299話 私だけを

食堂から少し離れたところに人があまりいない場所がある。この先はゴミ捨て場なので、それこそ掃除でもない限りは人は来ない。

そしてこちらを見ることなく腕を引っ張っていた唯の足がそこで止まった。


「……別にだね。私は葵が誰と仲良くしようと文句は言わないよ。そこまで縛る気は無いし私だって自由にしてる。……でも、あそこまでデレデレしてるのは気に食わない」


「別にそんなことは……」


ない、とは言いきれなかった。実際、あの一瞬の瑠璃には思わず目を奪われてしまったからだ。当然、唯からしたら面白くないだろう。逆の立場なら俺も面白くない。絶対に不快にはなっている。


「……私という存在がいるのに」


むぅぅ……といつものわざとらしい不満げな顔ではなく、少し寂しそうな表情をしている。


「ま、君の性格的に強く言えないのは分かるけどさ。特に友人ともなれば尚更だと思うけど」


「まぁ……うん、そうだな」


昔のこともあるので、自分から人が離れていってしまうのを恐れてる自覚はある。そもそも交友関係が広いわけでもないので失った時の喪失感は大きいと思うし。


「でも、私が1番じゃなきゃやだ……葵の1番は私だもん」


「唯……」


「私は葵が好きなの。葵じゃなきゃ嫌なの。めんどくさいって思うかもだけどね。そりゃ10年も君のことを想っていればこうなってしまうものだよ」


唯の真紅の瞳が真っ直ぐ見つめてくる。いつ見ても吸い込まてしまいそうなほど赤く赤く、そして綺麗な瞳をしている。じーっと見つめられてしまうと、つい魅入ってしまいそうになるし唯のペースに持っていかれる。なんというか、少しずるい気もするが。


「……俺も、唯の1番じゃなきゃ嫌だな。その、好き……だから」


隣にいたい。笑顔を見ていたい。真剣な顔も無邪気なとこも、少しアホなとこも見ていたい。唯の全てが愛おしい。誰にも取られたくない。ただ隣に立って、天音唯を愛す権利が欲しい。


「……じゃあ、もう他の女の子にデレデレしちゃダメだよ?あと、出来ればチョコも私のだけ受け取ってもらいたいというか……」


「……真尋と瑠璃のは?」


「それは絶対食べなきゃダメ!そ、それで……えっと、私のが1番美味しいと良いなぁ」


「……そりゃ唯のが1番だろ。なんたって愛が違うからな」


「……うわぁ、なんかキモい」


「え、そこは胸張って自信満々な顔するとこじゃねえの?」


「キモいのはキモいさ。ま、そんな葵も好きなんだけどね。……大好き」


「なんでだろう。すごく嬉しくない」


「にゃっはは!……ね、キスしない?」


「……ここ学校なんですけど」


しかしそんなことを言おうとも唯には通用しない。コソコソと隠れるようにして顔をぐいっと近づけてくる。


「……かがんで?」


(ぐっ……!可愛い……)


鼓動が早くなっているのが分かる。制服姿の唯はやはり可愛い。いや、私服や少し気の抜けた服装も可愛いのだが……やはりどうしても思春期男子。制服姿には目を奪われてしまう。もしかしたら制服フェチなのかもしれない。ははっ、きっしょ。


「んっ……あむ……んぅ」


唇を重ねてくる。2人きりの時は積極的になるが、こうした学園内という誰に見られるか分からない場所で積極的になるのは少し驚いた。……可愛いけど。

少しだけキスをしてから唯の顔が離れる。誰も来てないのだから、もう少しだけ……とは思うが、まぁ来られたらヤバいからな。唯もそれは理解しているようだ。


「学園でキスまでしちゃったねぇ。次はエッチかな?」


「ぶっ!……ゆ、唯さん?そういうことはだな……」


「私は少しだけ興味あるがね。ま、ヘタレの君には無理か。ごめんごめん」


ケラケラと笑って食堂に戻ろうと歩き出す唯。……ただ、俺はその手を握っていた。どうも俺は馬鹿にされたまま終わるのは許せない性格らしい。


「……放課後、覚悟しとけよ。優しくなれる自信は……無い、から」


「ひゃうっ!?あ、えっと、その……う、うん」


耳まで赤くした唯がこくりと頷く。一瞬、静寂が流れて俺も唯もお互いの顔が見れなくなってしまった。……唯だってその意味を理解してる。ただそれを拒絶しなかった。つまり……そういうことだ。


「えっと……も、戻る?麺、伸びちゃうかも」


「……麺?」


「え、あれ、ラーメン……頼まなかった?」


「……………………」


「……………………」


「そうじゃん!」


「馬鹿なのかい!?君は!」


☆☆☆


結局戻ってラーメンを食べたが……まぁ案の定麺は伸びていた。いや、それなりに美味かったけどさぁ。というか馬鹿とか言われたけど、あそこに連れてったの唯じゃなかったか?なんか俺が全面的に悪くなってる気がするんだが。……まぁ別に気にする程じゃないけども。


「ごちそうさま。席確保してくれてありがとな」


「気にしないでいいよ。割とすぐ戻ってきたから、特に何も言われなかったし」


テーブル席を1人で使うよりかはマシだしねと玲が言う。あぁ、そういやそんな奴いるよな。あれ、ものすごく座りにくいからやめて欲しいんだよな。


「ごちそうさま。葵、何か飲む?」


「じゃあ麦茶。金は後で渡す」


「いいよ別に。僕が勝手に買うだけだし。じゃあ行ってくるね」


そう行って自販機の方へと向かっていった。うーん……やっぱり無償で何かをもらうっていうのは申し訳なく思う。まぁ、あんまりしつこく払う払う言うとそれはそれでウザがられる気もするが。


「ふっふっふ……なんか葵、ハーレムみたい」


「……やっぱり俺も飲み物買いに行こうかな」


「逃げちゃダメだよー?あんまり時間も無いんだから早く食べなきゃ」


「誰のせいだと思ってんだ……」


さっきまであんな顔赤くして恥ずかしそうにしてたのに、もういつも通りケラケラ笑って煽ってくる。変わり身早すぎるというか、さっきのこと覚えてないんじゃないかとさえ思えてきた。……まぁ変に勘づかれないためってのは分かるが。


「にっひっひ♪確かに私のせいだね」


「唯が自分の非を認めた……?」


「君は私を何だと……私だって自分の非くらい認めます〜!ねぇ真尋!」


「え?あ、うーん……そ、そうね」


「あ、あれ?る、瑠璃……?」


「あはは……お、お二人とも?少し急がないと」


「うわぁぁぁぁぁん!葵!2人がいじめる!」


「自業自得」


「そこは味方してくれるとこじゃないの!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る