298話 ハッピーバレンタイン

「ハッピーバレンタイン」


「そんな嫌そうな表情でチョコ渡す奴いる?罰ゲームか何かじゃねえんだから」


「あらあら随分と自己評価の高いこと。葵に渡すのは罰ゲームでしょう?」


「普通に泣きそう」


「迷惑だからやめてちょうだい」


じゃあ普通に渡してくれとは思うが求めるのは間違ってるか。俺が言えたことじゃないが涼風真尋はなかなかにひねくれた性格をしてる。俺に言われるって相当だぞ。


「はぁ……ハッピーバレンタイン。受け取ってもらえる?」


「お、おう……ありがと」


「何よその反応。この私が愛を込めて作ったのよ?感謝なさい」


「いや、まぁ嬉しいよ。ありがとな」


そして涼風真尋はいつでも尊大だ。まぁその性格が全く不満に思わないくらいには性格に値する能力なのだから面白い。


「ま、本命は私じゃないでしょうけど。前座でもいいから味わって食べなさい?」


「ん、ありがと真尋」


美人がウインクをすると、またこれが映えるのだ。そしてやはり貰えるのは嬉しい。自分がモテるとか一切考えたことないが、やはり形として表れると何とも言えない高揚感が沸き上がる。1年に1回の特別なイベントだから尚更だ。


「メインディッシュと聞いて飛び出してきました。正妻です!」


「勝手に結婚したことにしないで?」


どこから来たのか、謎にキメ顔の唯が飛び出してきた。そして割と俊敏な動きで。普段からそのくらい動いて欲しい。あとついでに言うとメインディッシュとか誰も言ってない。お前どこから聞いたんだその声。ちょっと心配。


「まぁ?もう結婚したようなものだし妻と言っても過言ではないよね」


「やべえ女じゃん」


「愛しの彼女のことをやべえ女認定する?」


言ってることは完全にやべえ女なので認定していいだろ。まぁ自分から離れる気はないって言ってもらえてるようで嬉しくはあるが……あと何度も言うけど、ここ教室だからね?


「あーおい♡」


「おう」


「にっひひひ♪欲しい?」


「欲しい。めっちゃ欲しい。何ならこのために今日登校してきた」


「ふひひっ♪ねえ真尋、可愛くない!?葵すっごく可愛くない!?」


「馬鹿なだけじゃないかしら」


「今日イライラしてんの?」


「セクハラ?生理とでも言いたいのかしら」


「言ってねえよ」


そんなこと口に出したら、しばらく誰からも話しかけてもらえない気がする。あと何度も言いますがここ教室なんですよ。知らないなら教えときますけど。


「ま、そんな可愛い葵には特別にチョコをあげちゃおう。にっひひ〜♪唯さん特製の激ウマ愛情たっぷりチョコさ!」


「……やべえ、めちゃくちゃ嬉しい。えっと、ありがとう。うん、大切にする」


「食べ物だよ!?食べて欲しいんだけど!」


「いや勿体ないというか……そもそも唯の愛情たっぷりって人が、ましてや俺が食っていいのかと思ってな」


「私が葵にあげたの!むぅ……いらないなら返してもらうけど?」


「絶対嫌だ」


「なら食べてよ!むぅぅぅ……」


大切にとっておきたい気持ちはあるが……仕方ない。ありがたく食べさせていただこう。


☆☆☆


唯は相当ご機嫌らしい。授業中もニヤニヤしてたし唯と目が合えば、にひひ〜♪と笑いかけてきた。……正直、そういうことされると俺もニヤニヤしてしまいそうになる。唯なら可愛いからいいが俺ならキモいだけだ。


「にひひっ♪」


「……天音、機嫌がいいのは構わんが授業中だ。つか授業じゃなくてもイチャつくな。ムカつく」


「私だけじゃないよ。葵もだもん」


「皐月は終身名誉死刑囚だからな」


「62打席連続無安打とかやってそう」


他には地区優勝を逃す致命的なエラーとか5打数3併殺2三振とかな。いや、俺そのレベルなの?普通に傷付く。


「まーまー美鈴ちゃん。今日くらいは許してやれよ」


「美鈴ちゃん言うな。いや別に授業は真面目に受けようが不真面目だろうが構わん」


「それは構えよ」


「ただ私にとっちゃ目の前でイチャつかれる方が腹立つ。死に晒せバレンタイン」


「過去に何があったんだよ……」


「お、聞きたいか?話してやってもいいが?私の繊細な心が傷ついてもいいなら話すが?」


「ごめん、何も無い。あと本当にごめん」


「2回も謝らんでいい」


ちなみに授業を真面目に受けなくても構わんとは言ってるが不真面目だと普通に何も言わずに成績を引いてくる。明らかな授業妨害と判断しない限り注意すらしないからな。

はぁ……と大きなため息をつく美鈴ちゃん。色々残念な面はあるけど良い人だと思うけどなぁ。あ、俺は唯がいるので他の人がお願いします。


「ま、とりあえず授業は進めるか。で、どの方法が相手に最後まで苦痛を与えられるかの解説だったな」


「国語の授業をしろ」


「私に命令するな」


「お願いします。国語の授業をしてください」


「嫌だ。面倒だしやりたくない」


「おい」


何のためにお願いさせたのだろうか。……まぁ、この人の授業進行は早いので余裕はあるんだろうが。今までもサボりつつ間に合ってるので問題は無いと判断したのだろう。


「ま、それはさすがに冗談だ。やりたくないのは本音だけど」


「それを言っちゃう美鈴ちゃんも好き」


「……よせ、照れる」


さすがに真正面から好意の気持ちを伝えられるのは恥ずかしいのだろう。あまり見ない表情を見せる。それでもクールさを保っているのはかっこいいなと思うが。


☆☆☆


「今日家行っても大丈夫かな?」


「別にいいけど」


「にっひひ♪ではお邪魔させていただこう」


……なんか宣言されると少し緊張するな。こちらとしては断る理由も無いし来るなら楽しみではあるが。

彼女が家に来る。それはある意味サインではあると思ってもいいかもしれない。「今日、親居ないんだけど〜」みたいな誘導と似てる感じ。しかし俺の家には常に1人しか居ないし、そもそも週2~3のペースで家には来る。


「放課後が楽しみだよ。さてさて、今日は何食べよっかな〜」


「バレンタイン特別メニューなんてものもあるらしいですよ」


「へぇ、デザートとか?」


「いえ、私もよく知らないのですが……あくまで聞いた話なので」


イベントに応じたメニューが並ぶのもこの学園の特徴だろう。例えば節分なら恵方巻きが並ぶしハロウィンならカボチャのケーキとかだっけか。それなりに人気も出るらしい。


「ま、ラーメンにするかな」


「君はブレないというか……ま、私もラーメンかな」


「葵と唯さん、ほんとに仲良いよねぇ」


困った時はラーメン食べときゃ間違いないからな。ちなみに唐揚げの日は唐揚げにします。やはり揚げ物って素晴らしいと思う。もうほんと毎日メニューに並べて欲しい。太りそうだけど。


「なら私もラーメンにしようかしら。ふふっ、気になってたのよ」


「食べたことなかったか?」


「無い……と思うけど。食事に興味無いから基本覚えてないのよね」


何を楽しみに日々を生きてるのかすげえ気になるが、確かに何日か経てば何を食べたかは忘れてしまう気がする。そもそも昨日のメニューですら忘れることもあるのだから。


「なら私達もラーメンにしましょう。ふふっ、仲良しグループですから」


「みんなで同じメニュー食べたら仲良しって言うのもよく分からないけどね……」


そのまま食券を購入して出てくるのを待機する。授業が終わってすぐに来たので席は問題無さそうだな。美鈴ちゃんが直前の授業の時は席取りを考えて早めに終わらせてくれるし。


「……そうだ、葵さん」


「どうした?」


ちょいちょいと手招きの仕草をされて瑠璃の方に寄ると耳を貸すように言われる。そんなに周りに聞かれたくないのだろうか。


「あの、チョコ……机の中に入ってますので」


「……お、おう?ありがとう」


「いえいえ。お返し、楽しみにしています」


ふふっとお淑やかに、それでも少しばかり小悪魔っぽさを見せつけて瑠璃が笑う。


「むぅ……デレデレしてる」


「してないが」


「でも可愛いなって思ったでしょ」


「……客観的に見て瑠璃は、その、可愛いだろ」


「逃げんなぁ!むぅぅぅ……ちょっと来て!」


「え、いや、ラーメンそろそろ出てくる!」


そんな言葉も聞かずに唯は手首を握って歩き出す。その横顔は少し……いや、かなり不満げなものであった。

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