19話 一昨日の土曜日に④

……なんだこの状況。

本当にその言葉しか出てこない。俺達親子は夕飯を食べるために寿司屋に来た。かぞくで寿司屋と言うか家族で外食が久しぶりなのでまぁまぁ楽しみであった。

「あった」と言うことは今はそうでは無いということ。実際楽しくはあるが、それ以上に俺の頭は「どうしてこうなった」と言うワードが占めている。


「……?葵、食べないのかい?」


「ん。あぁ食べる食べる」


目の前には先程頼んだ大トロがあった。どうやら俺が色々と考えている内に運ばれていたらしい。

この店は回転寿司に必ずあるレールと注文して裏から席まで直接運ばれてくるシステムの店だ。回転レールだけだと自分の食べたい時に来ていないと言うのがあるからな。

大トロを口に運ぶ。チェーン店とは思えないような味で、正直高い店じゃなくても良いやと思えるくらいには美味い。


「そう言えば唯ちゃん、真尋ちゃん。葵は学園でどうだ?」


「学園で……?うーん。まぁ楽しそうには過ごしてますよ。そんな葵と過ごすのも楽しいです」


「表情には出さないけどねぇ。けど心無しかイキイキしてるように見える……かな。まぁ楽しんではいると思います」


なんだかなぁ……。こういう周りからの評価って気にはなるが、実際目の前で話されると恥ずかしい。

それを誤魔化すように寿司を食う。うん、やっぱり美味い。


「そうかそうか。息子が楽しそうで何よりだよ。こいつ素直じゃないからな。色々大変だと思うがよろしく頼むよ」


ま、こうして良い評価を得られるのは悪く思わない。誰だって悪い評価よりかは良い評価が欲しいだろう。恥ずかしいが2人ともよく思ってくれてるんだな……と再認識する。

親子での食事も楽しかったが、やはりこうした形で食べるのも楽しい。家では家族揃って食事というのは殆ど無かったし、あるとしても会話は少なかった。


「またいつかこうやって……」


ボソリと呟く。きっと誰の耳にも届いていないだろう。


「そうだ葵。この後ちゃんと2人を送って行けよ?夜道に女の子2人で歩かせないようにな」


「分かってるよ。こっから寮の道分からないけど……」


寮から家が近いと言ってもそれは学園から行けばと言う話だ。そもそも寮は学園の広大な敷地の中にある。……まぁ正直な所、市内でよくそんなに広い土地があったな……とは思うが、今更なのでそれにはもう突っ込まない。


「と言うか葵。全然食べてないじゃないか。食べないと育たないよ?」


「ちゃんと食ってるよ。……うまっ」


一応ちゃんと育ってはいるだろう。現在の身長は174cm。平均身長は169cmぐらいなので平均よりかは高い。が、あくまでこれは国の平均であって、うちのクラスの平均身長はかなり高いと思っている。

茜を筆頭に180cm台の奴もちらほらいるクラスだ。半分以上は170cm以上というクラス。だが例外も居て、玲なんかは160cm。小柄な体格をしていて、その上童顔なのだからまぁ女子にはモテる。可愛いという意味でだが。


「葵はクラスの男子だと低めの方じゃない。さすがに私よりかは高いけれど」


「あぁ、真尋も高い方だよな。あれ?170あるっけ?」


「…170はないわね。今が大体168とか?」


高一女子の平均身長が157cmなので真尋は同年代の女子と比べて遥かに大きいということになる。


「成長云々言うなら俺よりも唯だろ。そろそろ20cmくらいの差はあるんじゃねえか?」


「むぅ。私が1番触れられたくないところに触れてきたね。私だって気にしてるんだよ?」


「いや、話振ってきたのお前だろ……」


唯の身長は平均と比べてやや低め。確か平均身長が157cmくらいで唯の身長が153cmくらい。特段低いわけではないが、唯は気にしているそうだ。


「これから伸びるわよ。私は……多分もう伸びないだろうけどね。唯もいつかは葵と同じくらいになるわ」


それは高すぎるとは思うが、こう言うと唯の顔はパッと輝く。確かに一般的には身長は18歳までは伸びると言われているので、まだまだ希望はある。


「父さんもそこまで身長は高くないからな。もう越せるし」


「……もうそんなか。既に文也には越されてるからなぁ……」


「兄さん身長高いし」


兄・|文也(ふみや)は父親の身長を中学3年生の時に抜かしてしまった。元々身長の伸びは凄まじいものがあったし、学生の内には抜かれそうだなと父さんは言っていたが、まさか中学生に身長を抜かれるとは思ってなかったのだろう。


「美味しい……お寿司ってあまり食べる機会ないからとても美味しく思えるわ」


「…の割にはあんま食ってないよな。どうせ払うの父さんだし遠慮しなくていいんだぞ?」


「……人に出してもらうのだから遠慮くらいするわ」


「別に良いんだよ。父さん、人の喜ぶとこ見るの好きらしいから。それに見ろ唯を。遠慮なんて知らないみたいだ」


次々と口に寿司を運ぶ唯。今この中の誰よりも食べてるのは間違いなく唯だ。

元々そんなに食べるタイプではないが、自分の好きな物になると別らしい。普段見ないようなスピードで空いた皿を量産していく。


「ほら、真尋も食えよ。何か頼むか?」


「じゃあ……そうね。サーモンをお願い」


「ん。俺も食おっと。父さんと唯は?」


「じゃあ俺も同じの」


「私も貰おう」


☆☆☆


食べ放題と言うのは最初は余裕なのだ。……余裕に見えるのだ。だが実際は意外と食べることが出来ずに損をしてしまうケースがある。

……この状況はまさにそれだった。


そもそも俺は同年代の男子と比べて食べる方では無い。真尋も同じでかなりの少食だ。父さんと唯は余裕で元を取ってはいるが、俺と真尋は元も取れない上に1歩間違えればこの場が大変な事になる危機にまで瀕していた。


「ごちそうさまでした。おーい葵……大丈夫か?」


「大丈夫……じゃない。もう少し待ってくれ」


「真尋!?目を覚まして!」


「安心……なさい。唯……あなたは……私無しでも……」


おいそこ。ファンタジー小説で主人公の師匠みたいな立ち位置のキャラが今にも死にそうなシーンみたいになるな。

じっと真尋を見つめる。普段冗談を言うタイプではないが意外とノリは良い。ただこの状況においてはなんの解決策にもなっておらず、むしろ喋ったことによって暴発寸前みたいになっていた。


「仕方ない。真尋ちゃん。どのくらいあれば動けるようになる?」


「じゅ…15分あればなんとか……」


「よし。じゃあ15分経って動けるなら言ってくれ」


父さん?息子にはお声かけ無しですか?真尋と同様に今にも死にそうですが。

まぁ俺も今動かれると困るので、待ってくれるのは感謝だ。


「あーおい!この後送ってくれるんだろう?ふふっ、あまり無理はしないようにね」


☆☆☆


「ありがとうございましたー」


店員の挨拶と共に店を出る。なんとか動ける状態になり、危機は脱したと言って良い。


「ごちそうさま」


「ごちそうさまでした」


「ごちそうさまでした」


「おう。じゃあ俺は家に帰るから。じゃ、また会おうなー」


挨拶を済ませると父さんは家へと帰っていった。さて……寮まで送らないと。


「唯、真尋。行くぞー」


「おやおや葵。何か忘れていないかい?」


忘れてること?何か忘れ物でもあったか?と頭を悩ませていると、唯が自分の左手と俺の右手を交互に見る。

……あぁ、手を繋げってことか。うーん。真尋がいるんだよな。普段なら唯の手を繋ぐなど造作もないが、さすがに人前で繋ぐのは少々恥ずかしい。この前のケーキ店とは訳が違うのだ。なんとも繋ぎずらい。


(唯、さすがにこの状況で繋ぐのはやめておこう。真尋の前だから恥ずかしい)


(むぅ。私はそんなことないのに……はぁ、仕方ない。今回は勘弁してあげよう)


「あなた達何を話しているのよ。さ、行きましょ」


☆☆☆


みなとみらいから寮までの距離は意外と会って、歩き始めてから15分程が経過した。

その間は適当に駄弁ったりしてまったりと寮へ向かう。


「真尋の絵って可愛いよね!なんかミニキャラみたいな画風で私はすごく好きなんだけど」


「そ、そうかしら。あまり上手ではないけれどね」


「安心しろ真尋。ここに美術の成績が絵の評価だけだったら中等部から上がれない奴もいるんだぞ」


「ふむ。確かにそうだね。私の絵も酷いけど、葵の絵を見ると希望が湧いてくるよ」


煽ってんのかお前。普通に上手いだろ。いや自虐発言したのは俺だが。とは言え絵の下手さは学年で1.2を争うほどだ。だから芸術教科では音楽を選んでいる。

まぁ歌も下手だが、書道も工芸もやりたくないので消去法で音楽になった。我ながらひどい選考理由である。


「そういや真尋と唯は芸術何にしたんだ?」


「私は書道よ。これでも私、書道は六段だから」


「あぁ……確かに真尋の毛筆ってめちゃくちゃ上手かったな。唯は?」


「私?私も書道さ。どれが得意とかは無いからね。1番マシなのを選んだだけさ」


……唯って芸術4教科の全てを平均以上。下手すりゃ最高レベルの評価を得てると思うんだけどな。あくまで中等部の話だが、唯は書道、美術、工芸、音楽の全てを高いレベルでこなしていた。多才にも程があると思う。


「葵は……確か音楽だったかな?意外だね。葵に音楽というイメージがあまりない」


「だろうな。まぁあれだ。祖父母に色んなとこ連れ回されたから。ミュージカルとかオーケストラとか」


祖父母は元々音楽関係の仕事に携わっていたため、よく見に行くそうだ。俺自身も興味はあるのでよく連れられていた。

最近は見に行っていないが、個人的には面白いと思っているため祖父母の家からビデオを借りて見ている。


「……もう着いたか。じゃあまた明後日会おうな」


こうして3人で歩くのは中等部からよくしているが、やはり楽しい。元々喋るのが好きと言うのもあるだろう。寮の入口で挨拶をする。


「あ、待って!その……私の部屋に……来ないかい?」


「行かない。お前がそうやって部屋に呼ぶ時は大抵大した用事でも無いからな。つか誘惑すんな。その顔やめろ」


ちぇーっとわざとらしく拗ねる唯。そんな可愛い態度取ってもダメなもんはダメである。


「じゃあ俺帰るから。また明後日」


「ふふっ、また明後日。楽しかったわよ」


「そいつは良かった。じゃあな。あと唯どうにかしといてくれ」


「むぅ。君のせいなのだけどね。まぁいいや。今回は大目に見てあげようじゃないか。じゃあねー!」


唯、真尋と別れて家への帰路を辿る。

またこう出来たら良いな。ふとそう思って自然と笑みがこぼれた。

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