第38話 鏡花の秘密(後編)
僕は鏡花の後をついて階段を下りていた。
第四階段だ。
僕はさっきから混乱していた。
……僕が幽霊だって?馬鹿馬鹿しい。そんな訳がない。僕は家にも毎日帰っているし、学校にもちゃんと通っている。家は教えないし、学校も頻繁に休んでいる、来ても来なくても誰も気にしない、鏡花の方がずっと怪しいじゃないか……
……もしや鏡花は自分が亡霊であることを知られたくなくて、逆に僕を惑わせようとしているんじゃないか?……
……だとしたら、彼女はこれから僕を……
第四階段を一番下の地下一階まで降りた。
「ここ」
そう言って鏡花が指さしたのは、階段下になる「ボイラー室」を書かれた場所だった。
ボイラー室は第四階段の階段下が入口となっており、さらに下に降りられるようになっている。
鏡花はポケットから鍵の束を取り出し、ボイラー室のドアをガチャガチャと開け始めた。
僕は”この場所に来ると襲われる頭痛”を感じていた。
この場所は嫌いだ。
一刻も早く立ち去りたい。
だが鏡花は「最後の七不思議を説明する」と言って、この場所に来た。
避けることはできないのだ。
ボイラー室のドアが開いた。
鏡花は入口のスイッチを入れると、さらに階下へ降りて行った。
僕も後に続く。
すぐに地下二階に当たるボイラー室に着いた。
周囲には電気関係や空調関係、またパイプなどがいくつも配置されている。
階段を下りてすぐ右手に「第一倉庫」と書かれている部屋があった。
そのドアも先ほどの鍵束の鍵で開くと、鏡花は中に入って行った。
中は雑然としていた。
様々な道具や資材などが置かれている。
僕はこの部屋に入ることを躊躇した。
ますます頭痛は激しくなってくる。
「どうしたの?」
鏡花は倉庫内の電気を点けながら、そう言った。
僕はそれでもまだ、倉庫の中に入る気にはなれなかった。
動かずにいる僕に、彼女は言った。
「中に入って。そうしないと、七不思議の説明ができない」
そう言われて、僕はやっと重い足を踏み出した。
倉庫の中に入る。
鏡花は僕が中に入るのを見届けると、さらに奥にある壁際のスチール棚に向かった。
そのスチール棚に手をかけると、横の方に押し出す。
スチール棚にはほとんど置かれている物は無かったが、それでも女の子にはかなり重いらしい。
鏡花は苦労しながら、そのスチール棚を左手に2メートルほど移動させた。
スチール棚の後ろには、縦横2メートルほどのベニヤ板が置かれてあった。
鏡花はそれも横に移動する。
するとその背後には、もう一つの鉄製の扉があった。
その扉を見た瞬間、僕の背中を突き抜けるような恐怖が走った。
絶対的な、決して逃れられない恐怖だ。
理由は・・・わからない。
だけどその鉄の扉は、僕に対して絶対的な恐怖を感じさせる力があった。
頭の芯がクラクラする。
心臓の鼓動が早まる。
口から心臓が飛び出しそうだ。
僕はその場に倒れないようにすることで、精一杯だった。
鏡花が、やはり鍵束の中の鍵で、その鉄製の扉を開いた。
ギ、ギ、ギ、ギ
頭に響く、嫌な音と共に、扉は開いた。
「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっつ!」
僕は耐えきれず、頭を押さえてその場にうずくまった。
扉の向こうに見えた、暗い粗末なコンクリート造りの部屋を見た瞬間、僕は凄まじいまでの恐怖の奔流に襲われていた。
涙が、鼻水が、訳がわからないくらい流れ出す。
「思い出した?」
鏡花がそんな僕に言った。
「そう、ここがあなたが亡くなった場所。誰にも知られず、一人で、息絶えた場所……」
その通りだ。
僕はこの場所を知っていた。
この暗い、粗末な穴倉のような部屋を。
自分の手も見えない、真の暗闇の中で、僕は必至に外に救いを求めたことを。
「聡美は、ここにいた。去年の夏8月9日に、七不思議の最後の謎を追って、この倉庫奥の防空壕に入った。誰にもここに来た事を言わずに。そしてここで死んだ。だけどその死体は誰にも発見されなかった」
鏡花の言葉が、僕の耳に届く。
僕は聞きたくない!聞きたくないのに!
だが鏡花は話し続けた。
「恭一君、あなたは聡美の七不思議ノートを見て、去年の秋から一人で七不思議を調べて行った。聡美が調べた順番の通り。それは私達が今回、七不思議を解いた順番と全く同じ。そうしてあなたは、中学2年の学期末にこの防空壕に入り込んだ。聡美と同じように。そしてやはり同じように閉じ込められて、ここで息絶えたの。あなたが発見されたのは4月8日。死後僅か3日後のことだった」
僕の頭の中に、フラッシュバックのように断片的な映像が浮かんできた。
聡美の研究ノートを見つけたこと。
僕が一人で七不思議の謎を追い始めたこと。
そしてボイラー室の合鍵を作り、一人でこの場所に入り込んだこと。
そして……。
「聡美は七不思議を調べている内に、不用意にここに潜む主霊を怒らせてしまったのね。そしてここで息絶えて、自分自身が七不思議の一霊となってしまった。そして聡美が息絶える最後の瞬間に想ったのが、恭一君、あなたなの。その想いが、あなたをここに招き寄せてしまった」
そうだった。
僕は、『焼け焦げた卒業写真』から『4時42分に映る屋上の人影』へ、そして『存在しない地下室』に因縁が引き継がれていると推理した。
そして僕も、そしておそらくは聡美も、ここに来てしまったのだ。
僕はこの記憶を、自分で封印していたのだ。
「私がこの学校へ来た理由は2つ。一つは恭一君のお婆さんに頼まれたから。あなたのお婆さんは強い霊感を持っている。そしてあなたがこの学校の七不思議の一霊になろうとしている事を察した。そして有名な霊媒師である私の祖母に依頼をした。あなたの魂が『神田堤の七人ミサキ』の一霊に取り込まれるのを防いでくれ、と」
鏡花はスマホを取り出すと、聡美のストラップを外し、それを掲げて見せた。
「もう一つの理由は、聡美の霊に頼まれたから。聡美は七人ミサキの一霊となって、あなたを引き込んでしまったことを後悔している。自分と引き換えに、あなたが七人ミサキの一霊となってしまう事を悲しんでいる。私にそれを止めて欲しいと言っているの」
そう言うと鏡花は、一歩後ろに下がった。
そこは防空壕の中だ。
僕は泣き顔のまま、彼女の行動に目を見張った。
「私は今、防空壕の中に入った。あなたが七不思議の、七人ミサキの怨霊となり、私をここに閉じ込めて取り殺すか。それとも全ての執着を捨てて、成仏するか?あなた次第よ」
さらに一歩、鏡花は奥に進む。
僕の方を向いたままだ。
最後に、鏡花は優しく、僕にこう言った。
「期限を決めたのは、明日があなたの四十九日なの。あなたが地縛霊とならずに、成仏できるのは、今日まで」
僕は鏡花を見た。
そう、彼女は「霊の想いがわかる」少女なのだ。
そして「この学校の七不思議の一つとなろうとしている僕」の想いを遂げさせるため、この38日間、七不思議の謎を解く事に協力してくれたのだ。
暗い、据えたような防空壕の中でも、鏡花は美しかった。
僕は彼女とずっと一緒にいたいと思っていた。
いつまでも一緒に、2人で話し合い、一緒に謎を考える。
そんな時間を過ごしたいと。
だが、それすら「七人ミサキとしての呪い」の想いだったなんて。
僕に鏡花と一緒にいる資格はない。
そして聡美は、僕が七人ミサキとなる事を悲しんでいると言う。
ああ、祖母が毎日言っていた「行き先を決めないと」と言っていた意味が、今わかった。
僕は、僕のいるべき所に行こう。
そこには、きっと聡美が待っている。
そう思うと、僕は自分の身体がフッと軽くなるのを感じた。
まるで自分を地面に押さえつけていた重力が無くなったかのようだ。
そのまま、僕は自分の身体が、そして意識が、空気中に溶けていくのを感じた。
煙のように。
鏡花が悲しそうに、僕を見上げている。
僕は「ありがとう」と、彼女に言った。
最後の言葉だ。
その言葉は鏡花に届いただろうか?
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