第21話 後をついてくる少女(前編1)

 二時間目が終わった休み時間だった。

 僕はこのクラスで唯一話せる友人・竹内たけうち三森みつもりと一緒にいた。

 ベランダに出られる窓際のそばだ。

 三人でエアコンの上に腰かけていた。

 それは三森が言い出した。


「昨日さ、部活が終わって帰る時、変な女がいたんだよ。校門からずっと後をついて来てさ」


 竹内が軽口を返す。


「三森のファンじゃないか?サッカー部ってモテるもんな。どんな子だった?」


「それがよくわからないんだよ。制服はウチの中学の制服なんだけどさ。顔とかハッキリ見えなかったし」


「見たことない子か。下級生とか?」


「それが昨日は俺だけ顧問に怒られてさ、帰りがかなり遅かったんだよ。下校時刻からかなり経ってから学校を出たんだ。そんな時間に他に生徒なんていないと思うんだよな」


「おいおい、気持ち悪いな。それって例の七不思議の一つじゃないのか?」


「なんだよ、その七不思議って?」


「三森、オマエ知らないのか?この学校じゃ有名な話だぞ」


 竹内はそう言うと、周囲を見回した。


「俺も全部を知っている訳じゃないけど、その話は先輩に聞いたことがある。『下校放送が鳴ってから42分後に校門を出ると、後ろから見た事のない女生徒が後からついて来る』。何でもその女生徒は好きな先輩がいて、告白しようとして校門で待っていたらしい。ところがその先輩を追いかけて信号無視した時に、トラックに轢かれて死んだって話だ」


 普段は割りと豪気な三森の顔が、ちょっと青ざめていた。

 竹内は話を続ける。


「それ以来、下校放送の後42分後に校門を出ると、その女生徒がついて来るんだって。中には死の世界に引きずり込むとも……」


「止めてくれよ、マジで、そんな話」


 三森は本気でビビッていた。

 普段のこいつらしくない。


「そうだよな。この学校、マジで変な事が多いもんな。このクラスだって……」


 そう言って竹内はチラっと鏡花の席を盗み見た。

 今日は鏡花は休みだ。

 だが僕は、その動作を見逃さなかった。


ーーなんだ、今の視線は?何が言いたいーー


 その時、三森が素早く反応した。


「おい、よせよ」


 そう言われた竹内もバツが悪そうに、二人してその場を離れていった。

 残された俺は疑問に思った。


ーーあの二人は何を言っていたんだ。何を言おうとしたんだーー


 だが僕はその時、二人にそれ以上聞く勇気が無かった。



 その日の午後は美術の授業だったが、先生が研修という事で自習となった。

 教室にいる気が無かった僕は、生徒展示室に居た。

 竹内と三森が話していた「後をついてくる少女」の話も気になっていたからだ。


 この話は聡美の研究ノートにも書かれているが、七不思議の中では割りと有名な話だった。

 話の筋もハッキリしている。


1、女生徒が片想いしている先輩に、告白しようと待っていた。

2、その後をつけていた時に信号無視をして、トラックに轢かれて死亡する。

3、その後、少女は『下校放送の後42分後に校門を出ると、後をついてくる幽霊』となった。


 微妙なのは、その後くらいだ。

 「後をついて来るだけ、いつの間にか消えてしまう」「後をつけた相手を死の世界に引きずり込む」「家までついてこられると、悪いことが起きる」などなど。


 それと、僕と鏡花の前回の推理だと「23、後をついてくる少女」は「9、女子トイレの一番奥」の因縁を引き継いでいるはずだった。

 だがその繋がりがわからない。

 そりゃ女生徒だから女子トイレは使っただろうが、本当にその程度で因縁が引き継がれるのだろうか?


「午後は自習になったのね」


 いつの間に来たのか、そばに鏡花が立っていた。

 ちょっと顔色が悪いようだ。

 鏡花は肌が透き通るように白いが、今日はさらに白さが際立っている。

 血が通ってないみたいだ。


「無理して学校に来たんだけど、無駄足になっちゃったな」


 鏡花はそう言うと、僕の後ろの席に座った。

 僕は鏡花の方を向くと、午前中の竹内と三森との話をした。


「三森が、七不思議の一つ「後をついてくる少女」を見たって言うんだ。次はこの話を調べてみない?」


「そうね、その話は由来とか経緯もハッキリしているしね。それで聡美さんが付けていたマークの意味も明確になるし」


 僕はそれを言われて、ハッとした。

 聡美は七不思議に「○、△、×」のマークを付けていたのだ。

 鏡花は七不思議のリストを取り出した。


「今までの調査で『1、保健室のベッドに出る老人』『2、笑う絵』は現在も起きている怪奇現象だってわかった。つまり「○」がついている話は、現在発生している怪奇現象だってこと。三森君が合ったって言う『23、後をついてくる少女』もこれに当てはまる」


 次に鏡花は「△」のついた「4、5、7」を指さした。


「これは『泣き声がする写真』『首を取る鎧兜』『夜に聞こえるピアノの音』。この三つは『過去に怪奇現象は発生していたが、現在は発生していない話』。因縁が引き継がれたか、表面には現れなくなっていた」


「じゃあ『?』は?」


「それはまだわからない。聡美さんにもわからなかったんだと思う。だからクエスチョンマークにした。だけど『6、演じてはいけない台本』『12、理科準備室で呻き声が聞こえる』『20、学校裏の閉じた井戸』には、何らかの実話性があったんだと思う。ただ証拠もないし仮説としてもあやふやだったから、クエスチョンマークが付いているのかも」


「じゃあやっぱり、次の調査対象は『23、後をついてくる少女』と『9、女子トイレの一番奥』だ!」


「最初から『繋がりが必ずある』と先入観を持って調べるのは良くないけど、とりあえずはその方針で行くしかないわね」



 僕達は生徒展示室のパソコンで「2003年もしくは4年に、千代田区で発生した交通死亡事故」を検索した。

 「後をついてくる少女」の話が出てくるのは、2004年からのためだ。

 事故はすぐにわかった。2004年2月14日の記事だ。


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女子中学生、トラックに轢かれ死亡


14日、午後7時頃、秋葉原駅昭和通り口付近の国道4号線で、和泉中学2年生の女子生徒・斉藤由紀子さんが、運送業。石川勇三さんの運転するトラックに轢かれ死亡した。

原因は斉藤さんの信号無視と見られているが、信号が変わった直後であったため、トラック運転手にも詳しく事情を聞いている。

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「女生徒が死亡した事件があったことは事実だね。それでこの怪異が実在するとして……」


 僕がそこまで言うと、鏡花がその後を引き継いだ。


「この怪奇現象が『女子トイレの一番奥』の因縁を引き継いでいるのか、それとも単独の心霊現象なのか」


「『女子トイレの一番奥』って『開かずのトイレに入ると恐ろしい顔をした女が上にいる』って話だよね。でもこの『開かずのトイレ』って、どこにあるんだろう?」


 鏡花も首を傾げた。


「私もこの学校に四月から転校して来たばかりだから、全部を知っている訳じゃないけど、確かに『開かずのトイレ』なんて聞いた事がない」


 それから彼女はしばらく考え込んでいる様子だった。

 やがてゆっくりと席を立つと、生徒展示室を出ていこうとする。


「どこへ行くの?」


 僕がそう聞くと、僕の方をゆっくりと振り返りながら


「この学校の女子トイレを、全部見ておこうと思って」


 と言うと、そのまま廊下に出ていった。

 僕にはその姿が、またもや”危ういもの”に感じられて仕方がなかった。

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