第22話 後をついてくる少女(前編2)

 結局、僕も鏡花の後をついて、和泉中学の全ての女子トイレを見て回った。

 と言っても、女子トイレなので僕は入れず、外で待っているだけだったが。


 この学校には第一から第四階段まで、地上四階・地下一階の全てに男女トイレがある。これで二十箇所。

 それ以外にも、体育館とプール横にそれぞれ一つずつ。

 合計で二十二箇所だ。


 鏡花が全部を回り終わった時には、既に下校時刻直前になっていた。

 僕達は生徒展示室に戻った。

 もう校内には、ほとんど人がいない。


「結局、何も見つからなかった?」


 僕がそう聞くと、鏡花は


「うん。特に何も」


 と短く答えた。


「考えたんだけどさ、もしかしたら女子トイレの話はデマかもしれないよね。この前の僕の意見を否定することになるんだけど。あの時に鏡花が言っていた通り『女子トイレの花子さん』に話が変わって、自然に消滅したのかもしれないね」


 だが鏡花はそれには答えず、しばらく黙っていた。

 彼女が口を開いた時に出た言葉は、次の台詞だった。


「もう六時半を過ぎている。今日はもう帰りましょう」



 学校を出る時、僕は一人だった。

 僕としては鏡花と一緒に帰れることを期待していたんだけど、彼女は


「堂明院先生に用事がある」


 と言うことで、僕は一人になった。


 軽く避けられたのかな、と考えると、何だかやるせない。

 鏡花と堂明院先生って、どういう関係なんだろう。

 鏡花の言葉の端々に、以前から堂明院先生を知っているかのような、口ぶりが伺える。

 堂明院先生は鏡花の事をどう思っているんだろう。

 堂明院先生だって、先生とは言え若い男だ。

 そして鏡花は中学生とは言え、とびきりの美少女だと言える。

 雰囲気も大人びている。

 先生だって鏡花に好意を寄せられたら、クラっと来てしまうのではないか?

 イケメンの堂明院先生と、美少女の鏡花のカップルは似合っているかもしれないが、僕は想像するのも嫌だった。


 と、その時だ。

 後ろから足音が聞こえたような気がした。

 鏡花が僕を追いかけて来てくれたのかと思って、期待して後ろを振り向く。

 後ろから歩いてきているのは女生徒だ。

 和泉中の。

 しかし鏡花ではない。

 二十mほどだろうか?

 距離を空けて、僕と同じ方向へ歩いている。

 ジッと見ているのも悪いと思い、僕は前に向き直った。


 しかし、ある懸念が僕の頭にこびりついて離れない。

 鏡花が生徒展示室で「帰ろう」と言ったのが、六時半過ぎだった。

 その後、二人で下駄箱まで行ったが、そこで鏡花とは別れた。

 その間は十分くらいだ。


 と言うことは、僕が校門を出たのは六時四二分ではないか?

 つまり下校放送の42分後・・・


 背筋がゾクっとする。

 背中の中心に冷たいものを押し当てられたような気分だ。

 だが僕は思った。

 これはチャンスかもしれない。

 怪奇現象を解明するための。


 僕はもう一度、後ろを振り返った。

 今度は相手をしっかりと見るつもりでだ。

 だが後ろからついてくる女生徒は、下を向いて歩いているため、顔はハッキリ見えない。

 いや、それだけじゃない。

 ヘアスタイルは肩で切り揃えたショートカットなのだが、頭の部分がやけに右側に大きいような気がした。


 何だ?と思う。

 目をさらに凝らした。

 少女は相変わらずうつむいている。

 だが、よく見ると、少女の頭の後ろに、もう一つオカッパの頭が覗いていたのだ。

 そう、まるで少女が背負っているような……


 その後ろにあったオカッパ頭が、僕を睨んだ。

 その顔は、ひきつれ、ねじくれたように顔の左右のバランスが崩れていた。

 右目と口が右側上の方に引っ張られている。


「うわぁっつ!」


 僕は思わず悲鳴を上げ、走り出した。

 と、その直前の交差点から、トラックが飛び出してくる。


「!っ!」


 僕は間一髪で踏み留まった。

 僕の目の前をトラックが通りすぎていく。


……危なかった……


 僕はそう思い、次に背後に迫っていた脅威を思い出して、後ろを振り返った。

 そこにはもう、誰もいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る