第28話 学校裏の閉じた井戸(中編1)
翌日、僕は学校に行くとすぐに、鏡花の姿を探した。
だが一時間目が始まっても、鏡花は姿を現さなかった。
2時間目が終わった時、僕は生徒展示室に行ってみた。
だがそこにも彼女の姿は無かった。
諦めきれない僕は、学校に隣接している図書館に向かった。
学校と図書館をつなぐ廊下の途中で、三時間目開始のベルが鳴ったが、構うものか、と思った。
鏡花は図書館にいた。
和泉中学百年史と七不思議の年表、そして時折新聞の縮刷版を見比べていた。
「おはよう」
「おはよう」
僕が声をかけると、鏡花も挨拶を返す。
しかし視線は資料を見たままだ。
僕は昨日見つけた「七人ミサキ」の事を、鏡花にどう話そうか考えていた。
僕にとっては大発見だが、鏡花はやけに心霊現象に詳しい。
僕が余計な事を言うのは、彼女の思考を惑わす事にならないだろうか?
僕は「七人ミサキ」について、率直に切り出すか、暗示的に言うべきか、判断に迷っていた。
そう思っている所へ、堀口さんが来た。
堀口さんも、最早なにも小言を言わない。
彼女自身、この七不思議の推理を楽しんでいるのかもしれない。
「昨日、私に会いに来てくれたんだって?今度は何?」
笑顔でそう言う堀口さんに、僕は質問した。
「第四階段について、お話を聞きたかったんです」
そして鏡花も
「第四階段って、話は2つあるんだけど」
と独り言のように言った。
堀口さんが答える。
「『第四階段の怪』って『存在しない階段を踏むと地獄に落ちる』ってやつでしょ。その話の元って、昭和35年に校舎が鉄筋コンクリート製に建て直された時、現場作業員の人が一人生き埋めになった事件らしいの。生き埋めになった作業者の怨念が存在しない階段を産み出して、そこを踏んだ人を地獄に引きずり込むらしいわよ」
「それって本当にあった話なんですか?」
「私が和泉中に入る二十年以上も前の話だから、実際に起きた事件かどうかはわからないわ」
そう言ってから堀口さんは、しばらく考えるように黙り込んだ。やがて口を開く。
「和泉中学校の裏門を出てまっすぐ行くと、右手に小さな定食屋さんがあるの。夜は居酒屋になるんだけどね。そこの人なら何か知っているかもしれない。戦前から同じ場所で定食屋を開いているし、そこのお婆さんは90歳だけど、まだ元気で店を手伝っているって言うしね。そこの店主も和泉中学の卒業生よ。私より5~6歳年上だけどね。和泉中の先生方もよく行っているお店だから、何か情報が得られるかもね」
そこまで教えてくれると、堀口さんは鏡花が開いていた、七不思議のリストに目を落とした。
「この『第四階段(その2)』に書いてある『下半身の無い女が追いかけてくる』って?」
僕が答える。
「第四階段に伝わる、もう一つの話です」
堀口さんがリストを見つめたまま言う。
「『第四階段で、音楽の先生が重いテーブルを運んでいる時に、生徒が驚かしたらビックリして転び落ちて、テーブルで体を切断された』って言う話?」
「知ってるんですか?」
僕は勢いこんで聞いた。
第四階段には、二つの因縁があったのだろうか?
鏡花は黙ってリストを見ている。
堀口さんは笑いだした。
「嫌だ。それって私の友達が作った話じゃない。それまで七不思議に入っちゃったの?」
そこで彼女は一旦言葉を止めると
「私が中3の時に百物語が流行って、みんなで怪談をする事になったの。その時に私の友達でバレー部の子が、その話を作ったのよ。当時は『てけてけ』とか『鹿島さん』の話が流行っていたからね。いつの間にか、それが広まって七不思議の一つに入れられちゃったのね」
と笑いながら言った。
僕は勢いこんだだけに、拍子抜けした。
だがそういう話もあるだろう。
鏡花が口を開いた。
「『学校裏に閉じた井戸があって、そこに引き込まれる』って話があるんですけど、それについては何か知っていますか?」
僕も頷いて言った。
「学校の北東にあったって言う井戸です。今は塞がれているそうですけど」
堀口さんは真面目な表情に戻った。
「学校裏の北東に井戸があったのは事実よ。以前は井戸の上を鉄板で蓋しただけだったけど、平成になってから今の校舎に建て直した時に、井戸は完全に塞いだって聞いたわ。七不思議では、そこに謝って落ちた生徒が、今でも発見されていなくて、近くを通った生徒を同じように引き込もうとする、って言われていたわ」
堀口さんに教えてもらった定食屋兼居酒屋さんは「藤田さん」というらしい。
ランチタイムはお店が忙しいので、14時くらいにお店に行った方がいいだろう、ということだった。
僕と鏡花はその間に学校の図書室へ行き、資料保管庫にある昭和35年前後の文集を調べてみる事にした。
その中で気になる作文があった。
「これかな?」
そう言って、僕は鏡花に指し示す。
目指す情報が載っていたのは、昭和36年の文集だった。
ある一人の女生徒が書いたものだ。
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「私達の豊かさについて」
私が一番記憶に残っているのは、体育祭でも修学旅行でもなく、学校にある親子が訪ねてきた事だった。
私はその日は体調が悪く遅れて登校したのだが、その母親と小さな男の子2人は下駄箱横の用務員室にいた。
母子の相手は、2人の先生と用務員さんが対応していた。
先生が強い口調で言った。
「だから奥さん、私達に言われても、校舎を建設した作業員さんの事は、わからないんですよ!」
母親は泣きながら訴えていた。
「ご迷惑なのは承知しています。だから少しでも、何か知っていれば教えてほしいんです。ウチの夫は去年の冬に東京に出稼ぎに行って、そのまま帰って来ないんです。こんな事は今まで一度もありませんでした。春の農作業までには帰ってきていたんです!」
先生達は苦虫を潰したような顔をしていた。
「お気の毒とは思いますが、それとウチの学校と、どういう関係があるんですか?」
「ここ、この手紙に『千代田区にある和泉中学という学校の工事現場にいる』と書いてあります。12月の手紙です。しかしその後、一度も連絡がなく、4月になっても夫は帰って来なかったんです」
2人の男の子は小学校低学年だろうか?1人の子は泣きじゃくり、もう1人は不安そうな顔で母親を見上げていた。
後から先生に聞いた所、あの母子の父親は、東北地方から冬の農閑期の間だけ、出稼ぎに来ていたらしい。
そして去年の冬、この学校の校舎の建設現場で働いていたそうだ。
そして父親はそのまま、春になっても戻らなかった。
家族がバラバラに離れて暮らさねばならないとは、悲しいことだ。
私は自分の父親が、一定の期間とは言え、離れて暮らす事を想像した。
豊かになったかに見える日本でも、まだこういう事がある現実を、私は思い知った。
今でも時々、あの母子はどうしたのだろう、と考える事がある。
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「父親がこの学校の建設中に、行方不明になった、という事ね」
作文を読み終わった鏡花がそう言った。
「断言は出来ないけど、この父親が事故か何かで建築中に死んだとしたら……心残りがありそうじゃない?」
「それが第四階段の因縁の元になった、ということ?」
「違うかなぁ」
僕はため息まじりに言った。
自分でも「いい線言っているかな」とは思うが、同時に「七不思議に残るには、ちょっと弱いんじゃないか?」とも感じていた。
鏡花も難しい表情をしている。
しばらく考えた後、鏡花は図書室の時計を見上げた。
「そろそろ2時ね。藤田さんのお店に行ってみましょう」
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