75話 鋭利なナイフ
白凰学園高等部1年3組では朝に機嫌が良いか悪いかはかなり重要視されている。他でもない美鈴ちゃんの機嫌だ。
で、だ。HRの少し前に教室にやって来た美鈴ちゃんはすこぶる機嫌が悪く、教室内の温度が下がったのを感じることが出来る。
HRは始まっていないが、美鈴ちゃんが喋り始めた。
「えー、最近私のことをヤニカス先生と呼んだ東条は今すぐ屋上に来い。楽しい話をしてやるよ」
「なんでバレてんの!?」
いや言ってたのかよ。美鈴ちゃんの冗談か何かだと思ってたわ。あー、いや……機嫌悪そうだし冗談では無いんだろうが。
「ふっ、私には強い味方がいるからな。名前を出すことは出来ないけどな。いやー、水湊には感謝……あっ」
「バカなのか?」
「おい皐月てめえも来い」
「あなたの方が数倍バカね」
「葵はおバカさんだねぇ」
おいそこの2人黙れ。バッチリ聞こえてるぞ。唯に至っては「私に惚れさせるさ」とか言っときながら悪口言ってるよな?よしぶっk……
「まぁ別にそこまで切れてるわけじゃないんだけどな。私がヤニカスなのは周知の事実だし……て、誰がヤニカスだ。まだ1日半箱しか吸ってない」
「自分で言ったじゃん……」
「ええいうるさい。それよりも、だ。期末テストの方が大事だってのにさぁ……あれ、おかしいな……平均点が下がってんぞ?」
「ごふぅ!」
「美鈴ちゃーん、その言葉は唯に対しての鋭利なナイフになるぞ」
自己最低の9位になったからなぁ……その上1教科も満点が無い。いやまぁそもそも毎度毎度満点を取ったり、1位を取るのが当然になっているのがそもそもおかしい事なのだ。とは言え中等部1年の最初のテストからずっと守ってきた王座だ。やはり悔しいのだろう。
それにこのクラス、全体的に唯が平均点数を押し上げてるようなものだしなぁ。唯が下がるとなると当然下がってしまう。
「まぁ平均点が下がんのは仕方ない。期末ってことでみんな気合い入れてテスト制作するからな。それに私だって高校時代に成績が良かったか?と聞かれりゃそうじゃないしな」
言ってたなぁそんなこと。ただクラスメイトは俺と同じく美鈴ちゃんが優秀というイメージをどこかで抱いていたのだろう。意外そうな顔をしているのもいる。
「だから私はあーだこーだ言わない。というか言える立場じゃない。けどな?そんな私でさえこうやってお前らの前に教師として立ってるんだ。私が出来てんだから頑張ってくれ」
敢えて美鈴ちゃんは「私が出来んだからお前らも出来るだろ」的な事は言わない。ただ一つ、頑張ってくれとそれだけ言ってこの話を終わらせた。
「ん、明後日から夏休みだ。はい、東条。長期休暇の前に行う事と言えば何だ?」
「え?えー、大掃除?」
「そうだな。ま、予定表にも載ってるから覚悟はしてたと思うが大掃除やんぞ。てかもう2分後には始めないといけないから」
「なんで余裕そうに今まで喋ってたんだ……」
「本当に。これが……美鈴ちゃんワールド」
「まぁまぁ……我らの教師らしいではないか。林も在原も慣れているではないか」
「本当にな」
☆☆☆
「ふむ……なぁ皐月よ。貴様は随分と入念に掃除をしているな」
「2学期でまた席替えするだろうしなぁ……次この席に座る奴のために出来るだけ綺麗にしておきたいんだよ」
「そういうものか。……我もそうするとしよう」
「月城さんは机の表面とかの前に机の中を整理するのが先決だと思うけどな……」
整理整頓が苦手なのか机の中にはプリント類が溜まってしまっている。痛いところを突かれたのか、むぅ……と唸って机の中に視線を向けた。
そしてこちらを向いて普段見ないようなにっこりとした笑顔を向けてきた。
「手伝ってくれ」
「断る」
「…………」
「…………」
「何故だ」
「面倒」
「そこをなんとか頼む」
「丁重にお断りさせていただきます」
それに他人の私物を触るのは失礼だろう。俺も唯の私物くらいしか触らない。
まぁその唯の物もべたべた触るわけじゃないが。どちらにせよあまり人の物を触るのは良くないことだろう。
「それに頼むなら同性の奴の方が良いと思うぞ。そうだな……真尋は部屋を綺麗に保ってるから、あいつなら」
「ふむ、涼風か……確かに奴は身の回りの整理整頓は出来ているな。そうか……」
「私も出来ればお断り願いたいのだけど?はぁ……まぁ良いわ。手伝ってあげる」
「なんだかんだ優しいよなお前」
「う、うるさいわね……」
既に自席の掃除を終わらせたのだろう。真尋はこちらの方へとやって来た。次いで唯もとてとてと真尋の後ろについてやって来て、にこっと笑顔を向けてきた。
その笑顔があまりに可愛くて目を逸らしてしまう。どうやら本気で惚れさせるという言葉に嘘は無いらしく、今の笑顔にもそんな気持ちが感じられた。
苦労しそうだなぁ……と苦笑いになりながら掃除を進めることにした。
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