310話 天音唯
ふわぁ……と小さく欠伸をして唯が目覚める。そこから唯の頭を撫でると、寝ぼけながらもにまにまと笑う。
時間を見ると余裕で寝過ごし……いや正確に言うのなら葵は起きてはいたのだが眠る唯を見ていたら1時間くらい経っていたらしい。可愛く欠伸をして目覚めた唯が流れでスマホを手に取る。顔がサッと真っ青になっていた。
「な、なんで起きてるのに起こさないのさ!いや、私の寝顔が可愛すぎるのは事実だけど!でもそれで寝坊するって馬鹿なの!ねぇ馬鹿なの!」
「馬鹿馬鹿うるせえ!つーか大体お前が俺の布団で寝なきゃこんなことにならんだろうが!このアホ!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?この私が隣で眠ってると言うのに1時間くらい手も出さずに眺めてるだけのヘタレには言われたくないんですけど!もう2回してるんだから襲うくらいしても構わないんですけど!」
時間も無いというのにギャーギャーと変なことで揉めてしまう。葵も唯もそれなりに欲はあり触れたいとも触れられたいとも思っているが、肝心なところで奥手……というかヘタレであり自分から!とはならない。
どこまでも我儘でどこまでも自分勝手なのが葵と唯である。だから割とこういって揉めることは珍しいことではない。
喧嘩するほど仲がいいという言葉もある通り、2人は普通に喧嘩もするし、時間が経てばそれを忘れたかのように仲良くしている。
「というかこれもう遅刻じゃない……?葵、走れる?」
「少なくとも骨折してる奴に確認することではないよな?」
「あ、うぅ……やばいやばいやばい」
なんとも珍しい唯の焦る姿。HRが始まる前に教室にいればいいが、それも15分後。着替えたり顔洗ったり歯を磨いたり……まぁ、朝は色々することがあるが、到底間に合いそうもない。
「うぅ……あ、そうだ!」
どうやら何かいい方法を思いついたらしい。いや、まぁ俺は遅刻確定だし唯が間に合えばなんでもいい。話してる時間はあるのかと言いたいが、とりあえず唯が考えついた方法とやらを聞く。
「ね、今日サボっちゃおっか」
「……はい?」
☆☆☆
「はい……はい、お願いします。失礼しまーす……」
スマホを耳に当てて使い慣れてないであろう敬語で話すのは唯。やがてそれが終わったのか、やれやれ疲れた……という表情をわざとらしく一瞬見せてから、こちらに笑顔でサムズアップ。
「休めたぜ!」
「なーにが休めたぜ!だ。早く行け」
「やだ♡この私が君と一日中一緒にいれるチャンスを簡単に逃すわけがないだろう?にっひひ〜♪たまには寝坊もしてみるものだね」
ぺろりと舌を出して、もう一度布団に潜り込む。こいつただ寝たいだけじゃね?とは思ったが、ぽんぽんと隣に寝転がるように布団を叩く。……俺の布団なんだけどね?
「……朝飯食うかぁ」
「もう少し寝ていてもいいんじゃないかな?ほら、私の隣が空いているじゃないか」
「……めんどくせえ」
「めんどくさいのも可愛いのだよ、私は。……一緒に寝よ?」
「……………………はぁ、お前ほんと」
めんどくさいは敢えて二度は言わずに唯の隣に寝転がる。……近い。吐息が耳にかかり擽ったい。細い指が頬を撫でると今度は頬を突っつく。
「……くすぐったいんだけど」
「いいじゃないか別に。それに……」
ただでさえ近い唯がまたその距離を縮めてくる。そして耳元に口を近づけてそっと……
「こうやって囁かれるの、とってもドキドキしないかい?」
バッと唯から離れる。その様子を見て唯がクスクスと笑いながら可愛いなぁと満足気に頷いている。
……やばかった。吐息がかかってくすぐったいのはもちろんだが、ドキドキした。耳元で囁く唯の顔は色っぽく、どこかいつもの唯らしさは良い意味で消えていた。動悸が収まらない。耳元で囁かれるのってあんなに……
「ドキドキしちゃった……?もっとして欲しい……よね?」
して欲しい……けど、耐えられる気がしないのが本音。うわ、マジでやばいなこれ。そしてやはり余裕は無いらしく唯の声も少しずつ細くなる。
「……ひ、人って耳が敏感らしくてね?だから……その、こうやって囁かれたり、あう……れろぉ」
「!?」
「な、舐められたりすると……こ、興奮してしまうらしいよ?」
唯を見ようとすると、見ないで!と布団を被ってしまった。ただ、同じ布団に入っているので唯が布団の中で足をばたつかせて悶えているのは分かる。そして小さな細い指を絡めてきて離さないように握られる。
(これは……ちょっとやばい)
催眠音声と言うのだろうか。そういったものが存在するのは知っていたが、実際に経験したのは初めてだ。……それもリアルに、隣に寝転がる唯に。
「……ごめん」
「……あ、え?な、にが……」
唯の上に覆い被さる。唯はぽかんと。今何が起こっているのか分からないといった顔をする。それをじっと見つめていると段々状況が分かってきたのか、みるみる顔が赤く染まっていく。その顔を隠そうにも腕は封じているので隠すことは出来ない。
「……狙ってる?こういうこと、されたい?」
「あ、いや、えっと……そういうことじゃなくて!……その、葵と一緒にいれるのが嬉しくてテンションが上がっちゃったというか」
「……俺の聞いてることとは違うんだけど」
「あ、うぅ……」
唯とは、したい。ただ実際にとなると緊張してしまってどうしても上手くいかない。飽きられてしまうのではないか。なんて不安に思うことはある。
……大切にしたい、なんて言って誤魔化してるだけで、単純に俺がヘタレなだけだ。だから……今、結構無理をしている。ただ、誘ってきたのは唯だ。あんなことされて冷静でいられるはずがない。
「どうなんだ?されたいのか……嫌なのか」
「え、えと……され、たいです。嫌、なわけ……ないもん」
「そっか。……じゃあ、その、いい?」
「う、うん……あ、優しく!優しくね!?」
「んー……ちょっと自信ないかも」
「にゃあっ!?」
「猫か。唯、たまにそんな反応示すよなぁ」
猫耳やしっぽが無くても可愛いのだが。唯の顔をじっと見る。恥ずかしいのか、必死に顔を隠そうとするが手で隠すことは出来ず、見つめ返すしかないといった状況。
やはりどこか幼げな顔。ただ一つ一つのパーツが本当に整っていて綺麗な顔をしている。髪もサラサラで一本一本が綺麗だ。頬を撫でるとふにふにと柔らかい。顎を撫でるとくすぐったそうに身をよじる。
「葵?」
「もう少し見てたい」
「か、構わないけど……今日は少し強引」
「嫌か?」
「嫌、じゃないけど……慣れないと言いますか。私が負けてるみたいで気に食わないと言いますか」
「本当に気に食わないって顔をするな」
むぅ〜……と不満げな顔。こいつ、どんだけ負けず嫌いなんだ。もう既に分かりきってることだと思っていたが、まさかここまでとは。
「……ま、今日のところは私の負けにしてあげる。好きにして構わないよ?」
「……なんか改めて言われると緊張するな。待って、少し落ち着き……」
「にっひっひ〜♪隙あり!」
「あっ!」
手が離れた一瞬を逃さず、するりと唯が抜け出す。そして器用に俺を仰向けにして倒す。先程までとは逆の姿勢に……俺が押し倒されたみたいな状態になったかと思えば、ぽすっとその上に馬乗りになる。そして懇親のドヤ顔。
「ふっふ〜ん!私のことを手玉に取るなんて10年早いのさ!この私だよ?そう簡単に負けなんて認めるわけないだろう?」
「……ほんと、負けず嫌いだな」
「当たり前だよ。なんせ私は天音唯だからね。天才が簡単に負けるなんてあってはならない……違う?」
「どっからその自信が……あー、はいはい。俺の負けだよ」
10年なんかじゃ足りないかもなって思わされた。俺は、この少女には勝てない。ただそれでも良いと思ってしまっている自分もいる。
「ふっふっふ……今夜は寝かさないぜ」
「真昼間に言うセリフじゃねえだろ……」
ただ、一緒にいれたらいいと思うだけだ。
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