第36話 鏡花の秘密(前編)

 影見鏡花。

 今年の春から、和泉中学3年D組に転校。

 住所、生年月日、血液型は不明。

 僕が知っているのは、スマホの電話番号とメールアドレスだけ。


 彼女との最初の約束


 一つ、38日以内に解決すること。それを超えた場合はもう協力できない。

 二つ、私が認める人以外に、他の人間を巻き込まないこと。七不思議の事は誰にも話さない。

 三つ、私の家には絶対に来ないこと。


 彼女に対する疑問


 一つ、クラスメートの誰とも話しているのを見たことがない。

 二つ、心霊現象にやけに詳しい。

 三つ、「霊と話す」「霊の想いがわかる」ことが出来る。


 そして……

 彼女は、いなくなった聡美にソックリであること。

 なのに、それを誰も指摘しない。なぜ?

 それに鏡花が持っていたストラップ、あれは間違いなく僕が聡美にプレゼントしたものだ。


 今までの数々の疑問、その積み重ね。

 僕はある一つの結論にたどり着いていた。


……そして、もう一つの結論にも……



「鏡花、ちょっと話したい事があるんだけど?」


 6時間目が終わった時、僕は鏡花にそう言った。

 鏡花は一瞬、目を伏せた。小さくため息をつく。


「……生徒展示室に行ってる。誰もいなくなってから来て」


 彼女はそう言うと、カバンを持って教室を出て行った。



 僕も帰る準備を終え、教室の中で一人過ごしていた。

 持ってきていた文庫本を開く。

 だが頭の中はまったく別の事を考えていた。

 今までのこと、鏡花と一緒にいた時間が、一つ一つが写真のように思い出された。

 そして、これから先に起きるかもしれないこと。


 教室の中は、部活に行く奴、教室でおしゃべりしていた女子、そういうクラスメート達が徐々に減っていく。

 やがて3年D組の中には、僕一人だけになる。

 他のクラスからも人の気配が消えていた。後は、校庭からの部活動の声が聞えるだけだ。


 僕は席を立った。

 自分でも緊張しているのがわかる。それとも躊躇だろうか?

 だが僕はこの3日間、ずっと悩んできたことなのだ。

 タイムリミットは迫っている。もう決着をつけなければならない。

 教室を出て、誰もいなくなった廊下を生徒展示室に向かった。


 放課後、人気のない教室、黄昏時に向かう日差し。

 その危ういような境界の世界に、溶け込みそうに椅子に座っている少女。

 僕は、彼女と過ごす時間も終わりに近づいていることを悟っていた。


「鏡花……」


 僕がそう声をかけると、鏡花はゆっくりと振り返った。

 彼女らしくなく、優しい微笑を浮かべている。


「知ってる?」


 彼女は囁くように言った。


「今日が約束の38日目だってこと」


 僕はうなずいた。

 そう、彼女が最初に言った「38日以内に解決すること。それを超えた場合はもう協力できない」の期限。

 それが今日なのだ。


「百葉箱の時に言ってたよね?七不思議。『まだ一つある』って。それは何?」


 鏡花は少しイタズラっぽく笑った。


「話したいことって、それ?」


「それだけじゃないけど……」


「じゃあ、その話はあとでゆっくり話さない?」


「わかった」


 僕はそう答えた後、目を閉じた。

 言わなきゃいけない時が来たようだ。

 目を開けると、彼女の顔をまっすぐに見つめた。

 鏡花も僕をまっすくに見ている。

 そのパッチリとしながらも涼やかな目、すっきりとバランス良く通った鼻、小さくでも透き通るような赤い唇。

 僕はこの美少女を、ずっと忘れないだろう。

 たとえ今日で僕の目の前から消えてしまうとしても。


「鏡花、君は人間じゃない。そうじゃない?」


 鏡花は優しい目で僕を見つめていた。


「どうして、そう思ったの?」


 僕は彼女の眼差しに取り込まれるのを避けるように、下腹に力を入れた。


「まず君はどうして、そんなに心霊現象に詳しいんだ?普通は霊を呼び出したり、他の人間に霊を見せたりなんて出来ない」


「そして君は『霊と話す』『霊の想いを伝える』と言った。どうやれば霊の恨みや執念を沈められるか知っている。君自身が幽霊であるかのように」


「君は『霊は自分が見たいもの、聞きたいものしか、見えないし、聞えない』と言っていた。霊についてそんな事を言える人間はいない。自分が幽霊でない限り」


 僕はここまでを一気にしゃべった。

 自分の躊躇ためらいを振り切るために。


「それで全部?」


 鏡花は椅子に腰掛け直した。

 両手は閉じた太ももの上に置かれる。


「まだある。クラスのみんなの態度だ。僕は君が他のクラスメートと話しているのを一度も見たことがない。まるでクラスの連中には君が見えていないみたいだ」


「そうかもしれない。けれど、七不思議に関する人達と私は話している。それはあなたも見ているでしょ?」


「僕もそう思っていた。でもよく考えてみると、あの会話も不自然だった。鏡花が話していることは、僕もだいたい同じような事を喋っている。それに君は自分の望む相手には、自分の姿を見させ、自分と話すことが可能にしているんじゃないか?いま、僕とこうやって話しているように」


 鏡花は下を向いた。

 それは寂しそうに見えた。


「それじゃあ、恭一君は、私の正体は何だと思っているの?」


 僕は言葉に詰まった。

 そう、それは今まで、ずっと胸の中につかえていた事だ。

 僕は、そのつかえを吐き出すように言った。


「聡美の魂、だと思う」


 僕は彼女の様子を伺った。

 だが彼女は人形にように微動たりともしない。


「初めて会った時、僕は鏡花のことを聡美だと思った。君は聡美にそっくりだ。でも彼女とは雰囲気が違う。それで僕も一度は違うと思っていた」


「でも鏡花がスマホに付けているストラップ。それは僕が聡美に渡したものだ。それを鏡花が持っているという事は……」


「私は聡美さん、と言う訳ね」


 ため息をつくような言い方だった。


「それで、私が聡美さんだとしたら?」


 僕は深呼吸をする。

 最後の時が来たようだ。


「聡美は、七不思議に取り込まれた。そして影見鏡花として、僕の目の前に現れた。鏡花、君が最後の七不思議だ」


 鏡花は何も言わなかった。

 ただ僕をじっと見ていた。


「鏡花、僕は君が好きだ。君が誰であろうと、君が何であろうと。君と過ごした時間は、本当に楽しかった。ずっと一緒にいたいと思っている。でも鏡花が、いや聡美が七不思議に取り込まれて苦しんでいるなら、僕に助けを求めて現れたのなら、僕は君を救いたい。どんなことをしても」

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