第20話 図書館にある題名のない本(後編2)

 翌日の放課後、僕と鏡花はやはり生徒展示室にいた。

 いま僕達はパソコンからネットを検索していた。

 最近は生徒の作品もパソコンで作られているモノが多いため、生徒展示室には三台のパソコンがあった。

 その内の二台はインターネットに接続されている。


 僕達は「群馬県の滝 川場村」というキーワードで検索をかけていた。

 だが平野さんが教えてくれた「三唱えの滝」と言うのは、検索結果に表示されてこない。


「出てこないね。名前が変わったのかな?それとも平野さんの記憶違いとか?」


 僕がそう言っても、鏡花は無反応だった。

 黙ってキーワードを「群馬県 伝説 三唱え」に変更して、検索し直す。


 その検索結果の五ページ目に「川場村の言い伝え」に「奥の座と呼ばれる滝があり、正面の岩は三唱え岩と呼ばれた」と書かれていた。


「これじゃない?」


 僕がそう言った時には、鏡花は既にそのページのリンクをクリックしていた。

 それは「登山愛好家のサイト」であった。


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[高手山→獅子が鼻山→穂高山 山行記録1日目]


川場村の民宿に一泊した。

そこの老主人に面白い話を聞いた。

仙の滝の奥に、昔は小さな村があったらしい。

その村と麓の里との中間地点に『奥の座』と呼ばれる滝があり、正面の岩は『三唱え岩』と呼ばれた。

その昔、この村は貧しかったため、村の娘の多くが遊女として売られて行ったらしい。

しかしその中で梅毒などに罹患し店から追い出された遊女は、村に戻ろうとした。

しかし村の方でも病気に侵された人間を、村に入れる訳にはいかなかった。

そのため病気に侵された遊女は、村と里の中間にある『奥の座』近辺に小屋を建てて住みつき、滝で身を清め、『三唱え岩』で病の回復を祈った。

しかしそれで病気が治癒する事はなく、多くの遊女が滝に身を投げた。

なおその滝と岩は9.11の地震で崩れ、現在は地形が変わっているらしい。

明日はその滝と岩の跡地を回って、高手山に向かおうと思う。

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「悲惨な話だね」


僕がそう言うと


「この手の話は、日本中あちこちに伝わっている。悲しい話だけど、当時の貧しい村では、お嫁に行けなかった女の子は、売られて行くしかなかったんでしょうね」


 と鏡花は暗い表情でそう言った。

 僕は話題を変えた。


「でもこれで七不思議の話が繋がった。平野さんが撮った写真が『4、泣き声がする写真』で、この呪いのせいかはわからないけど、その娘は難病に罹った。その子の書いた詩集が学校に寄贈されて『13、図書館にある題名のない本』になった」


「おそらく、そうなんだと思う。親が取った行動で、罪の無い子供に禍いが降りかかる。やり切れないな……」


 鏡花は重いため息をついた。


「この二つは丹念に供養してあげないと……」


 そう言って彼女は腕時計を見た。


「そろそろ用意できているかな」



 僕達は生徒展示室を出た。

 手には「題名のない本」を持っている。

 僕には鏡花が言った意味がわからなかった。

 「用意ができた」とは?


 鏡花は職員室に向かって行った。

 職員室の前で待っていると、五分ほどで堂明院先生が出て来た。


「待ってたのか?これから呼びに行こうと思っていたんだよ」


 そう言うと先生は職員室から少し離れた場所にある「職員用倉庫」に向かった。

 鍵を使って倉庫の扉を開ける。

 堂明院先生は壁際のスイッチを押し、電灯を点けると部屋の中に入って行った。

 そして鍵のかかるキャビネットを開くと、中から縦三十cm横二十cm幅三cmほどの箱を取り出した。


「これだよ」


 そう言って僕達に手渡す。

 箱には「『滝を渡る鳥』××グラフ 優秀賞受賞」と書かれている。

 箱のフタを開けてみた。

 中には額に入れられた写真が納まっている。

 その写真は岩に挟まれた中を滝が流れ落ち、滝壺は深い緑色の淵をなっていた。

 それをバックに白い鳥が一羽、飛んでいる。

 僕は写真の事はわからないが、それでも鳥と滝を正面に捕えていて、タイミング的にも見事な写真だと思う。


 だが、その写真には独特の禍々しさがあった。

 何と言うか、見ようによっては写真の中に顔が浮かんでいるような、そんな気持ちにさえなる。


 鏡花はその写真にそっと手を置き、目を閉じる。

 しばらくそのままでいると、やがて鏡花はフタを閉じた。

 そして写真と一緒に問題の「題名のない本」を、堂明院先生に手渡す。


「終わりました。後の事はよろしくお願いします」


 堂明院先生も大切にその二つを受け取ると


「わかった。きちんと供養するよ」


 と静かに答える。

 鏡花はそのまま僕と堂明院先生を残して、職員用倉庫を出て行った。


 後日談……

 図書館で調べものをしている時、たまたま置かれている新聞が目に入った。

 そこにはこうあった。


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東京の夫婦、群馬県で心中


群馬県川場村山中で、中年の男女二人の遺体が発見された。

遺体は東京都千代田区在住の平野孝之・かおり夫妻。

二日前に「三唱え滝に行く」と言って宿を出て以来、連絡もなく宿にも戻らなかったため、宿の主人が心配して捜索に出た。

そこで首つり自殺していたのを発見したと言う。

場所は地元では「奥の座」と呼ばれている、以前は滝があった場所だと言う。

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新しい七不思議にならなければいいけど……

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