74話 後悔するがいいさ

テストも終わって、1学期の授業は終了した。あのデートの後も唯は普通に接してくれている。が、やはり気持ちを押し殺しているところはあるのだろう。具体的に言えば以前までのスキンシップが激減した。話していてもどこか1歩引いたような感じで、思わせぶりな発言はめっきり減ってしまった。

当然そうなれば俺への殺意の視線は減る。良い事のはずだ。それなのに……何故か俺は物足りなさを感じてしまっていた。


(これが望んだ結果じゃないってのはもちろん分かってる。……けど俺は何をすればいい?何をすればこの状況を変えられるんだ?)


考えたって仕方がない。自分で何かを変えないといけない。……けどとりあえず先に順位だけ確認しとくか。


☆☆☆


「なんだよ……これは」


廊下に張り出されたトップ50位までの名前。右から順に名前が並んでいて俺は前回と同じく3位。玲が2位に上がっていた。

だが俺の順位なんてどうでもいい。1番右。すなわち1位の場所に「天音唯」の文字は無い。

どうやら9位まで落ちたそうで、唯は平静を保ちながらも動揺しているようだ。


「天音さんがついに王座陥落か。それにしても9位なんて初じゃねえの?てか1位以外になるのも初だったか?」


「茜」


「おう葵。一応トップ50位以内に入ってるかだけ確認しにきた。案の定無かったけどな」


「茜は毎回惜しいよな。50位台になった事は多いのに」


「そうなんだよな。で、葵はいつも通りの1桁台と。さすがだな。まぁそれはぶっちゃけどうでも良いんだが……天音さん何かあったのか?」


何かあったと思ったのだろう。聞けば後ろの方から見ても唯は落ち着きが無かったらしい。何かしら思い詰めて、テストが終わったら終わったで絶望した顔になっていたとか。


「あ、あー……いや確かに色々あった」


「まぁ知ってんだけどな。葵が天音さんを振ったってのは」


「だから振ったわけじゃ……」


「それも知ってる。あくまで噂は噂だからな。色々聞いて回ったんだよ」


情報網の多さがえぐい。まぁ教室中その会話ばかりだったので、誰でも理解出来るとは思うが。


「で、だ。天音さんは確実にそれを気にしてるな。妙に落ち着きが無かったのも多分それだろうな。てか何で振ったんだっけか」


「だから振ってねぇよ。……単純に俺の気持ちがまとまらないだけだ。中途半端な心で付き合ってもどうせ長続きなんてしないよ。だから考える時間をもらってるだけだ」


「なんつーか葵らしいって言うか……とか言っても俺も勢いで付き合ったようなもんだからなぁ。裕喜に突然告白されて、ノリと勢いで了承しただけだし」


それはむしろ茜らしいな。まぁそんなカップルも今では学園を代表するレベルの仲になっているのだから茜の考えもありなのかもしれない。


「ま、あれだ。俺は応援している。だから早く付き合え」


「……気持ちがまとまったらな」


「うはは!まぁとっとと天音さんのとこ行ってこい!」


背中を押されて唯の方へ。唯はまだ状況を理解出来てないようだ。……いや、なんて声かければいいのこれ。

恐らくだが、俺のせいでもある。明らかに気にしているような状態だったし。

とは言え何か行動を起こさないと状況なんて変わるはずもない。


「唯……」


だが何を言えばいいのか分からない。そもそも唯が気にして順位を落としたのに俺は維持しているのだ。「君は特に気にしてなんていないんだね」と言われても仕方のないこと。下手に何かを言えないのだ。


「あ、葵。……私に勝てたじゃないか。おめでとう」


俯いた顔で唯がそう言う。顔を上げると唯は無理矢理笑顔を作っていた。

……どうしてもそれが苛立って、自分のせいだと分かっているのに、気付いたら俺は唯の手首を握って歩いていた。


☆☆☆


テストの返却も終わって順位を確認する。今日はそれだけだ。唯の手を握ってとっとと帰ろうとする。

何か聞こえるが、俺がそれを気にすることは出来なかった。……そうしてしばらく経ってから立ち止まる。


「はぁ……はぁ。何するんだい!」


「……こんなので勝ったって嬉しくねえんだよ。俺のせいだってのは分かってる。けど、何かしがらみがあって集中できない状態の唯に勝ちたかったわけじゃない」


「葵のせい……じゃないさ。私の切り替えが下手なだけだよ。葵が葵なりに自分の気持ちをまとめてくれようとしている。半端な心じゃなくて、しっかりと本心で私を好いてくれるまで、って言葉は嬉しい事さ。だからこれは私が……」


「違う。俺は逃げただけだ。どうすればいいか分からなかったから丁度自分がぶつかってる問題を良いように利用した。本心で唯を好きになりたいのは本当だ。けど別に全てのカップルのスタートがそんなんじゃないだろ」


茜だってそれは言っていた。別にこの「好き」と言う感情がどう言ったものかを判断する必要なんてない。……だって薄々気付いているから。だから俺は……あの場から逃げたんだ。


「だから何か気になるなら言ってくれ。今すぐ付き合おう。それで唯の悩みが晴れるなら俺はそれに協力する」


「そう……じゃない。そうじゃないんだよ!もちろん私は君と恋人同士になりたい!だって好きだもん!葵の事が!でも!君が私の事を考えてくれるのは分かっている!だから……私は……そんな考えの君と付き合いたいわけじゃない!」


「じゃあどうすりゃ良いんだよ!何が正解なんだ!?教えてくれよ!」


何で俺がキレている?怒りたいのはむしろ唯の方だ。俺がキレる権利なんてない。わかっているのに……。


「だから……しっかりと答えを出して欲しい。何年かかっても良い。いつか……私を好きになってくれればそれで良い」


唯が泣きそうな顔で……と言うか涙を流しながら言う。それでようやく今、俺が何をすべきかを理解した。俺が言ったことじゃないか。「答えを出す」って。なんで俺がそれを忘れてんだよ。俺が言ったことだというのに。

あぁ……なるほど。ゆっくりで良いんだ。天音唯への恋情をはっきりとさせるのは。ようやく理解できたよ。

とりあえず今は唯を泣き止ませるのが先決だろう。この美少女に涙は似合わねえからな。


「うっ……ありがとう葵。……久しぶりに喧嘩したねぇ」


「あー、いや……うん、ごめん」


「謝らなくていいよ。ゆっくりで良い。何年かかっても良いのさ。まぁ私は待つのが苦手なのだけどね」


「あぁ、ありが……今なんて言った?さっきと言ってること違うよ?」


ゆっくりで良いとか言ってたよな?で今待つの苦手とか言ってなかったか?


「うん。けど私は待つのが苦手だからね。これから頑張って私に惚れさせるさ。君は私という人間を惚れさせたのを後悔するがいいさ。どんどん私を好きにさせてあげようじゃないか」


その言葉と自信満々な顔は、ここ最近で最も輝いていて、とても綺麗だった。


「……好き」


「お、早速かな?じゃあ付き合うかい?」


「まだ」


「じゃあゲームをしよう。私は君を全力で私に惚れさせる。今年が終わるまでに君から告白してきたら私の勝ち。しなかったら君の勝ちさ」


「唯が勝ったら?」


「その時は私と交際してもらおう。それで一生私と一緒に幸せな人生を歩んでもらおうじゃないか」


「……俺が勝ったら?」


「うーん……そうだねぇ。私を好きにして構わないよ?あぁ、安心したまえ。葵が望むことならば何でも叶えてあげようじゃないか」


それはあれか?ちょっとヤバい領域まで足を踏み入れて良いってことか?まぁ別にそんな事を願うつもりはない。どうしようもない負け確イベント。何故なら俺はこの時点で唯に惚れているから。茜のアドバイス通りの勢いで告白とかなら今すぐ出来るぐらい。

理不尽すぎる負け確イベントだ。俺がそれを受ける必要はない……と分かっているのに。


「その勝負乗った」


何故か俺はそれを了承した。

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