第33話 百葉箱の中のお札(前編)

 僕は自分の部屋のベッドに寝転んでいた。

 考えていたのだ、「影見鏡花とは、何者なのか」と。


 鏡花は不思議なほど、霊に関して詳しい。

 今までに「霊と話す」とか「霊の想いがわかる」とか、普通では考えられない事を言っている。

 そして実際に「霊と意思を通じている」かのようだ。

 さらに前回は「怨念や祟りを、特定の人間に降りかかるように誘導」までしてみせた。

 そして実際に、亡霊を目に見える形で呼び出すことも。


 だが鏡花が行っている方法は、テレビで見るような除霊や降霊術などではない。

 特別な儀式や道具などは使っていない。

 呪文なども唱えていない。

 何か「鏡花独自の論理に従って、心霊現象を理解している」ように思えるのだ。


 それと後2つ気になる点。

 一つは「クラスの誰もが、鏡花がまるで存在していないかのように振る舞っていること」


 もう一つは「鏡花がなぜ、聡美のストラップを持っているのか」と言う点だ。

 あのストラップは、中1の課外授業で鎌倉に行った時、長谷寺で僕が聡美にプレゼントしたものだ。

 長谷寺で聡美はすごく気に入ったストラップを見つけた。

 だがその時、たまたま聡美には持ち合わせが無かった。

 そこで代わりの僕が買って、聡美に渡したものだ。

 勿論、長谷寺は有名な観光地なので、たまたま偶然同じストラップを鏡花が買った可能性だって十分にある。

 だがその汚れ具合やストラップの人形の表情、それが聡美のものとまったく同一だったのだ。


 僕には、鏡花が持っているストラップは、間違いなく聡美のものだという確信がある。

 だが問題は、それをなぜ鏡花が持っているのか?、ということだ。

 僕の中で、疑問と疑惑がグルグルと駆け回っていた。



 週が開けて月曜日。

 その日は1時間目から6時間目まで、鏡花は教室にいた。

 中学生なんだから当たり前の事だが、僕には何故か不思議な感じがした。

 6時間目が終わった。

 僕は鏡花に話しかけようと思っていたが、帰り支度をしている間に、鏡花の姿は席から消えていた。

 慌てて廊下に飛び出す。

 鏡花はいつの間に、教室から出ていったのか?

 僕は急いで下駄箱のある玄関まで追いかけてみた。

 だが鏡花の姿はどこにも無かった。

 諦めて自分の教室まで戻る。

 話したいことがあったのだが、今日は諦めるしかないか?


 僕は自分のバッグを持つと教室を出た。

 あまり期待はしていなかったが、念のため生徒展示室を覗いてみる。

 やはり誰もいなかった。

 諦めて帰ろうとすると


「今日は七不思議の話はしないの?」


 と後ろから声がかかった。

 驚いて振り替えると、そこに鏡花が立っていた。


 いつの間に……


 今までも彼女は、不意に現れたり、不意に姿が消えたりする事があったが、この時はさすがに驚いた。


「いや、しようと思ってたけど。え、でも、どこから来たの?」


 そう聞く僕に鏡花は何事も無いかのように答えた。


「裏門から。学校裏の駐車場を見に行ってみたの」

 いや、僕が聞いたのは、そういう意味ではないんだけど……



 僕と鏡花は生徒展示室に入ると、いつものように前後の席に向かい合って座った。

 七不思議のリストを取り出す。

 話は僕の方から切り出した。


「あのさ、『七人ミサキ』って知ってる?」


 鏡花はうなずいた。


「七人で一組となっている死霊よね。出会うと取り殺されて、七人ミサキの一人になる。そして他の誰か一人が成仏するって言う話でしょ。四国地方とか中国地方に伝わっている……」


「そう。その七人ミサキの話だけど、この学校の七不思議に似てないかな?一つの話が解決すると、それが元となる新しい話が一つ生まれる。因縁が引き継がれていく所とか」


「話の構造と言うか、呪いの発生の仕方なんかが、同じような感じね」


 そこで僕はリストを指で追いながら、確認するように言った。


「僕達はこれまで『保健室のベッドに現れる老人』『音楽室のピアノの音』『笑う絵』『首を取る鎧兜』『題名の無い本』『泣き声のする写真』『後をついてくる少女』『女子トイレの一番奥』『演じてはいけない台本』『学校裏の井戸』『第四階段』『体育館の染み』と12個の謎を解いて来た。これで七不思議は全部終わったんじゃないかな?」


「どうして?まだ七不思議の話は、いくつも残っているじゃない」


「でも『七不思議』って言う以上、本当に怪奇現象が起きるのは7つだけのはずだろ。残りは作り話じゃないかな?もちろん昔の話が残っているだけで、現在は解消された七不思議の話もあるだろうけど」


 鏡花は微かな笑みを浮かべた。


「わかったわ。それじゃあもう一度整理して、作り話と思われる話をピックアップしてみる?」


「それについては、大体の予想がついているんだ」


 そう言って僕は、七不思議の発生した年代リストを広げた。


「この前、堀口さんが『第四階段で下半身の無い女が追いかけて来る』っていうのはヒントになると思う。この話は連続して記録が出てくる所がない。飛び飛びに3回だけだ。こういう風に連続して伝わっていないで、思い出したように出てくる話が、作られた七不思議だと思うんだ」


 僕はそこでリストを一つずつ指さしていった。


「だから『美術室の血を流す石膏像』『テニスコートの防空壕』『屋上の口裂け女』『放送室に閉じ込められた少女』『存在しない地下室』『図書室から見下ろす少女』『8月13日の合宿』なんかはデマじゃないかな?」


「残っているのは『4時42分に映る屋上の人影』『焼け焦げた卒業写真』『百葉箱の中のお札』『七不思議の七つ目は知ってはいけない』の4つと言うことね?」

「そうなんだ。だけど『百葉箱の中のお札』は途中で途切れている期間があるし、話が抽象的すぎると思う。百葉箱自体がどこにあるかわからないくらいだしね。『七不思議の七つ目を知ってはいけない』もありきたりな話で、いかにも後から付け足したっぽいし」


 だが鏡花はリストを見つめながら、考え込むような様子をした。

 そしてしばらくしてから、ポツリと言った。


「百葉箱は、あるよ」


 僕はちょっと驚いた。


「え?どこに?」


 聞いたような気はしていたが、少なくとも僕は見た覚えがない。


「学校裏。裏門から出て駐車場の一番奥に。校舎の影になっているし、いつも車が止まっているから、わからないだろうけど場所は学校の敷地の北西になる」


 そう言われて僕はハッとした。

 僕を含め多くの生徒は、学校南側にある正門から登下校する。

 裏門は時間によっては閉じられている事もあり、あまり生徒は使っていない。

 だが確かに駐車場の奥には、白い百葉箱があったはずだ。

 普段は先生方や業者の車で隠れて見えないが、言われてみると奥に白い木製の小さな小屋状の箱があったように思う。


「この前の『第四階段』の時に見つけたの。私、さっきそれを確認して来た。鍵がかかっていて、箱自体は開かなかったけど」


 それを聞いて僕も確認したくなった。


「もう一度、百葉箱の所に行ってみない?僕も見てみたい」



 僕と鏡花は第四階段を通って、学校裏門に出た。

 裏門を出て右側に、校舎沿いに駐車場がある。

 そこには3台ほど先生の車と1台の業者と思われるワンボックス車があった。

 車の間を抜けて、校舎の北側を覗き込もうとした時だ。

 ちょうど出てきた理科の山田先生と鉢合わせになってしまった。

 僕らもビックリしたが、それ以上に山田先生もビックリしていた。


「な、何だ。こんな所で、何のようだ?」


 山田先生の声は多少裏返っていた。

 僕は


「いや、そう言えば百葉箱って、どこにあったのかな?って思ったんで」


 と曖昧に答える。

 鏡花は、先生の問いかけも、僕の言った事も無視して、百葉箱の方を覗いていた。


「そうか、百葉箱を見に来たのか……」


 山田先生はため息混じりに言った。


「この百葉箱も、色々と噂があるようだからな」


 僕と鏡花が同時に聞いた。


「どんな噂なんですか?」


「どういう曰くがあるんですか?」


 山田先生はチラチラと百葉箱の方を見る。


「詳しくは私も知らないんだ。だが私がこの学校に通っていた頃から、「百葉箱を移設しようとした用務員が変死した」とか「百葉箱を蹴った生徒が交通事故で足を失った」なんて言われていたよ」


 山田先生は少し考えているようだった。


「この前の理科室の井戸の件もあるからな。話しておくか」


 と独り言を言うと


「この百葉箱の掃除や管理はキチンとやるようにと、この学校の理科教師には言い伝えられているんだよ。昔、百葉箱の管理をサボッていた理科教師がいたんだが、その人はある朝突然に変死したらしい。結局は心臓発作という事に落ちついたが、その1ヶ月前の健康診断でも異常は何も無かった。そんな訳でね、私も手入れは欠かさないようにしているよ」


 と声を潜めて言った。

 鏡花が聞いた。


「管理は理科の先生だけで?」


 だがその答えを聞く前に、答えの方が先に歩いて来た。

 堂明院先生だ。

 手には、水の入ったコップと米を入れた小さな器の2つを乗せたお盆を持っている。

 僕達の顔を見ると、堂明院先生は苦笑した。


「やっぱりここにも来たか。いつかは来るだろうと思っていたが」


 山田先生が答えた。


「堂明院先生にも管理を一緒にやってもらっているんだよ。私が不在の時とかね。一番若い先生だから、お願いしちゃってる」


 堂明院先生は、百葉箱にかかっていた鍵を外し、扉を開けた。

 中を覗き込んでみる。

 普通に温度計と、やはり水の入ったコップと米の入った小皿があった。

 だか奥側の壁に、普通の百葉箱には無いものがあった。

 お札だ!

 木製でかなり黒ずんでいる。

 色々と読めない漢字が書かれていたが、

 ハッキリとわかる部分があった。


「 鬼 鬼鬼

 鬼

  鬼 鬼鬼」


 という部分だ。

 「鬼」という字が七つある。


--これは?--


「あんまり見るなよ」


 そう言うと堂明院先生は、お米の器と水の入ったコップを入れ換えて、扉を閉めた。

 元通り、鍵をかける。

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