309話 うさぎ

『そう……だから睡眠はしっかり取りなさいってあれほど言ったのに』


「それは本当に思った。しっかり寝ます」


『ならよし。……本当に大丈夫なの?』


「大丈夫では無いけど大丈夫。生きてるし」


『そう。ならお大事にね』


通話を切る。とりあえず骨折したことを母さんに報告しておいた。父さんの携帯には繋がらなかったが、まぁそこら辺は母さんがしっかり伝えておいてくれるだろう。

電話が終わるまで待っていたのか、終わった途端に唯が部屋のドアをゆっくり開いた。


「お風呂上がったよ」


「ん、じゃあ入る」


風呂から上がってうさぎのパジャマを着た唯がにぱっと笑う。……可愛い。いや、いつでも可愛いけどこれはなかなか……。


「にっひひひ……♪どーしたの?そんなに私を見てさ。あ、可愛い?もう、照れちゃうじゃないか。じゃあ私はここで服脱いで待ってるから……」


「せっかく可愛いのに脱ぐな勿体ない」


「ねぇそれどういう意味!?私脱いだら可愛くないの!?」


むぅ……と不満げな顔で見つめてくる。うさぎの耳がついたフードを深く被って顔を見せないように。せっかくの可愛い顔が見えないのは少し残念だ。


「ん、隣座ってくれるか?」


「……いいの?」


「なんでそこで勿体ぶるんだ」


いつも通り隣にいてくれればいい。それだけ言うと唯が隣に座る。ぽすっと肩に頭を乗せてきた唯が体重を任せて甘える姿勢に入った。


「ん、もふもふしてくれたまえ」


「はいはい……仰せのままに」


「ふにゃぁぁぁぁ……」


猫みたいだなほんと。来てるパジャマはうさぎだが。髪を撫でて頬を触る。するととても気持ち良さそうな表情をする。もっと……とキラキラした瞳で見つめてくる姿は、やはり子供っぽさがある。可愛いからいいけどさ。


「にゃう!?み、耳はダメ……」


「……そういうこと言われるとなぁ」


「だ、ダメ……にゃっ!あっ……んぅ……」


(えっろ……)


何か別の欲求が湧いてきてしまう気がする。はぁ……はぁ……と息が荒く声も高くなる。とろんと目が蕩けており、思わずドキッとしてしまった。


「……耳弱いって言ってるのに」


「反応が可愛いからな」


「あ、うぅ……じ、じゃあ、いいけど」


「遠慮なく」


ふにふにと触るとピクっと体が震える。声を抑えているが、そっちの方がエロいと感じてしまうのはどうしてなのか。銀色の髪では隠しきれないほど顔を赤く染めている。


「変態さん……」


「耳を触ってるだけで変態扱いするな」


「私の反応を楽しんでるもん……」


それだけで変態扱いされるのは納得いかないが反応を楽しんでるのは事実なので、それに関しては何も言えない。それに、なんだかんだ受け入れてしまう唯もなかなかだとは思う。


「……葵って耳好きなの?」


「唯の反応が好き」


「ひゃうっ……!そ、そういうこと言わないでよ!は、恥ずかしいんだから……」


別に耳を触るのが好きなわけではない。唯の反応が可愛いから触ってるだけであって。それを言うとまた頬を赤く染めて可愛らしい反応を示す。いつもは余裕のある表情を見せたり可愛いと言われると、ふふんと誇るような顔を見せるので、こうやって恥ずかしそうに顔を伏せる姿は珍しくもあり可愛い。


「あ、葵ばっかずるい……」


「唯のがずるいと思う」


「私は誠実だもん!」


「どの口が言ってんだほんと」


誠実さの欠片も無いと思うんですが。昔から本当にずる賢い性格をしている。性格が良いとは言えないが、いい性格してるとは思う。

そういう奴の方が絡みやすいんだけどさ。俺も性格は悪いし。


「でもいいもん。私、別に人に好かれたいわけじゃいし」


「そうなのか」


「もちろん嫌われるのは嫌だけど……私が好意を持って接する相手にだけ好かれてれば良いかな。別に交友関係は狭くて構わないよ」


「まぁ確かに」


「葵はそもそも友達少ないじゃないか」


「蹴るぞ」


「骨折した足で?」


「逆に決まってんだろ」


何故わざわざ自分から更に痛めつけなければならないのか。ため息をつく姿を見て、ふふっと小さく笑う。


「……なんだよ」


「いーや別に?……あんま良くないことだけど、君がずっと骨折してればこんな時間が過ごせるなって」


「本当に良くないことだな」


「いっそ治った後も私を頼ってくれても良いのだよ?ご飯も目覚ましも……ちょっとエッチなことでも」


「……バカ、頼まねえよ」


「にっひひひ♪そう言うと思った。……でも、ずっとこうしていたいのは本当。君と同じ時間を過ごしていたいと思う。贅沢なのかもしれないけどね。それで私は……別に間違いが起きても構わないのだよ?見て見ぬ振りをしてあげよう」


存分に甘えたまえと腕を広げて受け入れる姿勢。間違いなんて絶対に起きてはならないことで、それを唯は理解しているはずだ。それでも尚、求めてくる。……それでも襲えないあたり、俺はヘタレなんだなって思うが。


「よしよし……君を甘やかすのもお世話の内だよ」


「子供扱いするな」


「今の君はとても大人とは言えないだろう?それに、君だって散々私のことを子供扱いするじゃないか。その仕返しさ」


「何も言い返せん」


それを言われると弱いので、もう唯に全力で甘えることにした。もう知らん。この先どうなろうと知らん。ただ、唯を好きでいれたらそれでいい。


☆☆☆


翌朝、寒さで目を覚ます。布団は被っていたが今日も今日とて暖房をつけ忘れていたらしい。明日からはしっかり暖房つけよう。さすがに寝ながら凍え死ぬのは嫌だ。


「……で」


なんで唯さんは当たり前のように布団の中に潜り込んでるんですかね。……寝顔可愛い。すぅ……すぅ……と小さく寝息を立てる唯。抱き寄せるとモゾモゾと胸の辺りに顔を埋めた。どうやらそこがお気に入りスポットらしい。


「ん……んぅ……すぅ……すぅ……」


ずっと眺めていたいと思うが生憎今日も今日とて登校日である。どうやら神様は俺に唯の可愛い姿を見せたくないらしい。


「ま、俺も寝ぼけてたってことで」


唯の背中に手を回す。少し寒いしゆたんぽ代わりになってもらおう。すりすりと胸元に顔を擦り付ける唯を抱きしめて、もう一度眠ることにした。

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