第18話 図書館にある題名のない本(中編)

 それから2時間、僕と鏡花は図書室内の書棚を一つずつ回って「題名のない本」を探した。

 だが「題名のない本」は見つからなかった。


 そもそも題名がない本とは、どういう本のことを言うのか?

 破損や汚れが酷くて「題名が読めない本」なのか、それとも「最初から題名がつけられていない本」なのか?

 七不思議では「その本に載っている挿絵の少女が死を予告する」と言われている。

 だがそれ以上の情報はない。


 図書室内を二周して見つからなかった。

 時刻は既に午後六時だ。


「これだけ探して見つからないってことは、貸し出されているか、もう捨てられたんじゃないかな?タイトルが読めないくらい汚れている本なら、廃棄処分になっている可能性は高いと思うけど」


 僕が鏡花にそう言った時、図書室に誰かが入って来た。

 先生と女生徒二人だ。

 国語担当の伊藤先生だ。

 図書館の管理も任されている。

 生徒の方は図書委員の二年生と一年生だった。


「おい、もう図書室は閉めるぞ。下校時間だから早く帰りなさい」


 僕は慌ててカバンを持って図書室を出ようとした。

 だが鏡花の方は当然のようにカウンターに向かう。

 僕は慌てて鏡花のそばに行った。


「この図書館に『題名がない本』ってありますか?」


 先生は「なにを言っているんだ?」という顔をした。

 二人の図書委員もポカンとしている。

 僕が言い直して補足した。


「例えば『破損か汚れでタイトルが読めなくなってしまった本』とか、そういうのでもいいです」


 先生はあまり気のない様子で、二人の生徒を振り返って聞いた。


「君たち、題名がない本って知っているか?そんな本、ここにあったか?」


 二人の生徒はほぼ同時に首を左右に振った。

 僕達の方を気味悪そうに見ている。


「そんな本は無いよ。私も見たことがない。そもそもタイトルが無かったら、蔵書として登録さえ出来ないだろ。さ、わかったらもう帰りなさい」


 伊藤先生は「話はこれで終わり」と言うように、図書室の出口を指さした。


 翌日も僕達は放課後から図書室に向かった。

 今日は図書室内だけではなく、カウンターの裏にある書庫の方も調べてみるつもりだった。

 だがあいにくと都合が悪いことに、今日はカウンターに昨日の図書委員の一人がいた。

 このままではカウンター裏の書庫には入れない。

 僕達は図書室内を再度調べ、その間に図書委員の女生徒がいなくなるチャンスを待った。

 だが彼女は一向に図書室を離れる様子がない。

 僕達が一回りした時だ。


「あのう……」


 図書委員の女の子の方から声をかけて来た。

 二年生の生徒だ。

 名札には「三枝」と書かれていた。

 何を言われるのか、何かマズイ事でもしたかな、と僕は少し身構えた。


「昨日言っていた『題名のない本』を探しているんですか?」


 僕と鏡花は互いに顔を見合わせた。

 そして彼女・三枝さんに対してうなずく。


「その本なんですけど……私も聞きたいことがあるんです」


 彼女は自信なさげに話し始めた。


「昨日、先輩が『題名のない本』を探しているって言っていて、家に帰ってから思い出したんです。そう言えば書庫の中の「寄贈された本」で未分類の中に、そんな本があったなって」


 三枝さんはチラっと書庫の方を振り向いた。


「それで私、今日の昼休みに書庫を調べてみたんです。そうしたらやっぱりありました。「寄贈された未分類の本」の中に……」


 彼女はうつむいた。

 軽く手が震えていた。

 怯えているようだ。


「詩集でした。可愛らしい表紙なんで、少しページを捲って読んでみたんです。そしたら……本がしゃべったんです」


 僕は彼女の様子を見つめた。

 間違いない、七不思議にある『題名のない本』だ。


「挿絵に女の子が描かれているページでした。その女の子が「3年D組に悪い事が起きる」って!」


 3年D組って、僕達のクラスじゃないか!

 僕は驚きと同時に彼女に聞いた。


「その本、見せてくれる?」


 三枝さんは恐々書庫の方を振り返ると


「一緒に来てもらえますか?私一人じゃ確認するのも怖くって……先輩にも見て欲しいんです」


 三枝さんは、僕と鏡花を書庫に案内した。


「ここです」


 彼女はそう言って「寄贈・未分類」と書かれた棚に置かれた1つのダンボール箱を指さした。

 怖いのかして、すぐに僕らの背後に隠れる。

 ダンボール箱を開いてみる。

 その中にあった二十冊ほどの本を取り出し、目指す一冊を見つけた。


「これね」


 鏡花がそう言って手に取った本は、淡いパステルカラーで描かれた、花と動物と少女が戯れる可愛らしい本だった。

 とても「七不思議の因縁がある本」には見えない。

 本の造りもしっかりとしていて、古い本には見えなかった。

 鏡花はその本を手にとって、図書室内の読書用のテーブルに座った。

 三枝さんは本を見たくないのか、少し離れた所に立っている。

 僕と鏡花で一ページずつ丹念にページをめくって行く。本は全部で三十遍六十ページだ。

 詩は、主に動物や花や草、自然について書かれているようだ。

 そして時折、自分の人生を悲しむような詩が書かれている。


 二四ページ目を開いた時だ。

 鏡花の手が止まった。

 奇妙に思って鏡花の顔を見る。

 彼女の表情は若干こわばっていた。

 そのページの詩は、以下のように書かれていた。


--------------------------------------------------

私は家畜


私は家畜。

ただひたすら死に行く日に歩んでいる。

牛が、豚が、鳥が、期限が来たら殺され、冷蔵されてしまうように、

私も期限が来たら、この命を失い、切り刻まれて冷凍されてしまうのだろう。

私は助からない。

だが誰も本当の事を、私に言おうとしない。

私の死は無駄ではないだろう。

この後の同じ境遇の人を助けるかもしれない。

しかし私はまだ生きていたい。

私のために、この命を使いたい。

それも叶わぬ願いなのか。

私は家畜。

ただひたすら死に行く日に歩んでいる。


--------------------------------------------------


 ここには少女の横顔が花輪の中に描かれていた。

 イラストの少女は遠くを見つめているようだ。

 僕は鏡花に聞いた。


「どうしたの?」


 鏡花は僕の方を振り向かずに聞いた。


「何か聞こえなかった?」


「何も」


 僕はそう答える。

 後ろにいた三枝さんも首を左右に振っている。

 その彼女が聞いた。


「やっぱり、何かしゃべったんですか?」


 鏡花はポツリと言った。


「『死のフチを歩く』って」


 三枝さんは青ざめた顔で立ち尽くす。


「この本の寄贈者って誰?」


「え……未分類だから本の奥付にメモを書いてあると思うんですが……」


 声が震えていた。

 一番後ろの背表紙を開いてみる。

 言われた通り、奥付の隣に所定様式のメモで寄贈者が書かれていた。

 「平野孝之、かおり」となっている。

 寄贈年月は2011年3月となっている。


「この寄贈者の住所とかはわかる?」


 そう聞くと三枝さんは、2011年の寄贈者ノートを取り出した。


「わかります。この近くです。千代田区……」


 そこは秋葉原駅から南にある公営住宅の住所だった。

 最後に三枝さんは、おずおずと申し訳なさそうに言った。


「悪いんですけど、その……出来れば、その本は持って行ってくれませんか?ここにあると思うと、私、怖くって……」


「わかったよ、この本はとりあえず僕達が持っていく。先生にはうまく言っておいて」


 そう答える僕を後目に、鏡花は黙って本をカバンに仕舞うと、何事も無かったかのように図書室を出て行った。

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