第31話 学校裏の閉じた井戸(後編2)
集まった男達が、それぞれ受け取ったお茶を飲み干すのを見届けると、鏡花が静かに語り始めた。
「今回、岡野さん、中村さん、石田さん、加原さんをお呼びしたのは、私です。皆さんにはお聞きしたい事がありましたので」
老人=岡野が最初に文句を言った。
「何が”お呼び”だ!こんな怪文書をバラ撒かれたらかなわん!そんなイタズラをした相手を確認しに来ただけだ!」
そう言って、目の前に手紙をつき出した。
「私もだ!こんなデタラメは恐くも何ともないが、怪文書を出した相手には、それなりに社会的制裁が必要だからな!それも他の人間の名を使うなど、もっての他だ」
そうスーツ姿の男・中村が言った。
「そうだ!俺たちは中村からの連絡だと言うから来たんだ!」
「大人をからかうと、痛い目みるぜ。お嬢ちゃん」
フリーターっぽい2人・石田と加原も後に続く。
だが鏡花は平然としていた。
「私はそれぞれ皆さんに、かってこの学校で行われた事件について、手紙を送りました。そしてその怨念は今でも残っていると……。皆さんも身に覚えがあるのではないですか?」
4人はそれぞれ周囲を見回した。
「何の事だか分からないね。具体的に言ってもらいたい」
そう言ったのは中村だった。
「そうですか、それでは順を追ってお話します」
鏡花はテーブルの上にあった2つの香炉を開けると、それぞれ別々の包みにあった乾燥させた茶葉のようなものを入れた。
「まずは『第四階段』から。昭和35年にこの和泉中学の校舎が建て直された時、一人の作業員が行方不明になった。名前は伊地知正之さん。彼は同じ作業現場にいた仲間に殺された。そしてその死体は、翌日にコンクリートが流される基礎の下に埋められている。今でも……」
鏡花はさらに香炉に茶葉のようなものを追加した。
煙が濃く立ち上る。
「伊地知さんは真面目な性格だった。家族に持って帰るお金を残すため、倹約を重ねてお金を貯めていた。それに対し、岡野さん、あなたは賭け事が好きで、稼いだお金だけでは足らず、借金まで重ねていた。そしてある日、あなたは伊地知さんのお金に目を付け、それを奪うために伊地知さんを殺した!」
「な、何をデタラメを!」
岡野は激昂した。
だが鏡花はそれには取り合わず、もう一つの香炉を開けると、そこに別の包みの茶葉を入れた。
「次に『学校裏の閉じた井戸』について。1987年、当時中学3年生だった佐山さんは、クラスのある人間達から暴力を伴うイジメを受けていた。球技大会を目前にしたある日、佐山さんはその連中に「参加種目の練習をしよう」と持ちかけられた。断ることが出来なかった佐山さんは、その連中と一緒に行ったが、練習とは名ばかりで実際には単なる暴力的なイジメに過ぎなかった。」
先ほどと同様に鏡花のしなやかな指が、香炉にさらに茶葉を足していく。
こちらも濃い煙が立ち上る。
「逃げ出した佐山さんを、その連中は追いかけた。学校裏まで逃げた佐山さんは恐怖のあまり、閉じられていた井戸の蓋を開け、その中に隠れようとした。そしてそのまま逆さまに落ちてしまった」
「なに言ってやがるんだ!」
「適当なこと言ってんじゃねえ!」
石田と加原が怒鳴った。
中村は危険な目つきで鏡花を睨んでいる。
「その連中は佐山さんが井戸に落ちた事に気がついた。だが自分達のイジメが行き過ぎ、そんな事故を招いたことがバレるのを恐れた。そして連中は『井戸の中じゃ今から誰かを呼んでも助からない』と勝手に決めつけ、そのまま知らぬふりをして家に帰った!その連中こそ、中村さん、石田さん、加原さん、あなた達です!」
「フザけんな!」
「証拠はあるのか?証拠は?」
そう言って石田と加原の2人が、鏡花の方に詰め寄ろうとした。
僕は鏡花を守ろうと、前に出ようとした。
だがその前に、中村が2人を制止していた。
「待て、落ち着け。こんな子供の口車に乗ってどうする」
そう言うと、次に鏡花の方を見た。
「くだらない、実にくだらないよ。君がこの学校の七不思議に興味を持って、そういう因縁話をデッチ上げるのは勝手だ。だがそれを真に受けて、大人に対してこんな怪文書を送るのは、黙って許される事ではない。君の連絡先を言いなさい。君の保護者に責任を取って貰おう。当然、この学校にも苦情を入れるよ。二度とこんな馬鹿な事を起こさないようにね」
「私の言った事はデッチ上げですか?」
「そうだよ。第一、君はまるで見て来たように話をしていたが、君がそれを見られる訳がない。君が生まれる前の話だしね」
「私は直接、聞いたんです。伊地知さんと、佐山さんに」
岡野と石田と加原は、ギョッとした顔をした。
だが中村だけは、あくまで表情を崩さない。
「死んだ人間から聞いたって?そんな馬鹿な脅しは、大人相手には通用しないよ。そんな事ができるなら、今すぐにでも呼び出して見せて貰いたいものだな」
中村の落ち着き払った態度に、勇気付けられたのだろう。
岡野、石田、加原の3人も口々に喚いた、
「そうだ、証拠を見せてみろ!」
「死んだ人間が口を聞けるか?」
「口先のデタラメで大人をからかうと、承知しねえぞ!」
それを聞いた時だった。
鏡花の口許が、ニヤ~と不気味につり上がった。
笑ったのだ。
だがその笑いは、美しい鏡花の顔だけに、ゾッとするような気味悪さを感じさせたのだ。
「そう言われると思っていました。そのためにこの場にお呼びしたんです」
そう言うと、鏡花は2つの香炉を同時に開き、そしてさらに両手で茶葉をくべ始めた。
「いま焚いている葉は、それぞれ第四階段近く、井戸の近くに生えていた草です。それを乾燥させたもの。皆さんに飲んでいただいたお茶も、同じものです」
香炉から煙が立ち昇り続けている。
気のせいか、その煙が香炉の上に留まっているように見えた。
「人は思いを残して死ぬと、そこに魂と言うか、思念のようなものが、その場に残ります。そしてその場で育つ植物などにも、思念は凝集します」
「そんなものを飲ませたからと言って、どうだと言うんだ!」
中村が語気荒く言った。
だが僕は、その言葉の中に微妙な恐れを感じ取った、
「因果の流れを作ったんです。原因と結果、因と果。あなた達は、それぞれ伊地知さんと佐山さんの死に責任がある。元々因果の種を持っていた。そしてここはいにしえより怨念の眠る土地。増幅された伊地知さんと佐山さんの怨念が、あなた達に流れ込む”道”を、私は作ったんです!」
そういう鏡花の姿が、怪しい燐光を放ったように見えた。
「う、うわぁ!」
最初に悲鳴を上げて座り込んだのは石田だった。
加原も足の力が抜けるように、へたりこんだ。
岡野も「あ、あ」と短い声を出しながら、煙の方を凝視していた。
それまで強気に反論していた中村でさえ、足は小刻みに震え、その目は大きく見開いている。
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