、お婆ちゃんが目を開けてこちらを微笑みながら見つめていた。


どうやらこの騒ぎでお婆ちゃんを起こしてしまったようだ。


そうだよな。近くでこれだけ騒いでて起きないわけがないよね。


「す、すみません。起こしてしまったようで。」


「可愛い猫たちじゃなぁ。名前はなんというんだね?」


視線をマーニャたちに向けてお婆ちゃんが尋ねてくる。


「こっちのキジシロの子がマーニャといいます。こっちの黒い子がクーニャとボーニャです。あ、ミルクにがっついている方がクーニャです。」


「可愛い猫たちじゃなぁ。して、名前はなんというんだね?」


「え・・・?あ、マーニャとクーニャとボーニャです。」


私の説明が悪かったのだろうか。


お婆ちゃんは再度マーニャたちの名前を尋ねてきた。


なので、マーニャたちを指さししながらお婆ちゃんに名前を告げる。


「マーニャにクーニャにボーニャというのかの。それにしても可愛い猫たちじゃなぁ。名前を教えてくれんかね?」


あ、あれ?


お婆ちゃんてばまた尋ねてきた。


どうなっているのだろうか?

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