297話 ぼっち
「あー……契約延長しないのか。絶対出てくじゃん……酷使してぶっ壊しとけよ」
「急にどうしたの?恐ろしいワードが聞こえたんだけど」
いや、まぁあれだ。多分交渉は続けるんだろうけど正直シーズン前で契約延長出来なかったらほぼ引き止められない気がする。トレードも考えたがコンテンダーだしそんな余裕ねえんだよなぁ。
「はぁ……来年はどうなってしまうのやら」
それだけ言ってスマホを閉じる。今年は今年、来年は来年と割り切りたい。シーズン終了が近づくにつれて、そんな思いも消えてくんだろうが。
「……あ、そうだ。悪い、さっきの授業のノート少し見せてくれ。少し聞き逃したとこがあるんだ」
「構わないけど……葵、少し疲れてる?そんなこと珍しい」
「いや別に疲れてないとは思うけどな。……というか、毎日毎日朝から家まで来る唯の方が疲れてんじゃねえの?しっかり寝れてるのか不安だよ」
「だって私が作らなきゃ朝食べないじゃん!そ、それに……私が、その、葵といる時間を長くしたいからしてるだけで……」
そう言われて唯が自己中心的な性格であるのを思い出した。あくまで行動理念は自分であるのが天音唯という少女であることを。
「だから気にしなくていいんだよ。それに疲れてたら行かないよ。私は自分の体を労わりたいんでね」
「ん、そうしてくれ。とりあえず……その、ありがと」
「素直に言えてよし。ご褒美になでなでしてあげようじゃないか」
「やめろ恥ずかしい……」
言葉も聞かず頭を撫でてくる唯を見て可愛いなとは思う。どう考えても幸せ……なんだが、それと同時に自分に向けられた殺意に関しては弁明のしようがない。本当にすみませんでした。
「ま、たまには休むのも大事だよ。なんなら膝枕してあげよっか。ほれほれ〜♪」
「……い、いや大丈夫だから」
というか教室で椅子に座りっぱなしだと体勢キツくない?頭と腰は良いとして背中が浮いてる状態キツいと思うんだよ。
しかしまぁ……うん、膝枕はされたい気分かもしれない。別に疲れてるわけじゃないが、膝枕してくれるんならされたい。
「そ、それより……ノートいいか?」
「あ、ごめん!私としたことが忘れていたよ……はい、これ。あんま綺麗じゃないけど」
「唯のノートが汚いのなんて知ってるし大丈夫。大体、さっき聞き逃したとこさえ見れれば……って何だよ」
「むぅ……私のノート汚くないもん」
「うん、まず字が汚いよな?異世界の言語でも使ってんのかって思うし」
「そこまで言う!?ちょっとそれは傷つくよ!?そ、そんなに汚くないもん……私は読めるもん」
「逆に考えろ。俺とお前しか読めないんだ」
この異世界の言語……まぁ仮に天音語と名付けようか。俺は昔から見てきたので分かるが初見で読めたら是非とも金一封を贈呈してあげたい。……いや、読まれたら読まれたでそれは困るな。やっぱファミレスのドリンクバー奢りくらいでいい?
「ふむ。さすがは幼馴染。大好きな私のノートはしっかり読めるということだね」
「おう。昔からノート見せてくれる友達なんていなくて唯に頼りまくってたからな。さすがにそろそろ慣れた」
「思った数倍悲壮なんだけど!?」
そう言えばやけに私に頼ってきてたような……と唯が呟く。こんなこと言ってるが、それこそ小学生時代、特に高学年以降は唯もぼっちだった。お互い色々あった時代を乗り越えて今はそれなりに友達もいるのだから人は変われると言うことだろう。
「えーっと……慰めた方がいい?よしよし」
「もっと惨めに思えてくる」
ぼっちとぼっちがお互いに慰め合う光景を見て周りは何を思うのだろうか。いや、そもそも周りは唯がぼっちであることを知らないだろうが。でも多分俺は友達いないと思われてる。うん、今はともかく昔はそうだね。
「にっひひ〜♪お姉さんみたいだね。ふふんっ!頼りになるだろう?」
「お姉さんて……まずはその子供っぽいとこをだな」
「子供っぽくないです〜!頼れるお姉さんだもん!」
そうやって意地になっちゃうとこが子供っぽいって言ってるんだけどな……まぁ可愛いからいっか。うん、可愛いって正義なんだなって思う。生まれてきてくれてありがとう。
☆☆☆
「酒が飲みたい……」
「飲めばいいじゃん。私もお供しよっか?」
「おい未成年。ったく……ガキは黙ってジュースでも飲んでろ。……いやさ、親父が禁酒しろってうるさくてさ」
娘の体調を気遣うことの出来る素晴らしい父親じゃないか。普段どれほど飲んでるのかは知らないが話を聞く分には相当飲んでるらしいし、この辺で我慢を覚えるのも大切だと思う。
「我慢した後の酒は美味いって言うけどさぁ……そんな何日も犠牲にして飲むなら私は毎日飲みたい」
「そんなに美味しいの?お酒って」
「んー……まぁ美味いよ。飲んでみるか?」
「さっき未成年がどうこう言ってなかった?」
「ばーか。20歳超えたらに決まってんだろ」
舌を出して馬鹿にするような表情で笑うのは美鈴ちゃん。ほんと見れば見るほど教師とは思えないが、それでも立派に俺達の教師だと言うのだから面白い。人間性以外はそれなりに尊敬もしてるし。……って真尋が言ってました。うん、俺はそんなこと一言も言ってない。
「ま、成人したら言えよ。そしたら1杯くらいは奢ってやる」
「ほんと!?約束!」
「私が奢るに値すると感じたらなー」
とは言いつつ、どんな俺達になろうとこの人は奢ってくれるんだろうなって思った。
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