第25話 後をついてくる少女(後編2)

 僕は暗い中、時計を見た。

 午後六時四一分。もうすぐ四二分だ。


 よし!

 自分に気合いを込めると、僕は学校を出た。

 このまま行けば例の『午後六時四二分』に校門を出る事になる。

 僕はチラチラと時計を見ながら、歩く速度を調節する。


 校門を出たのは計算通り六時四二分だ。

 そのまましばらく歩く。

 だが後ろから誰かがついてくる気配はない。


 鏡花の方は、僕よりも五分ほど先に学校を出ていた。

 このまま国道四号・昭和通りまで歩いて、何もなければ今日はそれで終わりだ。


 時間が六時半過ぎなので、まだ人通りもけっこうある。

 こんな状況じゃ、今日は出てこないかもしれない。


 そう思って、何気なく電気の消えたビルの窓ガラスを見た。

 そのビルの一階はショールームになっているらしく、道路側の一階全部がガラス貼りになっていた。


 そして……ショーウィンドウの端に……和泉中の女子の制服が見えたのだ!


 僕の後ろ十mくらいのところを、例の女生徒が歩いている!

 気づいてみると、いつの間にか周囲に人影が無くなっていた。

 まるで僕の周囲だけが、異空間になったかのようだ。

 周囲の音までが遠く感じる。


 ヒタヒタと、後ろをついてくる足音が聞こえた。

 僕の全身からドッと汗が吹き出した。

 ネバい感じがする。冷や汗だ。

 僕の足が早くなった。

 無意識だ。

 背後から歩いてくる存在から、体が逃げようとする。

 自衛本能だ。


 僕は自殺した少女に同情している。

 本当に可哀想だと思う。

 だけど、もう一度あの恐ろしい顔を見るのは絶対に嫌だった。

 まるで悪夢にでも出てくるかのような、あの顔、あの目……


 僕の足がさらに早まった。

 理由は……後ろの足音が近くなったからだ!

 僕はさっきより早く歩いているはずだ。

 そして後ろの足音のリズムは変わっていない。

 それなのに、足音は近づいている!


 心臓の音が耳に響く。

 激しく胸の中で踊っている。

 僕は恐怖に駆られて走り出しそうだった。

 だが鏡花に「絶対に走ってはいけない」と言われていたのを思いだし、辛うじてその気持ちを押さえ込んでいた。


ーーあの足音が、付いてくる女生徒が、僕に追い付いたらどうなるんだろう?ーー


 そう考えると、さらに恐怖のボルテージが上がる!

 右手に細い路地がある。

 いっそそこに走り込んでしまおうか?


 そう思った時、その路地から同じく和泉中学の女子制服を来た人影が現れた。


「!」


 僕は息が止まりそうになった。

 『後をついてくる少女』が先回りしたのかと思ったのだ。


 だが現れたのは鏡花だった。

 僕は一気に緊張が解け、その場に座りこみそうになった。

 鏡花は僕と入れ替わるように、僕の背後を向いていた。

 そう、『後ろからついてくる少女』の方だ。

 僕も恐々、後ろを向く。

 鏡花が『後ろからついてくる少女』に向かって言った。


「あなたの好きな人は、もうここにはいない。あなたを縛り付ける人もいない。あなたは、もうとらわれる事はない」


 そう言われた『後をついてくる少女』は、ホッとしたような顔をした。

 そのまま穏やかな表情を浮かべると、少女は空に溶けるように消えていった。

 その背後には、あの恐ろしい顔をした少女の姿は無かった。

 僕は鏡花の方を見た。


「これで……全部終わったの?」


 鏡花は少女が消えていった空を見ながら言った。


「あの子は、自殺した少女に取りつかれていた。死んだ後まで。あのままでは二人の霊は恐ろしい怨霊となっていたかもしれない。二人とも可哀想」


 そこで鏡花は視線を地面に落とす。


「人は死ぬ時、残した想いが強すぎると、その魂は本来の場所に帰れない。霊の残した想いを、少しでも軽くしてあげないと。私にはそれくらいしか出来ない」


 そう呟くと鏡花は一人で歩き出した。

 僕は黙ってそれを見つめているしか出来なかった。

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