14話 互いの家族

長い1週間が終わりマンションへと戻って来る。入学して1週目と言うのに大変な……それでいて楽しい1週間だった。

ただいまと言うが迎える人はいない。

今更だが俺は一人暮らしをしている。それも学生寮ではなく、その近くの無駄にお高い立派なマンションだ。俺自身アルバイトなどはしていないし、そもそもバイトの給料で払える家賃じゃない。当然ながら家賃は親持ちだ。

それはそうとして普段はあまり鳴り響かないスマホから着信音が鳴る。

唯か?と思ったが、スマホに表示された名前は違かった。若干頬が引きつるが、それでも電話には出ないといけない。


「……もしもし?父さん。何の用だよ」


『電話に出るのが遅いな。大方俺から電話が来て出るか出ないかで迷ってたんだろ。父さん泣くぞ』


「あんた俺の心でも読んでんのかよ……。あと父さんが泣くのを想像したら吐きそうになったんだが」


電話の相手は皐月蓮こうげつれん。俺の父親だ。普段は仕事の都合だとか何とか言って海外をとびまわっている。故に、幼少期の頃からあまり父親と関わる機会が無く、息子である俺でもこの人のことはよく分からない。

だからと言ってこの人が嫌いだとか、愛情を受けてないだとかは無い。


「で、どうしたんだ?つか今どこだよ」


『今は大阪にいる。明日神奈川に帰るんだが……お前の所に寄るから準備はしとけよ?』


「いや、寄るのは良いけどさ。でも母さんが家にいるんだからそっち行けば良いんじゃないのか?というか何する気だよ」


『実は俺は明日から1ヶ月仕事が無いんだよ。たまには可愛い息子に会いたいと思ってな。お前、明日学園は休みなんだろ?』


こちらからしたら迷惑極まりないので、そのまま実家に帰って欲しいところだが、どうせ聞かないのは分かっているので渋々了承する。


「じゃあ明日は家にいるからインターホンとか押してくれ。そしたら開けるから」


面倒なことになったなぁ…そう思っていると今度こそ唯からの着信だ。


「父さんの次はお前かよ……」


『え?蓮さんから電話が来たのかい?私、君と結婚した方が良い?』


おいどうしてそうなるんだ。確かにあの人は唯のこと気に入ってるけども。


「まぁ父さんの事はいい。で、唯は何の用だ?」


『あぁ、今から君の家に行っても構わないかい?漫画を返すのを忘れていたんだよ。ついでに別のやつも借りようと思ってね』


そう言われると確かに本棚の一部が大きく空いていた。うん、借りてるなら言おうね?無言で借りるのはよくないと思うよ?


「唯、お前無断で借りたろ」


『……なんのことかな?まぁとりあえず今から行くから。じゃあね』


と言われて電話を切られてしまった。こちらとしては無断で本を借りられた上にまた来るというのだから迷惑極まりなかったりする。

とは言っても別に拒絶の意思だとかは無い。あるとすれば今度からは言ってからにしてくれ。それだけだ。


☆☆☆


「やぁ葵。て、まだ制服なのかい?帰って来てから結構時間たってると思うのだけれど……」


「ん、あぁ。着替えるの忘れてたな。まぁ気にしないでくれ」


自分の中で相当面倒だと思ってたんだろうな。考えてみれば夕食もまだ食べていないことに気付く。夕食の後に風呂に入る生活を続けているので、こういうことはよくあるんだが……まぁここまでは珍しい。


「唯、夕食って済ませたのか?」


「夕食かい?この後どこかで食べようと思っていたところだけど……」


「じゃあ食ってけよ。どうせ今から作ろうと思ってたところだしな。適当に座っててくれ」


一人暮らしをするには料理などの家事スキルは必須だと思っている。とは言ってもそんな本格的な料理ができるわけじゃないんだけどな。例えば麻婆豆腐が食べたくなったら素を買って作るし、インスタントラーメンも食べる。

それはそうとして今日の夕飯は野菜室に酢豚の素があったので、それと白米。一人で食べる予定だったのでこれだけで十分だ。


「葵は料理できるんだねぇ。私、君のために必死に料理練習してるんだけどなぁ」


「まぁ期待しとくよ。卒業までに美味い飯でも食わせてくれ」


唯だって料理は下手じゃない。まぁ美味しいか?と聞かれたら自信を持って美味いと言えるレベルじゃないんだけどな。


「(そういうことじゃないんだけどなぁ……)」


「なんか言ったか?」


「別に。じゃあ私は借りる漫画でも選んでおくよ。何か手伝うことがあったら言ってくれたまえ」


と言って唯は俺の部屋へと向かって行った。何か言っていた気がするが問い詰めたところで言わないのは分かっているので諦めて料理を作り始める。最近は玉ねぎさえあれば酢豚が、それもそこそこのクオリティの物が作れるから良い時代になったなと思う。


(そういや米もそろそろ切れそうだったな……)


母さんに頼んでおかないといけないなぁ。けどあの人も基本的に忙しいしな。

母親である朋恵は父さんの会社で働く人だ。父さん曰く自分よりもよっぽど有能だとか。社長譲れよ。

基本的に周囲に無関心、冷たい人だと思われるが息子である俺と兄、そして父さんを溺愛しており、俺達のために予定を変えるほど。

ちなみに父さんの家族とは不仲である。

さて、そんな事を思い出しながら気付くと玉ねぎが良い感じに野菜に火が通っている。後は適当に素を入れて炒めるだけだ。後は……味噌汁作るの面倒だなぁ。レトルトで良いか。


「唯、ちょっと来てくれ!」


そう呼ぶと唯がやって来た。漫画が良い所だったのか、少し不満げに頬を膨らませる唯。

……ちょっと可愛い。


「適当な量で良いからお湯を沸かせてくれ。出来れば2人分……いや3人分だな」


「了解。そろそろ出来る頃かい?」


ぴょこっと唯が隣からフライパンを覗き込む。ふわっといい匂いが鼻腔をくすぐり、思わず顔を背ける。


(ほんと無防備って言うか……。警戒心無さすぎだろこいつ)


「あ、あぁ。出来るから取り皿だとか色々出してくれ。そこの食器棚に色々あるから」


動揺しないようにはしているが動揺しまくりだ。顔が熱い。幸い唯は今皿を出しているため俺の顔は見えていない。


「葵?お皿、これでいいのかい?」


「ん?あぁそれでいいよ。じゃあ取り皿と箸並べて座っといてくれ。米は食うか?」


「いただこう。……どうしたんだい?なんか慌てているようだけど……」


なんでそういうとこだけ鋭いの?怖いよ?

とは言え唯が近くに来てすごくいい匂いがしてドキドキしたとか言ったらただの変態である。だからこそ平静を装う……が、装うつもりが逆に動揺してしまう。


「まぁ良いさ。じゃあ私は座っていることにするよ」


「お、おう。今行くから」


これも唯の優しさなのか。はたまたこれ以上問い詰めても……と思ったのか。どちらにせよこれ以上詮索されなくて良かったと胸を撫で下ろす。

なんか唯には一生かかっても勝てない気がする。いつも後手後手に回って最終的に唯が勝つ。唯一勝てたのはこの前のカップル限定の食べ放題ぐらいだ。まぁカップルじゃないんだけどさ。

そんな気持ちになりながらも酢豚をダイニングテーブルに運ぶ。客が来るならもっと良い物を作るのが良いのだろうが、生憎そこまでの料理スキルはないし冷蔵庫も寂しい。


「じゃあ……いただきます」


「いただきます。こうやって晩御飯を一緒に食べるのはいつ以来かな。何にせよ久しぶりだね」


「小学校以来じゃないか?まぁ確かに久しぶりだな」


酢豚を食べながら唯が言う。美味しそうに食べている唯を見て嬉しくはなるが、よく考えたら俺がやった事は玉ねぎを切って炒めただけだから複雑だ。けどまぁこういうやつを頼るか中華料理店に行かないと酢豚を食べることが出来ないので仕方ないと言えば仕方ない。


「そう言えば葵。蓮さんからなんて連絡来たんだい?」


「いや、明日ここに来るんだと。なんか明日から1ヶ月休みらしくてさ。母さんの所行けよって思った」


「へぇ……蓮さんが来るんだ。あれ?蓮さんと会うのはいつ以来?」


「半年ぶりかな。ここに住むかどうかも電話で話してたし。そもそも日本にいないからなあの人」


年中とは言わないが、1年の内半年以上は海外にいる。いやまぁなんの仕事してんだよとは思うが、面倒であることは分かりきっているので父さんの後継ぎは兄に任せるつもりだ。兄さんの方が優秀だし。


「子供ん時から仕事ばっかしてたからな。寂しくない……と言えば嘘になるけど、そのおかげで生活出来るし、学園にも通えてるし、ここに住まわせてもらってるからな。あの面倒な性格さえ無ければ自慢の父親だよ」


「ふふっ、葵は蓮さんのこと大好きだね。私の両親はただの親バカだからねぇ。その分たくさんの愛情は貰ってるけど」


そう言われて唯の両親を少し思い出す。確かにあの人達は唯に対して過保護な所はある。唯が一人っ子であるのもそうだ。


「そりゃ娘が可愛かったら過保護にもなんだろ。ただでさえ男が寄り付くのに」


「えーっと……それは褒められてるのかな?」


「可愛いって言葉は褒め言葉だ」


そのセリフの後に唯の顔が赤くなる。それでようやく気付く。あれ?俺結構大変な事言ってるな、と。

その後、一緒にご飯を食べ唯は寮へと戻っていった。その間、お互いにあまり話すことは出来なかった。

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