第30話 学校裏の閉じた井戸(後編1)

 それから2日間、鏡花は学校に来なかった。

 僕達が藤田さんの店に話を聞きに行った後、鏡花は「図書室で調べたい事がある」と言って、一人で図書室に向かった。

 僕も一緒に調べると言ったのだが、「今は一人で調べたい」と彼女は言ったのだ。

 それっきり鏡花とは会っていない。


 僕は生徒展示室、学校の図書室、隣接する図書館と毎日何度も探し回ったが、彼女をどこにもいなかった。

 そして相変わらず、クラスの連中は彼女がいないことを、全く気にする様子は無かった。

 まるで「最初から影見鏡花という生徒は存在しなかった」と言うような態度だ。


 藤田さんのお婆さんが


「七不思議を不用意に調べると、不幸になる」


 と言った事がとても気になっていた。

 そう、聡美も七不思議を調べていて、行方不明になったのだ。

 まさか鏡花も、聡美と同じ目に合ったのではないか?

 そう思うと居ても立ってもいられない思いだ。



 僕は鏡花がいない2日間のあいだに、学校裏にあるという井戸の跡へ行ってみた。

 確かに井戸はそこにあった。

 ただし井戸は完全にコンクリートで四角く覆われており、上部に電動ポンプが据え付けられている。

 電動ポンプはボルトでガッチリ固定されており、小さな点検口があるだけで、人が入れるような場所はどこにも無い。

 井戸の周囲は、若干の土の地面が見えていた。

 そこに風で飛ばされて来たのか、汚れてボロボロになった雑誌があった。

 雨風に打たれていたためかなり痛んでいて、ページが開いた状態だが、文字が読めるのはごく一部だ。


 そのページが、ひらひらと風に揺らめいた。

 まるで誘っているように見える。

 そこには『女□□□に□□□』と書いてある。

 そこまで僕が見た時、風に吹かれたのか、パラパラと見えるページが変わった。


『□□気□□□□を□』

『□□□つけ□□□□』

『□□□□□□ろ□□』


 そこで強い風が吹き、雑誌がバタバタとはためいて、飛ばされていった。

 僕は雑誌が飛ばされて行った方角を見つめていた。

 ここは高い塀に囲まれていて、風は吹き込みにくい場所だと思うのだが?

 そして先ほど見えた文字はなんだ?


『女に気をつけろ』


 と読めた。

 女とは誰のことか?

 鏡花のことなのか?

 そして「気をつけろ」とはどういう意味か?

 何を気を付けねばならないのか?

 それとも、ただの偶然なのか?

 僕の胸の中に、強い不安が宿るのを感じた。



 翌日は金曜日だ。

 その日も鏡花は学校に来ていなかった。

 僕は昨日見た「女に気をつけろ」が、気になって仕方がなかった。

 6時間目が終わって、生徒展示室に向かってみる。


 放課後の誰もいない教室。

 ある種の倦怠的な雰囲気が漂っていた。

 そしてその雰囲気の中に、鏡花がいた。

 この誰もいない教室の中で、その全てを支配するかのように、いや、そもそもこの部屋の一部であるかのように、鏡花は一人超然と座っていた。



 僕は彼女の前の席に、後ろ向きに座った。


「今までどうしてたの?2日間も連絡なしで学校に来ないなんて」


 僕は非難めいた口調で言った。

 鏡花は悪びれももせずに答える。


「少し調べたいことと、やらなきゃいけないことがあったから。何かあったの?」


「いや、別に何かあった訳じゃないんだけど」


 僕の言葉は歯切れが悪かった。

 よく考えれば、鏡花が僕に一々自分の行動を連絡する義務はないのだ。

 女の子だから、個人的な用事だってあるだろう。

 だが僕はそれでも、鏡花には状況を話して欲しかった。

 少なくとも、この七不思議の謎を解くことに関しては、僕は彼女のパートナーのつもりだ。


「『第四階段』と『学校裏の井戸』について、何かわかったことがあったの?僕の方は何も進展は無いけど」


 井戸を見に言った時の『女に気をつけろ』については黙っていた。


「大体の事は、藤田さんから聞いた話で解ったでしょ。あとはこの件を、どう決着を付けるか、って言うことだけ」


「決着?決着って、どうやってやるつもりなんだ?」


「今日の夜10時に、そのための種を撒いておいた。後はどうなるか、その時が来ないとわからない……」



 その後、鏡花は隣接する図書館に行き、堀口さんに「『第四階段』と『学校裏の井戸』の件が片付くかもしれない。

 夜10時に和泉中の玄関前に来ないかと誘った。

 堀口さんは図書館が21時まで仕事があるので、その後に行くと答えた。


「何で今回は堀口さんまで誘ったの?」


 僕はすごく疑問に思ったので、そう鏡花に尋ねた。

 今までに無かった事だからだ。


「この事を気にしている人だから。そして七不思議をずっと調べていた人だから」


 そう鏡花は答えた。

 そしてスマホを取り出すと


「あと堂明院先生と、理科の山田先生にも来て貰うようにお願いしてあるから。でもこの事は黙っていて。それから先生の姿が見えなくても、騒がないで欲しいの。約束して」


 そう言ってスマホを左右に振った。


「わかった」


 僕はそう答えた。

 しかしその時、僕の目は別のものに釘付けになっていた。

 鏡花のスマホについていたストラップは、聡美のものと同じだったのだ!



 その夜、22時。

 僕と鏡花は、和泉中の玄関前にいた。

 五月とはいえ、この時間となると少々肌寒い。

 校門の扉は、堂明院先生が開けておいてくれた。

 堀口さんは先ほど来て、先生達と一緒に職員室にいる。

 だが職員室の電気は消えている。

 鏡花が頼んで、学校には誰もいないかのように見せかけているのだ。

 そして玄関前にはテーブルが置かれてあり、その上には2つの保温ポットとお香を炊く香炉が2つ置かれていた。


「これは?」


 僕がそう聞くと、鏡花はただニコリと笑っただけだった。


 やがて校門に人影が一つ見えた。

 戸惑いながら、学校内の様子を伺っている。


「お待ちしていました。どうぞ中へ」


 いつの間に移動していたのか、校門の影から鏡花が、人影にそう声をかけた。

 人影は一瞬躊躇しているようだったが、すぐに堂々と校門を通ってこちらに歩いて来た。

 すぐに2人は玄関前まで来た。


「おまえさんか?あんなイタズラの手紙を寄越したのは!」


 そう居丈高に言い放った。

 見ると老人だ。

 だがかなりしっかりしている。動きも若々しい。


「はい」


 鏡花はそう答えながら、用意してあった保温ポットから、紙コップにお茶を注いだ。

 そのお茶を老人に手渡す。


「何のつもりだ!」


 老人は怒気を含んだ声でそう言った。

 だが鏡花はそれに臆せず


「後で説明いたします。すみませんが、もう少しお待ちください」


 と答えた。

 老人は不満そうに鏡花を睨みながらも、受け取った紙コップのお茶をすする。



 それから間もなく、2人の男が校門を入ってきた。


「何だよ」


「こんな所に、人を呼び出しやがって」


 と不満を言いながら、正門までやって来た。

 2人の様子は、いかにも自由業と言うか、フリーターと言うか、少なくとも会社員ではない格好をしていた。

 年齢は40代くらいだろう。

 僕達を見ると


「おい、中村はどうした?」


 と聞いてくる。

 鏡花が


「もうすぐ来られるはずです。しばらくお待ちください」


 と答え、やはり2人に保温ポットから紙コップにお茶を入れ、手渡した。

 ただし保温ポットは、先ほど老人に入れたポットとは、別のものだった。

 受け取りながら男の一人が


「お姉ちゃん、可愛いね。こんな時間まで外にいるなんてダメだろう。帰りはお兄さんが送って行ってやろうか?」


 などと言っている。

 しかも下品な笑いを浮かべながらだ。

 鏡花は少し微笑んだが、無言だった。

 僕は不愉快だった。

 こんな下品なオッサンに、笑顔なんて向ける必要はない!



 その3分ほど後、やはり校門に人影が現れた。

 かなり注意深く中を伺っている。

 だが意を決したのだろう。

 やはり校門を通って正門前までやって来た。

 この男はサラリーマンらしく、普通にスーツを来ていた。

 やはり年齢は40前後に見える。

 そのスーツの男は、先の2人を見かけるなり、強い調子で言った。


「おい、この連中は何だ?わざわざ呼び出して、何で知らない人間がいる?」


 言われたフリーターっぽい2人は気色ばんだ。


「なに言ってんだ?そりゃ、コッチのセリフだろうが。オマエが呼び出したんじゃねぇのか?コイツらを使って?」


「何だと?」


 スーツ姿の男は腑に落ちない様子だ。

 鏡花がやはりポットから注いだお茶を、スーツ姿の男に差し出す。


「ご連絡したのは私です。今からその件についてご説明しますので」


 男は鏡花から紙コップを受けとると、しばらくそれを見ていたが、黙って一口すすった。

 スーツ姿の男に入れたお茶は、2人のフリーターらしい男に入れたお茶と、同じポットだ。

 一番最初に来た老人が口を開いた。


「いい加減、なんでこんなイタズラをしたのか、その訳を聞かせてくれないか?事と次第によっては、子供と言えどただではおかんからな」


 それを聞いた鏡花は静かな笑いを口許に浮かべ、もう一度各人にお茶を入れて回った。

 老人には最初のポットから、他の3人には2番目のポットから。

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