第23話 後をついてくる少女(中編)

 翌日、僕と鏡花は午前中から隣接している図書館に居た。

 僕はあの後すぐに鏡花に電話し、『後をついてくる少女』について話したのだ。

 その電話で、午前中に図書館で落ち合う約束をしたのだ。


 堀口さんがやって来た。

 半分呆れたような顔をしている。


「まだ授業中でしょ。こんなに学校をサボっていて、大丈夫なの?」


 そう言いながらも、彼女は持ってきた古いガリ版刷りの冊子を、机の上に置いた。


「約束のもの。私達が中学時代に作った『和泉中学七不思議』の本よ」


 そう言うと堀口さんは、僕とは反対側の鏡花の隣に座った。


「ありがとうございます」


 そう僕達は言った。

 鏡花が冊子を開く。


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・保健室のベッドに現れる老人

・泣き声のする写真

・女子トイレの一番奥

・四時四二分に映る屋上の人影

・学校裏の閉じた井戸

・百葉箱の中のお札

・笑う絵

・夜に聞こえるピアノの音

・第四階段

・演じてはいけない台本

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鏡花の指が「女子トイレの一番奥」のページを開く。


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女子トイレの一番奥


暗くなってから「開かずのトイレ」に入ると、上から恐ろしい顔をした女が睨んでいる。

これは生まれつき容姿が醜い少女が、同級生にイジメを受け、それを苦にして女子トイレで自殺をした。その怨霊だという。

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 堀口さんがその記事を指差しながら言った。


「この『女生徒が自殺した』って言う話は本当なのよ。生まれつき頭蓋骨が小さく歪んでいる病気だったらしいわ。それでタチの悪い男子生徒達がその子をイジメタらしくて」


「頭が歪んでいた?」


 僕はとっさに、昨日の事を思い出して言った。


「私が入学する数年前だったけど、当時の私の通っていた小学校でも話題になったから。私も新聞記事で見たから間違いないわ」


「その女生徒が自殺したトイレって、どこのトイレかわかりますか?」


「第四階段の二階のトイレだって言われていたわ。自殺した女の子は、そこに隠れたんだって。だから当時はみんな気味悪がって、第四階段の二階のトイレは使わなかったくらいよ」


「そこって入れないようになっていたんですか?今はそんなこと無いですけど?」


「そうなの?確か当時は閉じられたままで『使用禁止』って紙が貼られていたと思うけど……私も気持ち悪いから、あのトイレは入らないようにしていたしね」


 僕と鏡花は黙り込んだ。

 僕が見たあの顔は、女子トイレに出た恐ろしい顔と、同じものではないか?

 堀口さんが、秘密めいた感じで、さらに話しを進める。


「でね、この話には前段階があるの。この『演じてはいけない台本』ってあるでしょ。その自殺した子は演劇に興味があって、演劇部に入っていたんだって。だけどそんな容姿だから、とうぜん役は貰えない。雑用しか出来なかった。そんな時に、演劇部のどこかから『演じてはいけない台本』を見つけて、読んでしまったそうよ。その台本に感動したその子は、顧問の先生と先輩の所に持っていったんだけど、先生と先輩は青くなって、その台本を取り上げた。その『演じてはいけない台本』の話がクラスに伝わり、それまで陰口だけだったのが、暴力を伴ったイジメに発展したらしいの」


 僕は暗い気持ちになった。

 確かにあの顔は怖かったが、それでは怨霊となるのも、無理ない気がする。

 だが鏡花は、そんな事は意に介して無いようだ。


「演劇部の『演じてはいけない台本』は、その後、お寺に預けられて供養されているんですよね?」


「そうよ、よく知っているわね。あの台本には色々といわくがあったの。何でも最初は太平洋戦争中だったそうよ。当時のこの学校の生徒が、軍隊の慰安のために演劇をする事になったんだって。でも公演直前、夜遅くまで練習していた場所に、米軍の空襲があって演劇部の全員が焼け死んだそうよ。その時に唯一残ったのが『演じてはいけない台本』だって。その時に焼け死んだ生徒達の怨念がこもっていると言われていたわ」



 僕達はその後、生徒展示室に向かった。

 鏡花が「『後をついてくる少女』の前後の状況を調べたい」と言ったためだ。


 『後をついてくる少女』の話が始まったのは2004年からだ。

 そして『女子トイレの一番奥』の話が終わっているのも、2004年だ。

 なお女子トイレ関連では、2005年から時々「トイレの花子さん」の話が出てきている。

 堀口さんが和泉中に通っていた1994年前後は、『女子トイレで自殺した少女』の話はかなり具体的に伝わっていて、そのトイレの個室は使用禁止になっていたと言う。


 鏡花は文集ではなく、日誌の方をチェックしだしていた。

 そして2004年の日誌を見て「これかも」と小さくつぶやいた。

 僕が除きこむと、鏡花は日誌のある書き込みを指さした。


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「トイレの神様にお願いすると、好きな人と両想いになれるらしい」

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 ピンク色のサインペンで、文字がやけに丸っこく書かれていた。

 おそらく書いたのは女生徒だろう。


「この日誌を見た女生徒が、例の女子トイレで何かをした、ってこと?」


「もしくは書いた本人かも」


 鏡花は握った右手を下顎に当てる。


「どちらにしても、ある女生徒はこの事を真に受けて、第四階段二階の一番奥で何かをした。それによって自殺した少女の霊に取り付かれてしまった。その結果、交通事故で命を失ったけど、その女生徒は死んでもなお、自殺した少女に取り付かれている」


 鏡花はここまで言って立ち上がった。

 彼女にしては珍しい、激しい動きだ。


「このままだと危ない。危険でとんでもない怨霊になるかもしれない」


 そう言うと鏡花は僕の方を振り向いた。


「恭一君は第四階段の二階トイレの前に行って!そこで何かあったら、私に連絡して欲しいの。何かあれば恭一君になら見えるはず!私は堂明院先生を読んでくる!」


 そう言うと彼女は急いで廊下に出ていった。

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