9話 強制運動イベント②

シャトルランを除き、残る競技はあと一つ、立ち幅跳びのみとなった。

現在立ち幅跳びで使う砂場は他クラスが使用中のためしばらく待つことになる。髪を結び直す真尋とグロッキー状態でふらふらな唯も居た。結び直したのか、真尋がこちらを向き直る。


「葵、お疲れ様。どうかしら」


「まぁそれなり……かな。去年よりかはいいと思うけど」


自分でも怖いくらいには順調に進んでいる気がする。まだ計算はしていないが十分に運動能力賞を狙えるレベルだ。

さて、俺のことはどうでもいい。それよりも……


「唯さーん。大丈夫かー?」


青ざめて今にも吐きそうな唯が居た。まぁ去年よりかはマシではあるが、それでも相当キツそうだ。元々体力があるわけじゃないし、運動能力もそこまで高くない。


「うぅ……大丈夫……だよ」


「いや大丈夫じゃねえだろ……」


大丈夫な奴は今にも死にそうなまでの掠れた声を出さないのだ。というかそもそも……


「ずっと気になってたんだが、なんでお前ジャージ着てんだよ」


まだまだ寒い日があるとは言え今日は比較的暖かい日だ。ジャージはむしろ暑いのではないのだろうか。


「じ、実は……体操服を忘れてしまってね。この下インナーしかないのだよ……」


あぁそういうことかよ。しかもそれ聞いた途端に意識しちゃっただろ。インナーを着ているとは言えジャージを脱いだら…。

邪念が出てきた。フェンスに額をぶつける。


「葵!?ど、どうしたの?」


「おう、気にすんな。ちょっと額が痒かっただけだ」


「えぇ……」


その可哀想な奴を見る目やめろ。むしろお前のあられもない姿が浮かぶ前に頭から消し去ったんだ。世界中から賞賛されるべきであると思う。


「……言ってくれれば体操服ぐらい貸してたのに。スペアあるから」


自分で言った後に気づいた。……この言葉は言うべきではなかったと。引かれるかな……と思いながら唯を見るとあっけからんとした様子で……


「ふふっ……やはり葵は優しいね。ついつい惚れてしまいそうになるよ」


ざわっと空気が一変する。いつもの羨望の眼差しと刺すような殺意の目線が入り交じる。

だから俺は悪くないんだって!この子が無意識に爆弾発言するのが悪いんだって!

早くこの場から逃げたい。その一心で前のクラスの立ち幅跳びが終わるのを、多くの視線を集めた俺が全力で願っていた。


☆☆☆


「おつかれー葵。とりあえず今日はもう下校だってさ……まだ引きずってるの?」


「流石にあれはなぁ……」


まぁあれだ。後ろにコケたのだ。それも2回。

通常立ち幅跳びは2回行う。その2回を盛大に転んでどちらも記録は50cmほど。当然得点は1。


「いやまぁやらかしたのは俺だし仕方ない。けど凹むんだよな。案外メンタル弱いかも」


「けど皐月君。あれは中々すごいよ。わざとやってるの?ってくらい」


「うっせぇ……」


クラスメイトの青木君が気さくに話しかけてくる。うん、お前さっきまで俺のこと呪い殺そうとしてた奴だよね?顔覚えてんぞこら。


「けどあれは……ふふっ……ご、ごめ……ふふっ」


「慰めるのか笑うのかどっちかにしてくれ」


玲まで笑い始めてしまった。まぁ正直なところしっかり跳べていてもそこまでの記録にならなかったことは分かっている。まさか一点になるとは思ってなかったが。


「やぁ葵。君は私以下だね」


「お前までそれ言う!?」


「私もよ。残念だったわね葵」


「真尋まで!」


あぁもう全世界が敵な気がしてきた。明日から不登校になるけど理由は「スポーツテストの成績をクラスメイトが煽ってくるから」でも成立するだろ。


「明日から通常授業だからな。まぁ1回目だから大したことしないと思うが……。じゃあ解散な。おつかれー」


嶋田先生はそう言い残して職員室に戻っていった。教室内ではスポーツテストの記録を確認する者や、そそくさと荷物をまとめて教室を出る者もいた。


「俺も帰ろ。何もやることないし」


「じゃあ私も帰ろう。下校デートでもしようじゃないか」


「だからそういう事は……」


こんなん意識しない方が難しい。ただの下校という言葉にデートを入れるだけで心臓が跳ね上がるのだ。本当…言葉選びをもっと慎重に行って欲しい。


「君らも来るかい?せっかくだから皆でご飯でも食べようか」


「デートじゃなかったのかよ……」


「もちろん、葵が望むなら2人だけで楽しむけれどね。どうしたい?」


「……皆で飯食おうか」


さすがにそんな勇気は無かった。ヘタレと言えばそれで終わるけど。というか普段は特に何も感じないのに何故か意識してしまった。いやマジでああいう思わせぶりな発言は控えて欲しいんだが。


「私は大丈夫よ。瑠璃と佐伯君は?」


「瑠璃、僕は全然行けるけど……」


「い、行きます…」


「じゃあ行こうか。葵、適当にお店決めて」


いや俺が決めるのかよ。まぁ文句を言っても仕方ないので適当にファミレスでも探す。

近くのは……あぁ駅前か。あそこなら確かに色々あるな。飲食店。

その中で適当に模索する。まぁパスタとかで良いか。嫌いな奴なんてほぼ居ないだろ。


「ほら、行くぞ。昼時だし人が集まる前に」


☆☆☆


「いらっしゃいませー!」


比較的空いている時間だったので待つことなく入店することが出来た。ファミレスって案外混むからなぁ。あまり好きじゃないんだよな。

いや味がどうとかじゃなくて人が多いから。


「お前ら何食うの?」


「葵は何を食べるんだい?」


「ペペロンチーノ」


「じゃあ私はカルボナーラにしよう」


うん、なんのために聞いたの?そこは「じゃあ私も同じやつを頼もう」て流れじゃないの?


「私は……そうね。和風パスタで良いわ」


「あ、僕もそれ気になってたからそれにしよ」


「じゃあ私は……ボロネーゼで」


店員を呼んで注文を入れる。ふと思い出したが、前にめちゃくちゃ態度悪い客居たなぁ。お客様は神様だろ!って……ここ人間しか相手にしてないぞって言いたくなる。


「やーお疲れー。1日動くのってなかなか疲れるね。授業を受ける方が全然楽そうだよ」


「まぁ……それは人によるだろ。俺はこっちの方が楽だけど」


何度も言うが授業を受けずに1日動くだけだ。これだけで1日の学校生活が終わるとかめちゃくちゃ楽だろ。

ふぁ…と1つあくび。腹減ったなぁ。まぁ動いたから当たり前だけど。早く来ないかな。

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