296話 攻防
大好きな人の寝顔を見る。これはとても幸せなことだと思う。起きて欲しいけどもっと見ていたいし抱きしめてもらいたい。そんなことばっか思ってる。髪を触るとくすぐったいのか、ん……と小さく声を上げて、また静かに寝息を立て始める。
「にひひひっ……♪」
おっと……思わず笑みが零れてしまった。可愛い寝顔を至近距離で見ている内にテンションが上がってきちゃったみたい。今日も今日とて葵のお家で朝ご飯を食べる。ちゃっかりお風呂も借りたので今の私は湯上り状態。
「にひひっ、可愛い」
普段あれだけかっこいい葵が完全に油断して眠ってしまっている。朝に弱いのは知ってるけど、ここまでとは。でも幸せそう……どんな夢見てるのかな。にひひっ♪気になるなぁ。
「でーもさ?私の前で寝るって言うことは何されても文句言えないってことだよ?」
例えば……キス、とかね。葵の唇に自分の唇を重ねる。起こさないように慎重に……それでも欲望が満たされるように。
「んっ……んぅ……はぁ」
むむむ……これでも起きないって、どれだけこの男は朝に弱いんだ。ま、そういうだらしないとこも好きなんだけどね。可愛いし。
「なでなで……ふひひっ♪子供みたい」
さすがにキスは少し恥ずかしいから頭を撫でる。後で起きたらもう1回してもらえばいいかな。サラサラしてて気持ちいい。
5分くらい撫でていると、さすがに気付いたのだろう。葵がゆっくりと目を覚まして寝ぼけた顔でこちらを見る。
「……んぁ?あー……おはよ」
「にっひひ〜♪おはよ」
「……ん」
「んぅ……!?んっ!ちょ、葵!?」
そのまま唇を押し付けられて少し強引で自分勝手なキスをされる。でも優しく頭をなでてくるから気持ちいい。しばらくして満足したのか、顔を離した葵が軽く笑って言った。
「……仕返し」
「にゃっ……!お、起きてたのかい!?」
「あんなことされりゃ気付くって。おはよ、唯」
「お、おはよう……」
むぅ……なんだか負けた気分。も、もちろん幸せではあるけどね!?でもなんだか少し恥ずかしい。こ、これが敗北……!?
「で、なんで布団に潜り込んでる?」
「お風呂上がりは温まりたいのです。でも勝手に暖房つけるのもな〜と思って部屋に来たら……なんとびっくり!暖かそうな布団があるではないですか!」
「うん、先客がいたと思うんだよな」
「まぁいいじゃないか!ほら、こんなに近くに私がいるのだよ?なんと今ならハグが無料!さ、どうしたい?」
「……ま、無料なら。貰っとけるものは貰っとく主義なんで」
「にひひひ〜♪貰われてあげよう!」
抱き寄せられて、またお互いの距離が近くなる。そのまま心臓に耳を当てると鼓動が早くなっていた。でもそれは私も同じ。好きな人がこんなに近くにいて緊張しないわけがない。私だってドキドキしてる。
(でもまぁ……これは内緒にしておこう)
葵の鼓動が早くなってるのも私の鼓動も早くなっていることも。今はもう少し、この幸せな時間を過ごしていたいから。
「にひひっ♪」
「ははっ」
☆☆☆
「おい、これはなにかの嫌がらせか?」
朝食も食べ終えて唯が冷蔵庫から何か持ってきたかと思ったらヨーグルト。……うん、俺これ何回か言ってると思うんだけど乳製品苦手なんだよね。で、唯はそれを昔から知ってるはずだよね?
「嫌がらせなんかじゃないよ。ほら、以前に言っただろう?苦手はしっかり克服しなきゃ」
いつの話だそれ。少なくともそんな話をした記憶はない。……いや、まぁ言ったと言うのだから記憶が無いだけで、そういう話をしたんだろう。うん、本当に覚えてない。
「好き嫌いは良くないよ。ちゃんと食べなきゃ……めっ!だよ?」
「で、唯さんはゴボウ克服したんですかね」
「……………………したよ?」
「絶対してねえだろお前」
俺に苦手な物があるように唯にも当然、苦手な物が存在する。その1つにして最大の天敵がゴボウである。別に不味くはないと思うが、どうやら唯は苦手らしい。まぁこんなこと言うと「乳製品だって不味くないよ!」って言い返されるんだが。もう黙っていよう。
「とにかく!あーんして」
「嫌だ……」
「我儘だなぁ……まったく」
「苦手な物は苦手なんだ。今更克服したいとも思わんし」
それに食べれるようになってもあんまり嬉しくない。例えばこれが刺身とかなら良いが乳製品だぞ乳製品。これがメインになるのって相当珍しいと思うが。
「はぁ、仕方ない。無理に食べさせるのも良くないからね。……ならほら、私に食べさせてくれたまえ」
あーんと口を開く。周りに誰もいなくても緊張するなこれ。しかしこうなった唯はなかなか折れてくれないため付き合うしかない。……別に、嫌だとかそういうのじゃないが。
「あ、あーん……」
「んっ……ん〜……ふむ。おいひ」
「よく食えるよなぁ……」
「だって普通に美味しいもん。ほらほら、早くしないと時間無くなっちゃうよ?」
(これ最後まで続けるんですか……)
☆☆☆
同じタイミングで玄関を出て学園へと向かう。ここ最近はこういった登校なので、そろそろ慣れてきたが良いものがある。いつもは違う場所に住んでるしタイミングもバラバラなので会ったら一緒に登校という形をとっていたし。
「寒いねぇ……もう少ししたら暖かくなるんだろうけど」
「まぁ我慢の時だな。俺は別に寒いの嫌いじゃないけど。暑いよりかは何倍もマシ」
「ふーん……厚着の方が好き?」
「……いや、薄着で元気な唯も好きだけど」
「私基準なの!?」
「え、そういう聞き方したじゃん……」
あんだけ上目遣いで緊張した面持ちで聞かれたら唯についてのことだと思うだろ普通。
「むぅ……じ、じゃあ早く夏になるといいね」
「いや、それは辛い。暑いの苦手だし」
「はっ……!ま、まさか家に来て夏服を着ろとでも言うのかい!?いや、葵が望むんなら構わないんだけど……す、少し恥ずかしい」
「唯って実はそういうの興味あったりする?」
「そ、そういうのって……えと、その……せ、制服プレイのこと言ってる……?」
「……ん」
「……ある、けど」
耳まで真っ赤にして小さな声で言葉を紡ぐ。……そっか、あるのか。いや、可愛いなほんとこいつ。自分から聞き出しておいて何言ってるんだと思われそうだが、そういうの素直に言っちゃうの本当に可愛い。その後めちゃくちゃ恥ずかしそうにするのも。
その後はお互いに黙ってしまった。それに色々意識してしまって目も合わせられない。それでもしっかり手は握りあっていた。
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