第27話 学校裏の閉じた井戸(前編2)

 理科室は、北側の廊下をまっすぐ進んだ北東側の地下一階だ。

 理科室に入る。誰もいなかった。

 5・6時間目は僕達のクラスの授業で、それが自習となったのだから、当たり前だが。


 鏡花が理科室の中をぐるりと見渡した。

 軽く空気の匂いを嗅ぐような仕草をする。

 僕はまず人体模型と人骨標本の前に行った。

 二つともガラスのケースに収められている。

 人骨標本の方をじっと見る。

 でも変化はない。

 僕にはこれが本物の人骨かどうかは、わからない。

 何しろ”本物の人骨”を見た事が無いのだから。

 だが何となく作り物っぽい気がした。

 光の反射具合が、プラスチックぽく感じられるのだ。


 ふと横を見ると、いつの間に近くに来ていたのか、鏡花の顔があった。

 やはり僕と同じように、少し前屈みになって人体標本を見ていた。

 彼女のサラリとした長い髪が、肩から流れるようにこぼれ落ちる。

 今日の鏡花の頬は、少しピンクっぽく見えた。

 前屈みになっているため、セーラー服の襟口が大きく前に広がり、鏡花の白い胸元が奥の方まで見えた。

 ブラジャーはピンクだ。


「恭一君」


 彼女は不意に僕の名前を呼んだ。

 僕は慌てて目線を下に下げる。

 胸を見ていた事をカモフラージュするためだ。


ー変なとこを見ていたのが、バレたのかー


 僕はドキドキした。顔が紅潮する。


「な、なに?」


 僕が問い返す。


「何か感じた?」


 え、鏡花は何を言ってるんだ?

 まさか、僕が胸を見てたこと?


「い、いや、何も、絶対、何も!」


 僕は強く否定した。

 発した言葉が上ずっているのを感じる。


「そう、私も。この人骨模型からは、何も霊的なものや思念なんかは、感じ取れないわ」


 そう言うと彼女は人体模型から体を離し、部屋の中央へと歩いていった。


……な、なんだ。七不思議の話か……


 僕はホッとした。


「だけど何だろう。ここには何かを感じる。何か、どこか、重苦しいような思念が……」


 ちょうどその時、ガラッという音と主にドアが開いた。

 入ってきたのは堂明院先生だった。

 入ってくるなり、堂明院先生は僕達を見ると「またか」と苦い顔をした。


「少しは授業を受けろよな」


 そう言った堂明院先生に、僕は


「この時間は自習なんです」


 と言い返した。


「先生こそどうしたんですか?理科室なんて」


 と僕らは聞き返す。

 堂明院先生は社会の担当だ。


「理科の本間先生に頼まれたんだよ。理科室の井戸のポンプの調子を調べてくれって」


「井戸?!」


 僕と鏡花は同時に声を上げた。


「ああ、理科は実験で水を大量に使うし、生き物を扱う時は水道水じゃ死んじゃうからな。古くからある井戸からポンプで、地下水を汲み上げているんだ」


 そう言いながら、先生は理科準備室に通じるドアの鍵を差し込んだ。

 ドアを開けて理科準備室に入っていく。

 このチャンスに僕達も理科準備室に入った。


「井戸はこの部屋の真下にあるんですか?」


 そう鏡花が質問する。


「いや、校舎の外だよ。東側の角に昔は使っていた井戸があるんだ。もっとも現在はポンプを据え付けて、完全にコンクリートで固められている。だから井戸から幽霊が出てくる余地なんて無いぞ」


 堂明院先生はそう言うと、ポンプの制御盤らしくものをチェックした。


「異常は無さそうだな」


 そう独り言をいうと、


「じゃあ、ここは閉めるから」


 と言い、僕達を理科準備室から出すと、先生は慌ただしく外に出ていった。

 僕は鏡花の方を見た。


「井戸、あったね」


「うん……」


 鏡花は何かを考え込んでいる様子だった。



 その後、僕と鏡花はいつものように隣接する図書館に行った。

 堀口さんなら、何か知っているかもしれない、と思ったのだ、

 だが残念ながら、今日は堀口さんはお休みだった。

 鏡花は「用事がある」と言うのでは、今日の調べはここまでとし、僕達は家に帰った。


 家には相変わらず祖母しかいない。

 僕は祖母の目に付かないように、家に帰るとそっと自分の部屋に入った。

 そのままベッドに横になる。

 考えるともなしに、七不思議の事を考えていた。

 今まで解決した七不思議には、関連性があることが明確になった。


『夜に聞こえるぴあのの音』は『保健室のベッドに現れる老人の霊』

『首を取る鎧兜』は『笑う絵』

『泣き声のする写真』は『題名のない本』

『演じてはいけない台本』は『女子トイレの女』を経て『後をついてくる少女』

そして今回が

『体育館の人型の染み』から『第四階段』になり、最後に『学校裏の閉じた井戸』


 これらは呪い・祟りと言うか、因縁のようなものが引き継がれている。

 一つの祟りで死人が出ると、その死人が新しい七不思議の一つとなる。

 ……何だろう、これは?……


 そこまで考えた時だ、

 ドドドッ!という激しい音がした。

 ビックリしてベッドから飛び起きる。

 だがよく見たら、本棚に横にして積んであったマンガや本が崩れだけだった。

 僕は苦笑した、ここは家だ。

 別に七不思議の祟りじゃないだろう。

 僕は立ち上がると、その崩れた本やマンガを直そうとした。

 その中で一冊、落ちた拍子に開いている本があった。

 何気なくその本を手に取り、開いたページを眺める。

 次の瞬間、僕の目はそのページに釘付けになった。


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七人ミサキ


災害や事故で死んだ人間、特に海や川で溺死した人間の死霊。

その名の通り常に7人組で、主に海や川などの水辺に現れるとされる

七人ミサキに逢った人間は、原因不明の死を迎える。

一人を取り殺すと、七人ミサキの霊の一人が成仏し、代わって取り殺された者の霊が七人ミサキの一人となる。

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「これは……」


 僕は絶句した。

 この話はまるで「和泉中学の七不思議」の話とそっくりではないか。


『一つの怪奇現象が、次の怪奇現象を生む』


 僕は慌てて本の表紙を見た。

 僕にはこんな本を買った覚えはない。

 だが表紙を見て思い出した。


 去年の春に聡美が


「この本、面白いから読んでみて」


 と言って、僕に貸してくれた本だ。


 その時は特に興味も無かったので、そのまま放っておいた。

 それが何かの暗示のように、いま突然、僕の前に「七人ミサキ」のページが開かれたのだ。


……聡美の霊が、これを読めと?……


 そういう事なんだろうか?

 もしや、聡美は「和泉中学七不思議の七人ミサキ」に取り込まれてしまったのか?


 僕は頭の天辺から足先まで、全身の血管に冷水を流し込まれたような気がした。

 気がつくと、僕の身体はカタカタと、小刻みに震えていた。

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