第26話 学校裏の閉じた井戸(前編1)

 その日の午後は5・6時間目と連続で理科の授業だ。

 今日は「酸・アルカリ・中和」の実験の予定だった。

 だがクラス委員が5時間目の最初に黒板に大きく書いた。


「5・6時間目は自習」


 クラス委員は黒板に書き終わると、全員の方を向き直って大声で言った。


「5・6時間目は、理科の先生が体調不良のため、自習になりました」


「ヤッター!」


 クラスの一部の連中からは喝采が上がる。

 真面目な女子の数人は、彼らに冷たい目を向けた。

 そうかと思えば、さっそくおしゃべりを始める女子もいる。

 マンガを広げているヤツもいた。


 そういう僕は、七不思議の事を考えていた。

 思えば理科室も、2つの話が伝わっている。

 「理科準備室で呻き声が聞こえる」と「笑う人骨標本」の話だ。

 別バージョンだけど「理科室と理科準備室で携帯電話をかけると呻き声が聞こえる」と言うのもあったな。


 七不思議のリストを取り出してみる。

 眺めていて、ふと気付く事があった。

 怪異があった音楽室も美術室も、学校の敷地で言えば北西側にある。

 第四階段も北西側だ。

 『4時42分に映る屋上の人影』も北西の一番高い場所だと言われている。

 保健室は北東になる。

 そして理科室も北東角だ。

 『後をついてくる少女』だけが正面校門のため南側だが、怪異現象はどちらかと言うと北西、次に北東に多いのではないだろうか?

 そう言えば、この学校の理科の先生は入れ替わりが激しいと思う。

 既に僕が知っているだけでも、理科の先生は2回変わっている。

 1年しかいなかった先生もいるくらいだ。


 そこまで考えた時、僕は何気なく後ろを振り向いた。

 虫の知らせ、というやつだろうか?

 ちょうど鏡花が教室を出ていく所だった。

 いつものように、彼女の事を気に留めるクラスメートは誰もいない。

 僕もクラスの連中の気を引かないように、そっと教室から抜け出した。


 予想通り、鏡花は生徒展示室にいた。

 僕は鏡花の前の席に、いつものように座る。


「この前は酷いよ、僕を幽霊を誘き出すオトリに使うなんてさ」


 口を尖らせてそう言う。


「ごめんなさい。でも、あの役は恭一君にしか出来なかった。『後をついてくる少女』の後ろに、別の霊がいることが見えたのも、恭一君だからこそ」


 鏡花は少しも悪そうには思っていない口調で答えた。


「まぁ、無事に終わったんだからいいけどさ」


 そう言って、彼女の前に七不思議のリストを広げた。


「見て。この七不思議って、ほとんどが学校の北西側か北東側に偏ってるんだよ」


 僕は「音楽室」「美術室」「第四階段」「理科室」「保健室」の話を指差した。


「むしろ『後をついてくる少女』の校門や『題名のない本』の図書室、『人型の染み』の体育館が例外かもね。」


 ちなみに図書室は南東、体育館は南西だ。

 鏡花もリストを指差して聞いてきた。


「この『20、学校裏の閉じた井戸』と、『24、百葉箱の中のお札』って、どこにあるの?」


「どっちも記憶に無いんだよね。百葉箱はどっかで聞いたような気もするんだけど。あと学校裏の井戸か、井戸なんてあったかな?どこだろう」


 僕は少し考え込む。

 学校裏と言うとイメージするのはやはり北側だが、井戸なんてあっただろうか?


「でも『七不思議のある場所が偏っている』って言うのは、いい視点だと思うわ。これも後で、何かの助けになると思う」


 彼女がそう言ってくれたので、僕は何となく気分が華やいだ。

 ちょっと得意な気分になる。


「それとも関係するかもしれないけど、次の調べる七不思議の話を決めない?」


 そして前々回に推理した「七不思議の関連性のリスト」の部分を指でなぞった。


「この『6、演じてはいけない台本』は『9、女子トイレの一番奥』から『23、後をついてくる少女』に因縁が引き継がれていることがわかった。すると『14、第四階段(その1)』は『20、学校裏の閉じた井戸』に繋がることになるわね」


 僕はうなずいた。

 これまでの推理から行くと、

 『8、体育館の床の染み』→『14、第四階段(その1)』→『20、学校裏の閉じた井戸』

 に話が繋がると、予想される。

 鏡花はさらに先を続けた。


「『体育館の床の染み』については、詳しい話が昭和三十三年度の文集に、経緯が詳しく書かれている」


 そう言って、また一枚のコピーを取り出した。


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五、体育館の床の人型の染み


体育館の床には、どれだけ洗っても絶対に消えない人型の染みがある。

これは大戦中、足の悪い生徒がいた。ある日、授業中に空襲警報があり、全員が体育館に集合した。ところが折悪く、そこに米軍機から焼夷弾が落とされ、体育館は火に包まれた。

生徒達は一斉に逃げ出したが、足の悪い生徒だけは逃げ出す事が出来ず、一人体育館に残されて焼け死んだ。

そして焼け残ったコンクリート製の土台には、人型の染みがベットリと着いていた。

その後、土台はそのまま流用して、新しい体育館をその上に建てたが、何故かその床の上に人型の染みが浮かんでしまった。そしてその染みはどれだけ洗っても、落ちなかった。

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「生きたまま逃げられもせず、焼け死ぬのか。それは苦しそうだな……」


 僕は思わず呟いた。

 そして人差し指でリストをトントンと軽く叩く。


「でも今はこの体育館の土台も、人型の染みも無いんだよね。今まで体育館は何度も見てるけど、そんな染みなんて無いし」


「そうね。私も見てきたけど、そんなものは無かった。問題はこの話と『第四階段(その1)』の話が、どう繋がるかね」


 鏡花はそう言うと、何かを耐えるかのように下唇を噛んだ。

 僕はその様子に、疑問を感じる。

 彼女は何か知っているのだろうか?


 僕と鏡花は生徒展示室を出た。

 第四階段を調べてみようと言う話になったのだ。

 僕達3年生の教室があるのは、最上階の4階だ。

 そしてこの生徒展示室からは、倉庫を挟んですぐの所にある。

 校舎の北西角にある第四階段まで行く。

 この階段は一切窓がない。

 そのため常に薄暗くなっている。

 そして屋上には出られない構造になっていた。

 その代わり地下1階まで通じている。

 地下まで通じているのは、北東角の第二階段と、この第四階段だけだ。


 僕達は第四階段を、地下一階まで降りた。

 地下まで降りると、鏡花は階段を見上げながら言った。


「第四階段の話は二つあったのよね。一つは『存在しない段を踏むと、地獄に落ちる』。もう一つは『深夜に通ると下半身の無い女が追いかけてくる』」


「どっちも抽象的だよね。『地獄に落ちる』とか『下半身がない女』とか。どこにでも転がっていそうな話だし。この学校の七不思議っぽくないと思うんだ」


 そう言いながら、僕はこの場所にいる事に不快感を感じた。

 頭が重い。

 頭の芯の方が痺れるような鈍痛を感じた。


「この第四階段に関する由来みたいなのって、何か知ってる?」


 珍しく鏡花が僕に聞いてきた。


「いや、知らない。聡美のノートにも書いてなかったし」


 鏡花はしばらく第四階段を見上げていた。


「ねぇ、ここまで来たから、ついでに理科室の方を覗いてみない?」


 僕はそう鏡花を促した。

 早くこの場を離れたいような気がしたのだ。


「わかった。理科室に行ってみましょう」

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