第29話 学校裏の閉じた井戸(中編2)
僕と鏡花は、校舎の西側にある裏門を出て、その細い道をまっすく百メートルほど進んだ。
雑居ビルに囲まれたその場所には、4階建ての小さなビルがあり、一階堀口さんが教えてくれた定食屋兼居酒屋だ。
お店の引き戸を開ける。
太った中年の店主がコッチを見た。
表情が訝しげだ。
「悪いけど、これから店は昼休憩なんだ」
鏡花が涼しい声で答える。
「いえ、食事に来たのではありません。私は郷土史について調べています。私は特に和泉中学について調べているんです。それでこちらのお婆様が詳しいと伺って、お話をお聞きしたいと思って伺ったのですが?お婆様にお話を聞く事はできますか?」
店主は店の脇にある階段から、上に向かって大きな声をかける。
「誰か、婆ちゃんに言ってくれ。和泉中の生徒さんが、昔の話を聞きたいんだとよ」
僕達は、店のテーブルに座って待つように言われた。
やがて一人の老婆が階段を降りてきた。
90歳近いと聞いていたが、かなりしっかりしていそうだ。
「和泉中について聞きたいって、何かね」
老婆はそう言った。
しゃべり方もしっかりしている。
「郷土史、特に和泉中に関する話を特に調べています。図書館の司書の方に、こちらのお婆様なら、和泉中についても詳しいんじゃないかと言われて」
「あの学校は昔から色々と云われがあるからの」
そう言うと老婆は、店主が出したお茶をすすった。
「そもそもあそこにあったお堂を壊したのが原因じゃろ」
「和泉中にはお堂があったんですか?」
僕がそう聞くと、老婆は
「あそこには江戸時代から続くお堂があったんじゃ。戦前も学校の横に建っておった。しかし戦後、進駐軍がやってくると『教育の場に神道に関するものがあるのは、軍国主義的だ』ちゅうて、お堂は取り壊される事になったんじゃ。バチ当たりなことじゃ。おかしな事が起きるのも当然じゃろて」
「おかしな事って?」
「それでのうても、あの学校は色々と障りがあると言われとった。それがお堂を取り壊したとなれば、何が起きてもおかしゅうない」
それまで黙っていた鏡花が口を開いた。
「お婆さん、昭和35年に和泉中学が校舎を建て直した時の事ですが、行方不明になった作業員っていましたか?それについて、何か聞いている事はありませんか?」
老婆が鏡花を見た。その目が一瞬、光ったように思えた。
「その話を知りたいんか?さては七不思議を調べておるのか?」
そう言って老婆は、再びお茶をすすった。
「あったよ。作業員の行方不明は。伊地知ちゅう東北から出稼ぎに来た男じゃった。そしてあれはただの行方不明じゃなかった」
老婆は深い息を吐く。僕らは黙って次の言葉を待った。
「おそらく殺されたんじゃ。気の毒に。妻子を故郷に残して、出稼ぎ先で殺されたんじゃあなぁ」
僕は我慢できずに聞いた。
「どうして殺されたって、思うんです?」
「ワシには昔から、見えんでいいものが見える。いなくなった作業員も、その仲間も、ようこの店には来ておったでな。その中で兄貴風を吹かしておる岡野っちゅう男がおった。ある夜、岡野は一人でこの店に来て、泥酔しおった。ソイツは『なんであんな事』『アイツが悪いんだ』なんぞとブツブツ言っておってな。その後ろにいなくなった伊地知の顔が浮かんでおったんじゃ。ワシにはすぐにわかった。その男が殺したんじゃとな」
「その男はどうしたんですか?」
「どうもせん。警察に言った所で、ワシの言うことだけでは、どうしようもないじゃろ。それに当時は、出稼ぎ者の失踪は多かったんじゃ。警察も失踪だけでは本気で探そうとせんでな。今でもその男は御徒町の方におるよ。小さな工務店をやっておるらしい」
僕は鏡花の方を見た。
どうやらこれで『第四階段』の話は、裏が取れそうだ。
「お話は変わるんですが、和泉中学にあった井戸については、何かご存じの事はありますか?」
鏡花は背筋をピンと伸ばしたまま、そう聞いた。
「井戸?この辺は以前は井戸はアチコチにあったでな。特に知っとる話は無かったが」
老婆がそう言うと、それまで厨房で後片付けをしていた中年の店主が、話しに入って来た。
「井戸?井戸に関する七不思議って、もしかして『人が引き込まれる』って話か?」
「はい」
「そうです」
僕達は答えた。
店主が手をタオルで拭きながら、厨房から出てくる。
「その事件、俺は知ってるかもしれない……」
「どういうことですか?」
僕は店主の方を見た。
「いや、絶対って訳じゃないんだ。ただ俺が中3の時に、同じクラスの佐山って奴が行方不明になった。佐山は大人しくって太ってて運動が苦手だった。当時はそういう生徒は、イジメの標的にされやすくってな。佐山を時々からかっていたいた連中がいたんだ。中村と石田と加原って奴らだ。その三人が、佐山に『球技大会前に特訓してやろうか?』とか話しかけていた。そしてその夜から佐山は行方不明になった」
店主の視線が少し泳ぐ。何か躊躇しているようだ。
「その後からだ。学校裏にある井戸に行くと、呻き声が聞えるって噂が流れた。そしてその井戸に引き込まれるとも。中には佐山の祟りだって言うヤツもいたんだ」
僕と鏡花は顔を見合わせる。
「それって警察には話さなかったんですか?」
「警察は来なかった。先生には、一応話したよ。だけど三人は『学校内で佐山と一緒にいただけで、その後は知らない』と言うことだった。そもそも佐山がどこで行方不明になったかさえ、わからないんだからな。それに……」
「それに?」
「石田と加原は不良グループだったが、中村は勉強が出来てな。一般的に言われる優等生だった。警察が調べに来た訳じゃないし、先生も中村の言うことは信用したさ」
「他にその事を知っている人は?」
「いたかもしれない。だけど誰も言い出す奴はいなかった。石田や加原達に目を付けられるのは嫌だし、中村はもっと用意周到だしな。俺も実は彼らには、何度かやられた事がある……」
そこまで店主の話を黙って聞いていた老婆が、再び念を押すように言った。
「和泉中学の七不思議を調べておるんじゃな?」
鏡花が老婆の方に顔を向けた。
「はい、郷土史とも繋がりが深い話が多くて、とても興味があるので」
老婆の目が再度光ったように見えた。
「和泉中の七不思議を甘く見てはいかん。あの話を興味半分で追いかけて、不幸になった者は何人もいる。あそこには七人の
それを聞くと、鏡花はゆっくりと丁寧にお辞儀した。
「ありがとうございます。お忠告、肝に命じておきます」
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